俺が「妖怪の総大将」? スキル「合法侵入」しか持たない俺「ナーリ・フォン」は「ぬらりひょん」として成り上がりを目指します
フーラー
プロローグ ゴミスキル「合法侵入」しかもらえなかったナーリ・フォン
「すみませーん」
すでに日が傾きかけている夕暮れに、俺「ナーリ・フォン」はある民家のドアをノックした。
「はい、誰ですか?」
そういいながら、一人のエルフの女性が、ドアののぞき穴から俺の方を疑りぶかく見てきた。
もちろん俺は、彼女と初対面であり面識がない。
だが俺は、ニコニコと笑顔を見せて挨拶をする。
「久しぶり! 偶然ここまで来ていたから『友達』のあんたに挨拶しようかと思ってさ」
そういう俺の姿を見て一瞬怪訝な表情を見せた彼女。
だが、すぐに彼女はニコニコと笑みを浮かべた。
「あらあら、ずいぶんと久しぶりですね? そうだ、よかったら上がってください。よかったらお夕飯も一緒にどうかしら? ……えっと、お名前は……」
「『ナーリ・フォン』だよ。友達の名前を忘れるなんて、ひどいな?」
「ああ、ごめんなさい。ナーリさんでしたよね。それじゃ、どうぞ?」
そういって俺は、彼女の家に上がり込むことに成功した。
……これは俺の持つスキル『合法侵入』によるものだ。
そもそも、俺はこの世界に転移してきたのが2週間ほど前。
突然俺は病気で倒れたと思うと、気が付いたらこのファンタジー風の世界に来ていた。
なぜ俺がこの世界に呼び出されたかはわからなかったが、幸いなことに言葉は通じたし、教会の神父に話を聞いて大体この世界のことは理解できた。
どうやらこの世界は中世ファンタジーの世界であり、俺のような『転移者』は稀にくるとのことだ。
その際に転移者は特殊なスキルを一つもらえるらしく、神父は俺が会得したスキルについても教えてくれた。
そのことを思い出していると、エルフの女性がニコニコとティーポットを持ってきてくれた。
「お飲み物は、紅茶でいいかしら、ナーリさん?」
「ああ、ありがとう」
「それじゃあどうぞ。それとご飯は……大したものじゃないですけど……気に入ってくれるかしら?」
エルフの好きそうなトウモロコシのパンと、キノコで出汁をとったスープを口に運びながら、俺は神父からの言葉を思い出していた。
(俺の会得したスキルは『合法侵入』……。もっといいスキルだったらよかったんだけどな……)
俺のスキル『合法侵入』とは簡単に言うと、他者の居住地に侵入する際、自分が名乗った身分を疑われずに侵入できるというものだ。
そのため、先ほどのように『友人』だと言えば、彼女はそれを疑わずに俺を家に招き入れてくれる。
「うん、おいしいよ。料理上手なんだな、やっぱ」
「あら、ナーリさんったら? けど、それは私の得意料理なんですよ。夫もいつも喜んでくれるもの」
「へえ。旦那さんは元気か?」
「ええ。今は出張中なんですけどね」
俺はそんな風に世間話をしながら場をつなぐ。
この『合法侵入』は、あくまでも上がり込むまでしか効果がない。
そのため相手に『こいつは偽物だ』と怪しまれてしまったら、即座にこのスキルは無効になる。
例えば今回のケースの場合、場の雰囲気を極端に悪くするようなことを口にしたり『今夜泊めてくれ』なんて過大な要求をしたりした場合、即正体がバレてしまう。
じゃあ『恋人』と偽れば泊めてもらえるんじゃね? とも考えたが、そもそも他に恋人がいる人や『私に恋人なんかいない』と思っている人の場合、名乗った瞬間に正体がばれてしまう。
そのことを知らずに上がり込んだ瞬間、大騒ぎになりかけ、ごまかすのに多大な労力を費やしたことも多くある。
そのため、こんな風に『友人』を偽って食事を恵んでもらうくらいしか出来ない、意外と使いづらいスキルだ。
俺は頃合いを見て、立ち上がる。
「それじゃ、今日はありがとう。楽しかったよ」
「ええ。また来てくださいね、ナーリさん?」
そういうと俺は家を後にした。
(ふう……。腹いっぱいだな。さて……『家』に戻るか……)
この世界では『人間』という種族はほとんど存在しないらしく、俺の姿を見て雇ってくれるところはなかった。
そのため、この『合法侵入』のスキルを使って民家を渡り歩き、そこで食事をごちそうになりながら何とか糊口をしのいでいた。
元の世界ではあまり口が上手いほうじゃなかったが、おかげで世間話のスキルはずいぶん上達したような気もする。
俺はいつもの納屋(誰も使っていなかったので、無断で借りて寝泊まりしている)に戻ろうと道を歩いていると、突然声が聞こえてきた。
「おい、お前さっきから何やってんだ!」
「あ、あの……ごめんなさい!」
そこにはかわいらしい少女が、一人の山賊風の男から折檻を受けていた。
その男はヤギのような足をしているのが特徴であり、種族としては『サテュロス』であることが見て取れた。
一方の少女は、猫の耳のようなものが頭に生えており、どこかオリエンタルな雰囲気の服装……確か日本の民族衣装である『着物』だったか……をしていた。
とても人懐っこそうな見た目であり、サテュロスの足にすり寄っていたのを、思いっきり蹴り飛ばしたのだろう。
「ちょっと優しくしてやれば勘違いしやがって! てめえはただの奴隷だ、わかってんのか?」
「え、あの、その……」
「しかも、てめえみたいな汚ねえ『妖怪』にすり寄られて嬉しいと思ってんのか? あん?」
そういってサテュロスはその奴隷の少女をドカッと蹴り飛ばした。
「きゃあ!」
ヤギの脚力でけられたためか、派手に少女は吹き飛び、後ろにあった木に叩きつけられていた。
(……どうせ、俺は一度死んだ身だよな……)
そもそも、元の世界ではこんな風にあからさまに「公衆の面前で他者に暴力をふるうもの」という存在自体があまり見られなかった。
だが、この世界では彼女たちのような『妖怪』と称される種族は露骨に差別を受けており、このような暴力をふるう場面も多く見る。
元の世界の俺だったら、あの二人の姿を見て見ぬふりをしていたのだろう。
だが、俺はもともと一度死んだ身だ。
ここで暴力をふるわれたとしても、もう失うものはない。
そう思って声をかけた。
「あ、あの……」
「なんだ、てめえ? ……見ねえ種族だな?」
サテュロスの男は、俺に比べると二回りくらい大きい。
そのため、俺を見たとたんに見下したようにフン、と鼻を鳴らしてきた。
「その子……いったい何をしたんですか?」
「あん? この妖怪『すねこすり』の奴はな。俺が食ってた残飯を恵んでやったら突然すり寄ってきて、俺を転ばしてきたんだよ! 俺に買われた奴隷の分際でなあ!」
なるほど、この妖怪の名は『すねこすり』というのか。
そして彼女に転ばされたのが相当怒りを買ったのだろう。
「け、けど……。あんたみたいに強い奴が小さい女の子を蹴ったら、ケガするだろ?」
「だから何だってんだ? 奴隷に何しようが、俺の勝手だろ?」
わーお。
ここまでテンプレな悪人なんて珍しいな。
そもそも俺たちの元居た世界なら、こういう『かわいくて素直な奴隷の幼女』なんて、愛玩動物のごとく可愛がられることは間違いない。
誰が先に声をかけて『ご飯を恵んでくれる、優しいお兄ちゃんお姉ちゃん』役になるか、ビーチフラッグのごとく競い合うくらいだろう。
……だが、彼らは人間と異なる価値観を持っており、妖怪を『かわいい』と思う感性自体が存在しないのだろう。
そう思いながらも、俺はうなづいた。
「……じゃあ……代わりに俺を蹴り飛ばしていいから、その子への折檻はやめてくれ」
もとより、腕力ではサテュロスには叶わない。
……そして何より、漫画の主人公のように『暴力に対して暴力で返すこと』は、俺は大嫌いだ。
「ほう……じゃあ、遠慮なくいかせてもらうぜ!」
そういうとサテュロスはドカッと俺を蹴り飛ばした。
「ぐ……!」
やはりヤギの下半身から繰り出されるけりは半端じゃない。
そのまま俺は地面に叩きつけられ悶絶した。
「けっ! この妖怪よりも脆いんだな、てめえは! ……種族はなんていうんだ?」
「はあ……はあ……そう、みたいだな……。俺は……『人間』だ……」
それを聞くなりサテュロスの表情がゆがむ。
「けっ! 人間様だったのかよ! ……けどてめえは……大したスキルもないみてえだな!」
そういいながらサテュロスは俺の胸倉をつかみあげ、怒りをこめた表情で叫ぶ。
「てめえら人間の『ちーとすきる』とやらで、痛い目を見た同胞がいるんでな。てめえでストレス解消させてもらうぜ!」
そういうとサテュロスは俺を何度も殴りつけてきた。
「ぐは……がは……」
「あ、あの……」
それを見て心配そうな表情を見せるすねこすりだったが、サテュロスがにらみつけると『ひい!』と委縮したようになり、縮こまった。
「さて、金でもよこしてもらうかな……」
さらにサテュロスは俺の体をまさぐり、財布を探してきた。
……だが、俺がほとんど文無しであることに気が付き、とどめとばかりに思いっきり蹴りつけ、そして唾をはきかけてきた。
「けっ! 金もねえ奴が偉そうにしやがって! おらいくぞ、すねこすり! 今日は夜中まで働いてもらうからな!」
「は、はい……あの、ごめんなさい……」
ひとしきり殴って気が済んだのだろう、サテュロスはそういうと強引にすねこすりの首輪を引っ張り、去っていった。
「いててて……」
幸いというべきか、急所は外れていた。
……いや、弱者への最後の情けとして、意図的にサテュロスは急所を外していたのだろう、顔面はもちろん、胃や肝臓の場所にも拳の跡がない。
骨折した箇所もなく、見かけほどダメージは大きくなかった。
(不幸中の幸い、か……)
俺はそう思いながら、妖怪すねこすりのことを思い出した。
この世界に出てくる種族は大半がエルフやサキュバスといった『西洋系のモンスター』だ。
すねこすりのような『妖怪』……確か、日本という国で古くから伝承として知られるものだったか……は、彼ら西洋モンスターにとってよほど存在が気に入らないようだった。
絶対数自体も西洋モンスターが多数派ということもあり、俺は過去にも妖怪がオークションで使われていたり、もののように扱われるのを目の当たりにしていた。
ひどいのになると、雨の日に『傘代わりに使われている妖怪』までいたくらいだ。
……妖怪は道具じゃねえんだぞ?
(あいつらのこと……なんとかしてやりたいけどな……)
そうは思ったが、俺の持つ『合法侵入』だけでできることは限られている。
何か手段があれば……。
そう思ってまどろんでいると、
(ん、なんだ?)
俺は足元に強烈な違和感が出たのを感じた。
そして、その違和感は急に猛烈なくすぐったさに変わる。
「うひゃひゃひゃひゃひゃ!」
そして俺は耐えられずに目を覚ました。
……するとそこには、長い舌を持った美少女が、少しはだけた着物を抑えながら恥ずかしそうな表情で俺の方を見ていた。
彼女の長い舌は俺の足に絡まっており、よだれでべとべとしている。
ずっと俺の足を嘗め回していたことがわかった。
……だが、そのあまりにシュールな状況に理解が追いつかないまま、俺は尋ねる。
「あ、あんたは……?」
「あ、ご、ごめんなさい……私は、その……」
そして彼女はつぶやいた。
「妖怪『あかなめ』です……あなたの体の垢があまりにおいしそうだったので、つい……」
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