第5話
雨が降る。心に引っかかった石を穿くこともなく。ただひたすらにその音が。邪念のように。降り注ぐ。
「なになに? ヴァイオリンでも始める感じ?」
モンフェルナ学園小ホール。グランドピアノと百席ほどのイスのみという、シンプルな室内。そこでデルフィーヌ・キャシャウィは素朴な疑問を投げかけた。音楽科のヴァイオリン専攻である彼女。今日は友人の練習に付き合っていた。
本番よりも練習が好きであること、休暇中に怠けているのもなんか嫌なので、レッスンのしやすい今の時期はこうして使わせてもらっている。パリ出身で家から通っていることもあり、遠くから来ている生徒と違って帰省という概念はない。
好きな作曲家はシマノフスキ。ポーランド出身の彼の音楽は、どの型にもはまらないというか、最終的に漂う『シマノフスキ感』のような独自性が、彼女の感性を刺激する。
そして練習に誘ってきた友人、ヴィジニー・ダルヴィー、通称ヴィズはまだピアノのイスに座りながら、譜面台に置かれた楽譜を力無く視野に入れる。
「……そうじゃないけど」
ゆっくりと脱力しながら息を吐く。そのままスライムのように溶けて。イスと一体化。それもいい、などと普段ならば絶対考えないことを考えてみたり。口には出さないけど。
「???」
なんだか含みのある否定に、デルフィーヌの脳内は少々混乱。教えて、と言われても自分にはそんなたいそうなことは教えられないし、ここには講師もいるのだから、そっちに聞いたほうがいい。だがどこか今日のヴィズのピアノは。迷いがあるようで。
ピアノとヴァイオリン。そのどちらも弾ける人というのは、案外いる。指揮者などでは特に顕著で、どちらもプロ級という、指揮と合わせて三刀流もいる。もしかしてそっちを目指す気になったのかな、と勘ぐってみたがそうでもないらしい。
ヴィズの演奏の技術は、時々こうして一緒に演奏することもあるデルフィーヌはよくわかっている。バランスがいい。ベル・グランヴァルともたまーに演奏するが、あの子は波が激しい。すごい時はホントすごい。で。なぜ先ほどの質問に至ったかというと、今日の練習でやたらとヴァイオリン協奏曲が多かったから。
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