第21話 仮面の下
PhaseTwoの解除から数時間。地下施設にこだまする無音の気配が、玲奈と美咲の神経を静かに締め上げていた。天井の赤い警告灯がすでに切れ、代わりに白い非常灯が薄暗く空間を照らしている。
「静かすぎる……」
美咲が低く呟いた。機械音も、警報もない。まるでこの地下空間すべてが息を潜めているかのようだった。
「でも、PhaseTwoは確かに止まった。解析ログでも確認した。代わりに……」
玲奈が手元の端末を差し出した。そこには「PhaseThree」――その文字が、点滅していた。
「これって……?」
「私たちが知らなかったもう一つのフェーズ。しかも、“一般職員には開示不可”ってレベルのアクセス権が設定されてる。風間さん……間違いなくこれに関与してるわ」
その名を口にした瞬間、照明が一瞬だけ揺れ、そして――背後から声がした。
「呼んだかしら?」
振り返ると、そこには風間礼子が立っていた。以前のような公務員然としたスーツではなく、黒を基調とした、装飾のないジャケットとパンツ。まるで戦場に立つ司令官のような出で立ちだった。
「風間……!」
玲奈が一歩前に出た。だが、風間はそれを手で制した。
「驚かせて悪かったわね。あなたたち、予想以上に進んだわ。“PhaseTwo”を解除しただけでなく、“PhaseThree”の存在にも気づいた」
「あなたの仕組んだことなの?」
美咲の声には怒りが混じっていた。
「私たちの父親を、あのデータを、すべて操って……!」
「操ってなどいないわ。ただ、“選ばれた者”を導いただけ」
風間の目がわずかに細まる。その視線は、まるで何かを見透かしているかのようだった。
「玲奈。あなたの父は、紅月開発の“被害者”ではない。あのプロジェクトの創設者の一人よ」
玲奈の表情が一瞬で凍りついた。
「……嘘よ。父はずっと内部告発を……」
「それは彼の“最後の仕事”だった。罪滅ぼしと言ってもいい。だが、彼自身が“RedMoonProtocol”を動かす中枢だったのは紛れもない事実」
風間は端末を操作し、空中にホログラムを浮かび上がらせた。そこには玲奈の父が映っていた。まだ若く、野心に燃えていた頃の姿。会議室で数人の研究者と共に、ある計画を説明している映像だった。
「これは……」
「初期のPhaseZero構想よ。目的は“社会秩序の再構築”。一言で言えば、選別と統制。都市型監視網と予測AIによって“逸脱者”を排除し、“適応者”だけを社会に残す……そんな未来を描いていた」
玲奈は息を呑んだ。
「じゃあ……翔太が言ってた“適合者リスト”って……」
「その通り。あなたたちは、すでにテストされていたの。日常の中でね」
美咲が震える手で一歩踏み出す。
「そんな……私たちは人間よ。選ばれる側でも、捨てられる側でもない!」
「でも現実は違う。もうPhaseThreeは起動したわ。次に行うのは、都市の“リセット”よ」
「止められないの?」
玲奈の声が絞り出される。
「止められるなら……私はここまで来てないわ」
風間の口元がわずかに歪んだ。
「ただ一つだけ、方法がある。“創設者コード”――つまり、あなたの父の残した“中枢命令”を上書きできる、唯一の鍵。それが見つかれば、PhaseThreeは止められるかもしれない」
「どこにあるの?」
「それを知っているのは……おそらく、翔太よ」
玲奈と美咲が顔を見合わせる。
「翔太……生きてるの?」
「私にもわからない。だが、彼が接触していたもう一つのルートがある。“ナカムラ”という元技術者が、翔太に何かを託した。行方はわからないけれど、痕跡は残ってるはず」
風間は一枚のカードキーを差し出した。
「ここから先は、あなたたちの意志で動いて。これは、最後のチャンスになるかもしれないから」
玲奈はそれを受け取り、ゆっくりと頷いた。
夜。二人は再び玲奈のアパートに戻っていた。カードキーに記録された情報は、地下施設の別フロアへのアクセスパスワードだった。だが、それ以上に気になるのは――翔太の生死だった。
「生きてるなら、きっと……何か残してくれてるはず」
美咲が信じるように言った。
玲奈は窓の外を見つめながら、かすかに呟く。
「私たちがここまで来た意味を、失いたくない」
PhaseThreeが動き出した今、時間は残されていない。真実の核に触れる覚悟が、二人の胸に静かに灯っていた。
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