第4章 鉱山を守る妖怪、だいだらぼっち
4-1 芽吹いた恋愛感情にナーリは戸惑っているようです
「ふう……一休みしようか」
それから数週間が経過し、俺たちはハイクラー家に再び招待された。
キキーモラを使った暗殺作戦が失敗に終わったことに関する負い目もあるのだろう、割とすんなり会談の場には応じてくれた。
そこで、今回は雪女・手の目・蛇骨婆の4人でハイクラー家の領地に向かうことにした。
無論一種のダブルデートであることは手の目たちには伏せているが、勘のいい二人のことだ。とっくに真意には気づいているだろう。
俺たちの住む砦からハイクラー家はさほど離れていないが、それでも徒歩での移動となると結構な負担となる。
そのため、川のほとりで俺たちは一息ついていた。
「冷たいなこの水は……」
「ああ。どうやら上流でなにか魔法の効果がかかっているんだろうな……」
その川の水は、明らかに周囲の川より水温が低かった。
そのこともあり、手の目は川に手を付けながら冷たそうに目をつぶっていた。
「ところでさ、ナーリ? ……姉御とはあの後どうなんだ?」
「どうって?」
「関係は進展したのかって聞いてんだよ」
そういってナーリはバン、と俺の肩を肘で叩いてきた。
「進展は……まあ、少しは……」
そういいながらも俺は少し顔を赤くしつつ目をそむける。
手の目は『じゃあキスとかしたのか?』など、肉体的な接触に関する下世話な質問はしないタイプだ。
「少し? 姉御のこと、好きになれたのか?」
「うーん……わからないけど……ただ……」
「ただ?」
「前……氷細工を渡して、笑ってくれた時にさ。いつもと違う気持ちになったかな……」
「へえ……どんな気持ちだよ?」
俺はその時のことを反芻しながら答える。
「なんていうか……心が温まるっていうか、緊張するような……そんな感じかな?」
「なるほどなあ……いい気持だったのか?」
「ああ……また、味わいたいとは思うけど……」
それを聞いて、手の目はニコニコと嬉しそうな表情をした。
「そりゃよかったな。……ならさ、彼女と付き合ったらどうだ? いつでも、そんな気持ちになれるなら、それでいいじゃんか」
「うーん……けどさ……。俺がそんな気持ちを味わうためだけに彼女と付き合うなんて……彼女を利用しているみたいで悪くないか?」
「……利用? ……ふ……」
だが、俺の発言を聞いて手の目は突然、
「あはははは!」
と、突然大笑いしてきた。
「なんだよ、いきなり! そんな笑うことか?」
「ハハハ……ま、まあいいよ。お前がそう思うんならな。……けどさ、姉御はお前がそんな気持ちになるのが、一番うれしいと思うぜ?」
「俺が?」
「ああ。今の姉御にとっては、どんな財宝よりもな。……ま、お前の発言を聞いて安心したよ。今度のデート……楽しめるといいな?」
そういうと、手の目は水分補給が終わったのか、去っていった。
正直、あんな風に笑われるのは少し心外だった。
……だが、今の俺の気持ちや考えが決して彼女にとって迷惑なものでないのであれば、それは嬉しいと思った。
その翌日、俺はハイクラー家に到着した。
なるほど、この城はファスカ家と比べるとはるかに大きく、そして使用人たちも正規に雇用したものばかりなのが見て取れた。
逆に言えば、収入源が絶たれたらあっという間に困窮することも見て取れた。
「よく来たな……妖怪の総大将『ぬらりひょん』よ」
そう言いながら、ハイクラー家の当主『トイシュ』はゆらりと身体をい動かしながら椅子にどっかりと座った。
今回は謁見ではなく会談という形を取っているため、俺は円卓に座っている。
一緒にいるのは蛇骨婆だけだ。これは手の目と雪女の噂が過大に広がっていたため、連れて行くと『恫喝外交』になりかねないと判断したためだ。
「ええ、トイシュ様もお元気そうで何より」
「会談の理由は分かっておる。……キキーモラを使った貴殿の暗殺計画の件であろう?」
そういうと、周囲の兵士たちが殺気をみなぎらせるのを感じた。
身内だけの場とはいえ、あえてこの場で『暗殺計画』という言葉を平然と使えるところに、妖怪や人間に対する差別意識が感じられた。
だが、そのことについて突っ込みを入れても仕方がないと考え、俺は話を進めることにした。
「いえ……その件は未遂に終わりましたし、水に流しましょう。……それより……救貧センターの廃止に伴う、そちらの収入減に関して話そうと思ったんです」
「……ほう……」
トイシュはそれを聞いて、興味深そうな表情を見せた。
やはり、彼らにとっての関心ごとはそれだったのだろう。
「そちらでは、救貧センターと職業訓練での闇魔法の指導が主な事業とのことですが……それでは、やはりこれだけの設備をまかなうことが出来ないのでは?」
「……そんなことはない、と言いたいが……そうだ」
トイシュはうなづく。
プライドの高いリッチー種であっても、そういわなければならないほど、彼らの財政がひっ迫しているのだろう。
俺は地図を広げて、ハイクラー家の北東にある目印を指さして尋ねる。
「確か、この鉱山では鉄鉱石が豊富に取れたと聞いています。……ですが、20年前にここを廃止したきり使っていませんよね? ……何か理由があるのですか?」
それを尋ねると、トイシュは少し考えるような素振りをして、そして答える。
「……短命種の貴殿らは知らぬか……。実は、そこには妖怪『だいだらぼっち』が居座るようになったのだ……」
「だいだらぼっち?」
聞いたことのない名前だ。
だが、話の流れから考えて恐らくは「タイタン」のような巨人を意味するのだろう。
彼がなぜそこにいるのかについても調べる必要があるが……。
「奴がなぜ、あそこに居座るのかはわからん。だが……そこに奴らがいる限り、我々はあの鉱山に手出しができないのだ」
「なるほど……では、我々が彼らを退治……あるいは追い払うと言ったら?」
「なに?」
そう尋ねると、トイシュは少し関心を持ったような表情を見せる。
「その鉱山さえ開ければ、ハイクラー家の財政も良くなるはず。……無論、名誉はそちらに差し上げます」
「名誉?」
「ええ。知っての通り、こちらは『騎士』です。なので、トイシュ様は我々を雇用したという形式で退治に派遣するんですよ。そうすれば、トイシュ様は『討伐部隊長』と名乗ることが出来るはずですよね?」
『部隊長』という響きに、少しだけ彼の心が動くのを感じた。
「討伐部隊長……私がここにいるだけで、か?」
「ええ。そんなの民衆は気にしませんよ。……それで我々が鉱山を介抱したら、トイシュ様は『勇敢な英雄』として名乗りを得られるはずです」
「そ、そうか……」
やはり、というべきか、彼はニヤニヤと表情を緩めた。
彼らリッチー種も吸血鬼と同様体面と名誉を何よりも重んじる。
長命な彼らにとっては、名前が永く語り継がれることがそれだけ大きいのだろう。
だが、彼もバカではない。
彼はすぐにまじめな表情に戻ると、俺に尋ねる。
「だが……当然、それだけのことをするから位には、貴殿は報酬を求めるのだろう? なにが望みだ?」
それについてはすでに考えてある。
「はい。……報酬は『徳政令の発布』です」
俺たち……というより、ファスカ家は隣国であるハイクラー家に莫大な借金を抱えている。
プライドを重んじる彼らは督促こそ頻繁にはしていなかったが、その利息の支払いがファスカ家の財政を圧迫していたのは明らかだった。
「ふむ……貴殿らの借金を帳消しにしろと?」
「はい。……ただ、俺たちだけじゃない。ハイクラー家が領民に行う借金の証文も、すべて無効にしてほしいのです」
「なに、庶民の証文もというか?」
これについては想定外だったのだろう。
実際、よその領民の証文を無効にしたところで、俺にメリットは無いように見えるからだ。
「なぜ、貴殿はそれを望むのだ?」
「それは……俺たちが望むのが『すべての民が幸せに暮らすため』ですよ。……俺たちだけ幸せになろうなんてこと、考えていませんから」
「……ふん、理想論だな。短命種らしい」
そうトイシュは少しあきれたようにため息をついた。
だが、この考えはもちろん実利的な側面もある。
「……正直なところ、そちらで借金を抱えた者たちがファスカ家の領地で盗賊をすることも多いんですよ。彼らの処遇には我々も悩まされているんです」
「……そうだったか……」
困窮は治安の低下を招く。
さらに領地が地続きになっているファスカ家の場合には、隣国の格差拡大がそのまま自領の治安悪化につながるのだ。
それを聞いて、さすがのトイシュも少し申し訳なさそうな表情をした。
「彼らも故郷が恋しいはず。トイシュ様が借金を棒引きにしてもらえば、恐らく自領に戻るでしょう。そして、そちらが解放した鉱山で働こうとするのでは?」
「だろうな……だが……」
まあ、一度盗賊に身を落としたものを雇い入れるのは抵抗があるのは分かっている。
だから俺は、再び彼らのプライドをくすぐることにした。
「借金を消し、さらに働き口を見つけ更生させる。……この3つが叶えば、トイシュ様はわが国でも『賢王』として歴史に授業に乗るやもしれませんね……。ひょっとしたら『トイシュ改革』という名が残るかも……」
「……ふむ……」
平静を装っているが、やはりこの言葉は効いたようだ。
「なるほど……。まあ、短命種に都合のいい取引な気もするが、悪い話ではないな。……よし、ではこの鉱山の件は貴殿に任せることにしよう」
「は!」
正直、ハイクラー家の借金はファスカ家の借金の中でも一番の問題だった。
だが、ここさえ片付ければ、5年以内には借金を完済出来るはずだ。
そう思いながら、俺は心の中でガッツポーズをした。
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