1-6 悪さをしたサテュロスへのお仕置きに暴力は使わないようです

「さて……と……」


俺たちは、病人をのぞいたサテュロスたちを全員、広場に近い小屋の柱に結びつけた。



「おい、何しやがるんだ!」

「あんた……盗賊仲間じゃなかったのね!」

「この裏切者! ……というか、お前の種族はなんだ! この化け物め!」



そんな風に俺のことを口々にののしってきた。

さすがに捕縛するようなことをしたら、いくら何でも『盗賊仲間』ではないことはわかるため、合法侵入のスキルはすでに解けているのがわかった。



「あの……その……」


サテュロスたちを捕縛するときも、このスネコスリは少し心配そうな表情をしていたので、俺は安心させるために答える。



「よく頑張ったな。……俺はあんたたちを助けに来たんだ。……もう怖がらなくていいからな?」

「あ……はい……ありがとう……えっと……ぬらりひょん様……」



俺がそういいながら頭をなでると、スネコスリはふにゃっと顔をほころばせた。

……やっぱり、俺にはこの子が可愛い幼女にしか見えない。だが、そのほうがありがたい。



「ん? ……なんだ、おめえらやられたのか? ……いや、俺もか! おい、てめえ! 何てことしやがる!」


一番酒を飲んでいたせいか目が覚めるのが遅かったお頭も、ようやく目を開けたようだ。

そこで俺はにやりと笑って答える。


「お頭? 先日ぼこぼこにした人間のこと、覚えてるか?」

「え? 人間? ……あ……てめえ……あの時の!」



俺の『合法侵入』の特徴は、一度侵入さえすれば、俺の顔が周囲からは識別できなくなる能力である。


だが『こいつは偽物だ』と一度看破されれば、すぐに俺が何者であるかは区別が突くようになっている。



「気づいたか? ……それじゃ、始めようか。裁判を……」



もっともこれは裁判の名を借りたリンチだ。

俺たちの世界の常識ではやってはいけないことだ。……だから、あまり苛烈なものにしないようにしないと。



「まず、妖怪たちに聞こうか……こいつらに、どんなお仕置きをしたい?」


すると雪女は真っ先に答えた。



「私を道具のようにこき使ったこいつらは……まず氷漬けにして氷室に放り込むべき……10年は出さないようにするのがいいかな……」


わあ、なんて物騒な発言。

それでも『腹いせに殺してやる』とまで言わなかったのは幸いだった。

さすがにその発言にはアカナメも少し引いたような言い方をした。


「あたしは……ひどいことされてないから……。ぬらりひょん様のやり方に任せますよ? まあ……ちょっとおなかすいたし……こいつらの垢をもらえればうれしいかな?」



スネコスリは、少し怒りをこめたような言い方をしていた。


「私は……その……一番ひどいことされました……。鎖で引っ張られて、お酒つがされて、子守唄も歌わされて……だから、ぼこぼこにしてやりたい……けど……」



だが、彼女はすぐに俺のほうを向いて、甘えるような口調で尋ねてきた。





「けど、ぬらりひょん様……ぬらりひょん様が私のこと、抱きしめてくれたら……許してあげちゃおうかな……」





「え?」


その発言に、縛られていたサテュロスたちもひきつった笑顔で囃し立ててくる。



「おお、そいつはいい! おい、ぬらりひょん! さっさとハグしろ!」

「そ、そうそう! あんたたち、お似合いだよ! だから早く!」

「わあ、す、素敵~! こんなかわいい子をハグできるなんてうらやましい! きゃ~!」



なんて白々しい。

お前ら、スネコスリのこと『かわいい』なんて思ってないくせに。


そんな風に思っていると、背中に冷たいものを感じた。

……比喩ではなく、本当に。



「それ、ずるい……」


雪女だ。

彼女が嫉妬心をあらわにしたような表情を見せていた。


「ぴいいいいい!}


スネコスリはその様子を見て、俺の後ろに隠れた。



「その子にハグするなら、私にもして……」

「あんたにもか?」

「うん。……はやく、ほら」



そういわれて手を広げる彼女を見て、俺は少し困惑した。

……だが、これは彼女の怒りを鎮めるチャンスだ。そう思って尋ねる。



「もしハグしたら……こいつらの処遇を俺に任せてくれるか?」

「ええ……。だ、だから、早くしてってば……」


クールな口ぶりとは裏腹に、意外と情熱的なところがあるのだろう。

俺は彼女の体をそっと抱きしめた。


「うひ!」


思わず俺は声が出た。



……つめてえええええ!



まるで氷に抱きついたような感触で、俺は全身が凍り付くように感じた。

雪女はそんな俺に対して、そっと耳元で尋ねてきた。



「どう、ぬらりひょん? 男の人からみて、私って魅力的? ほら、あなたは私を好きになってきたでしょ? ねえ? そうでしょ? ほら、惚れてきたでしょ?」



そう何度も何度も尋ねてきた。


「うお、雪女こええ……」

「あんな化け物に言い寄られたら俺だったら……ぐは!」



余計なことを言った愚かなサテュロスは、口の中に氷塊を詰め込まれたようだ。

しばらくした後、彼女は体を俺から放した。



「ったく、うるさい外野ね……。それより、ぬらりひょん……? あなたは私がいないと生きていけないようにしてあげる?」

「あんたなしで、か……」



クールなそぶりを見せながらそういうが、すぐに彼女は顔を赤らめてこうも付け加えた。


「……だから、その……また、ハグしなさい……これは命令。絶対、絶対、従って……ね?」

「あ、ああ……」



そういわれたが、俺は寒さでそれどころじゃなかった。

……そうだ。

俺はスネコスリに近づいて、ぎゅっと抱きしめる。



「ひえ! ぬ、ぬらりひょん様、体、冷たい……」

「ごめん、スネコスリ……温めさせて……」

「う、うん……」



ああ、やっぱりこの子は猫っぽい見かけ通り、やっぱり温かい。



「ぬ、ぬらりひょん様……ちょっと、恥ずかしいよ……」

「あ、悪い……じゃあ、やめるか?」

「ううん……もっと、抱きしめて? 頭もなでなでして?」


そういわれた俺は頭をなでる。

彼女はまた、溶けそうな表情になってふにゃあ、と俺にしなだれかかってきた。



「…………」


その様子を雪女は憮然とした表情で、彼女につぶやく。



「勘違いしないでね、スネコスリ。あなたに対してしているのは兄が妹にするようなスキンシップ。私のそれとは違うから」

「ぴい! ……は、はい……」


なるほど、スネコスリは彼女に頭が上がらないんだな。

そう思いながらも、俺はスネコスリを抱きしめて頭をなでながら、待ちくたびれているアカナメに対して声をかけた。



「それじゃ、こいつらの『お仕置き』は、アカナメ。さっき話した通りで頼む」

「はい、任せてください!}


そういうと、アカナメはサテュロスたちに近づいてきた。


「ひ、ひい……」

「なにすんだ……?」

「大丈夫ですよ? 痛く『は』ありませんから!」



……そして彼女は、彼らの足をべろべろとなめ始めた。



「うひゃひゃひゃひゃひゃ!」

「きゃーははははは!」

「ひひひひひひひひっひひひひっひひひっひ!」



俺は彼女に体を舐められて気が付いた。

彼女の唾液には、山芋のそれのようにかゆみを誘発させる成分が含まれている。

そのため、彼女に体をなめられると、どんなにくすぐりが効かない相手でも強烈なくすぐり効果がある。


「へえ……こんなお仕置きで済むなんて……あんたたち、ついてたわね」

「ぬらりひょん様……。けど、あれはあれで辛そうだね……」



しばらくくすぐり続けて、次第に彼らは体力が落ちてきたようだ。

笑い声の中にも息切れが混じってきている。


「うーん……。やっぱ、サテュロスの垢は少し臭みがあるから好みじゃないなあ……。やっぱ、垢は人間のが一番ね?」

「はあ、はあ……じゃあ、もうこのあたりで……」


お頭も例外ではなく、笑い顔のまま涙を流しながらそう尋ねる。

だが、俺はアカナメにまだ続けるように指示した。


……また、笑い声がこの砦に響く。


「どうだ、あんたたち? アカナメに舐められる感触は?」

「あはははははは! はあ、はあ……! はーははははは!」

「ぎひひひひ! ひ、ひ、ひっく……!」


……うん、そろそろ限界か。

そう思った俺は、妖怪たちに尋ねてみた。



「どうだ、このお仕置きは……? もう、あんたらは気が済んだか?」

「うーん……。まあ、いいわね。もう私たちに悪さをしないなら、許してあげるわ」

「うん。私ももう、気が済んだかな……。けど、もうあんなひどいこと、しないでね?」


そういった二人を見て、俺はアカナメにくすぐりをやめさせ、サテュロスのお頭に尋ねた。


「だそうだ。……俺も正直、暴力は大嫌いだからな。これ以上俺たち妖怪に危害を加えないか?」

「あ、ああ……。わかったよ……もう、あんたらには手を出さねえって……だから、許してくれよ……」



とりあえずこれで約束は一つ取り付けたか。

だが、もう一つやらないといけないことがある。



「だめだ。……あんたらが今後も山賊行為を続けるというなら、俺は解放してやるわけにはいかない」


そういうと、お頭たちは納得いかなそうに首を振る。


「そうは言うけどよ……。俺たちのこと、雇ってくれるところなんてなかったんだよ? だったら、山賊で奪うしかないじゃねえか……」

「そうよ! ……あんたも妖怪ならわかるでしょ? あたしたちを見ただけで、エルフやサキュバスどもは雇ってくれないんだよ! 怖いからってね!」



……いかん、俺はさっき勢いで『俺たち妖怪』と言ってしまった。

そのせいで俺も妖怪の一人だと認識されてしまったのだろう。

とはいえ、向こうからすれば人間も妖怪も同じか。



「なるほどな……。だから、あんたらも山賊をやってたってことか……。だけど、だからと言って妖怪っていう『さらに弱いもの』を奴隷にするのは、どうなんだ?」

「それは、謝るよ……。いや、謝ってもダメなのはわかるけどさ……」

「ったく……」


だが、彼らにも同情の余地はある。

それに、俺がこの世界にわざわざ『合法侵入』のスキルを与えて送り込まれたのは、たぶん『自分だけが美味しい思いをするため』じゃないはずだ。


最初は妖怪のために使うべきと考えていたが、実際にはモンスターの中にも弱者・強者がおり、弱者が生きやすい世界を作るためにも使うべきなのだろう。


そう思って俺は答えた。



「要するに、働き場所が欲しいってことだろ? ……しょうがない、俺が面倒見てやるよ」

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