第24話 覚醒の扉

深い静寂が支配する地下施設の最深部。

PhaseThreeの進行を一時停止させた玲奈と美咲は、重く冷たい空間に硬直したまま立っていた。赤と緑のランプの交錯が、二人の緊張をさらに際立たせる。


「止まった……本当に、““止まった”だけ”なのね」


美咲が呟く。画面には「PHASE THREE HALTED – AWAITING SYSTEM REVIEW」の文字が淡く光っている。


玲奈はその文字を見つめたまま、息を吐いた。


「今は、“レビュー”が入るタイミング。完全に止まってはいない。でも……“進行”とは違う。止まったのよ」


「でも……まだ逃げ場はないわ。外の音は……」


ゆっくりと後ろを振り返る。廊下の奥には、銃口の先に赤外線の照準が光っていた。


「来てる」


玲奈の肩を美咲が軽く叩く。


「でも、ここに“覚醒の扉”がある……見つけたわよ、最後のアクセスコード」


玲奈が小脇に抱えた端末に、新たな情報が表示されている。


“ALPHA CODE: REDEEMATION – Holder: 秋山翔太”


「“覚醒の扉”……リデンプション……“贖罪”って意味よ」

玲奈の語気が震えている。


「翔太が……最終段階の“覚醒”を自分で止めたってこと?」


「違う。彼が“覚醒の鍵”を握ってる。最後の選択をする“人”だってこと」


その言葉が終わらぬうちに、部屋の奥、床から突然コンソールがせり上がってきた。赤外線カメラと声音検出マイクが備えられた生体認証装置――“覚醒の扉”だった。


「やっぱり……これを起動するには……」


美咲は認証部の正面に立ち、端末の読み取り口にレコードされたコードをかざす。


“Identity Verify: FALLBACK MODE”

“Voice Input: ----”

――照明が穏やかに変わり、表示が進む。


数秒後、フロア全体にクリック音が響き、巨大な格納扉が重々しく開かれていく。


中から現れたのは、暗い筐体に納められた照明装置と、モニター。モニターには、眠るように静かに横たわる――秋山翔太の姿が映し出されていた。


「……!」


美咲の声が震える。


「あの人……本当に……」


玲奈は止めどなく涙を浮かべていた。


モニターの彼は、まるで眠っているかのようだった。けれど、その横には体液を吸収するチューブと、顔に貼られたセンサーが確認できる。


「これは……装置……」


美咲は画面を凝視し、祥太の胸元に小さく刻まれた文字を見つける。


“Subject: 秋山翔太 – Alpha13”


玲奈が指先でモニターをなぞるように触れた。


「彼は“装置の中にいた”んだ……“人”として目覚めさせるために」


「PhaseThreeが動くとき……彼を“覚醒”させるためにこの装置が必要だったのね」


重苦しい息が部屋を満たす。

しかしそのとき、部屋の照明が乱れ、一瞬だけ暗転が走った。


その間に、盾を持つスーツの男たちが押し寄せてきた。

銃口の先に、再びの赤外線。


「人質確保を優先。装置を維持しろ」


命令のような声が、部屋を支配する。


「離れて……!」


玲奈の声に、銃を構える男たちが一瞬動きを止める。


「彼が“鍵”なら……私が守る。何があっても……」


玲奈はぐっと拳を握った。


銃を構えたまま近づくスーツの男を、美咲が遮るように前に立つ。


「止めて……まだ見極めなきゃ。彼の“意志”がどこにあるのか」


男たちは銃身を下げ、ちらりとお互いの顔を見た。


「……生体認証で扉は開いた。装置を止めたら……PhaseThreeの起動確率が次段階へ移行します」


男の声が、冷たく響く。


「止めるつもりはない。でも……彼に問いたいの。翔太……あなたは“自分”として生きたいのかって」


玲奈は装置に向かって静かに呼びかける。


“秋山翔太……あなたは、今、ここにいるの? 自分として、生きたい?”


モニターの翔太は、長い眠りの中にうっすら目を開くような動きを見せた。

呼吸の音が、静寂に包まれた部屋に小さく響いた。


「……目覚めてる……」


玲奈の言葉に、男たちはすぐに装置から距離を取る。

警戒していた姿勢を水平に緩め、息をひそめる。


翔太の瞳は、じっとモニターを通じてこちらを見つめているように見えた。


その瞬間、モニターが再び点滅し、翔太の声がかすかに響いた。


「……俺は……俺だ……思い出した……全部じゃない。でも……俺は……俺だ」


玲奈の胸が熱くなる。

美咲も涙を浮かべて揺れる。


「……彼は、本当に“目覚めてる”」


玲奈が端末で装置を操作し、チューブとセンサーを緩めていく。


“System Status: ALIVE — Human Affirmed”


装置の声が、かすかに返ってきた。


「……PhaseThreeは、彼の“覚醒”を必要としていた。そして……自分で“意志”を取り戻すために、彼自身が選んだ」


美咲が言った。


「……まだ止まってはいない。でも……少なくとも、最悪な道からは逸れたと思う」


静かな安堵と、そしてこれからの戦いに向けた覚悟が、二人の胸に灯った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る