第42話
おそらく、このヴァイオリンはストラディバリウスとは別の方向に尖って突き抜けている。古くもあり新しくもある。移りゆく中世から現代への死生観。いいとこ取り。だけど、そのぶん扱いは難しい。
まるで薄い氷の上で踊っているような。強く舞ってしまえばたちまち足元は崩れ、飲み込まれていく。弱く舞えば、非常につまらないものになってしまう。それをピアノにも要求する。さらに引き上げる。
ブランシュの描いた流麗で儚い『死の舞踏』とは違う、甘くとろけるような重さを含んでいる。天使であり悪魔。同じ曲なのだが、イリナには違う曲を弾いているようで。
(ブランシュ……ブランシュ……!)
あの時をなぞろうとしても、手が、脳が勝手に新しい弾き方を模索する。歯切れ良く。心に生まれる。
『楽しい』
という、音楽の本質。それが憎むべき……憎む、べきなのかはわからないけど、そういう相手であっても。根にある部分は交換できないから。
この曲は七分ほどの短いもの。ほどなくして終局に至る。一期一会の演奏に、一期一会の道筋がある。そこに音を乗せるだけ。すでにオーロールには見えている。
(静寂へと続く五線譜。そんでもって香り。こんな感じかなー)
音が。香る。
闇からの解放——サンパギータ。
永遠へと続く螺旋——ビーズワックスアブソリュート。
そして、死を告げる叫び——セントジョーンズワート。
甘く、柔く、鋭く、重く。渇いた氷の世界でピアノとヴァイオリンが、死者達の想いを全て解き放つ。
夜明けを告げる雄鶏の鳴き声。すると、骸骨達は踊りを止め、死神も消え去る。辺りは再び静寂が支配する。時が止まり、そして時計の針が動き出す。
そこにいるのは三人のはずなのに。三人で間違いないのに。無数の骸骨と死神が、いた。
「……」
「……」
項垂れるイリナと、呆気に取られているヴィズ。どんな感想を言えばいいのか、どの感想も当てはまらないような。ゆえの無言。
それが十秒なのか。一分なのか。もっと短かったのか長かったのかもわからないほどに、張り詰めた空気。小さな呼吸の音だけ。わずかにステージに。
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