7 闇系アホの子はこの先を考える

『――なぜ、心が人間のままでいられるんだ?』


 イグニーの質問に、パチルはこう応えるしかなかった。


「……わからないのです」


7「闇系アホの子はこの先を考える」


「……わからないのです」


 パチルの答えに、その場の誰しもが沈黙した。


「ね、ねえパチル……」リアーナが聞いた。

「――だ、誰とは、話して、るの?」

「……イグニーなのです」

「イグニー? も、もしかして……あ、あなた、精霊とは、話せるの……?」

「そうなのです……聞こえるだけ、ですけど」

「で、でもそれってふ、普通はできない、わよ?」

「わからないのです……で、でもその、『プロジェクト・スピリット』について調べれば、わかると思うのです……!」


 パチルの答えに、重い空気がもっと重くなった。


「……なあ、パチル……」最初に発言したのはエレナだった。

「――あんた、これからどうしたいんだ?」

「……考えて、なかったのです……」


 1トンぐらいだった空気の重さが、10倍になったとパチルは感じた。

 この空気を明るくしたかったのか、エレナが言った。


「……なら、あたしたちの事務所に住まない?」エレナは精一杯明るい口調を作っていたが、震え声なのはまるわかりだった。

「……え!? ――住んでも、いいのです?」

「もちろん! ――でもそのかわり、あんたにはちゃんと働いてもらうぜ」

「……は、働く……のです?」


 パチルは――少しだけだが――働くことに抵抗感があった。

 それもそのはず、パチルは(前世含め)働いたことがないのだ。

 強いて言うなら「ラボラトリー」での生活ぐらいだろうが、少なくとも雇用契約云々がちゃんと結ばれた仕事はしていない。


「あたしたちの事務所も慈善事業じゃないから――大丈夫、そんな難しい仕事じゃないから」

「それならいいのです……でも、事務所って……?」

「そうだ――魔法少女だって、事務所に所属してる。あたしたちが所属してるのは「マジカル・ユニバース」という事務所で、人手不足に悩んでるんだ。あんた、魔法が使えるんだろ? 見た感じ戦闘向きの魔法だし、妖獣駆除にも向いてそうだな」

「わかったのです……その事務所は、どこにあるのです?」

「まあ――神守市かもりしの、中心部だな」

「……カモリシ? それって、どこなのです?」

「うーん……ここも神守市の郊外だからなあ……まあ、こっから事務所まではあまり遠くないぜ」

「そうなのですね……でも、今日はどこに泊まるのです?」

「泊まる? ……うーん、どうしようか――」

「……わ、私は、このまま事務所にい、行ったほうが、いいと思う」リアーナが割って入った。

「か、仮眠室が空いてるとお、思うから」

「でも、もう7時だぜ? ――正直言って、眠い……」

「で、でも――暴走したら、ど、どうするの?」


 リアーナの発言に、エレナはハッとした表情になった。


「それは考えてなかったな……あんたたちはもともと夜勤だし……なら、行くか」

「ちょ、ちょっと……まだほ、報告書用のしゃ、写真、は……」

「あ、完全に忘れてたぜ……ありがとな」


  ▽ ▼ ▽


 リアーナとシエルが一通り写真を撮っている間、パチルはエレナと共にその様子を見ていた。


「じゃ、もうそろそろ行こっか」シエルが仕事用のスマホをポーチにしまいながら言った。

「リアーナ、報告書は明日でいいと思うけど?」

「じ、事務所にはま、「魔素発生妨害装置」があるから、この子のま、魔力制御には、使えると思う――少なくとも、気休めには」

「まあ、そうね――パチル、行こっか」


  ▽ ▼ ▽


 15分ぐらい歩いただろうか。

 パチルたちは大きな貸しビルの前に来ていた。

 雑居ビルとするには大きすぎ、廃ビルとするには整備されている、老朽化したビルである。

 入口のビル案内板には「認定魔法少女事務所 Magical Universeマジカル・ユニバース」と書かれている。

 案内板によると、事務所は3階と4階を借りているらしい。


「行くぞ」


 中に入ると、これまた古そうなエレベーターと非常階段が待ち構えていた。

 疲れているのにわざわざ非常階段を使う理由もなく、パチルたちはエレベーターに乗り込み4階へと上がった。

 エレベーターの向こうは薄暗いオフィスで、その日たまたま夜勤だった紫髪の魔法少女が、一人ぽつんと辞書のように分厚い本を読んでいる。

 

「よう、セネカ」


 エレナはオフィスにいた紫髪の魔法少女――日比谷ひびやセネカに声をかける。


「呼び捨てはだめって、何回言ったら――」

 

 そこまで話したところで、セネカはパチルの存在に気づいた。

 

「――この子だれ?」

「この子か? こいつは灰骨パチル、魔法少女だ――無所属のな」

「無所属って、あんた、違法野郎を匿おうって思ってるの? ここは「曲がりなりにも」合法な事務所なのよ?」

「おっと、伝え方を間違えたな……こいつの無所属には、ちゃんとした「わけ」があるんだぜ……」


 エレナは妖獣に襲われてからここに来るまでの顛末と、パチルの過去についての憶測を語った。

 セネカは相槌をうちながら、でも真面目な顔でその話を聞いていた。

 話を聞き終わると、セネカが言った。


「――確かに、この子からは直に精霊の魔力を感るから、嘘とは思えないわ……でも、どうやってあの「ラボラトリー」から逃げ出したの?」

「そ、それは――死んだふりをしたのです」

「死んだふり……? ――あの「ラボラトリー」が、そんな子ども芝居で騙されるなんて思えないけど……」

「エディが、アドバイスしてくれたのです……実は――」


 それに続いてパチルは、これまでのことを(「西木田ファミリーの将来のボス」を名乗る青年にレイプされかけたこと以外)洗いざらい話した。

 

 5歳ぐらいのときに誘拐されて、「ラボラトリー」に売り飛ばされたこと。

 そこで変な注射を打たれたり、変な手術をされたりと、まあとにかく体をいじくり回されたこと(付け加えで研究員から盗み聞きした内容も話した)

 そしたらある日「エディ」と名乗る精霊と話せるようになったので、エディに脱出のアドバイスを求めたら、「回復魔法とかを使わずに死にかけになったら、失敗作だと思われて、捨てられて脱出できると思う」と言われたこと。

 実際にそれを実行したら見事に脱出できたので、警察に行こうとして交番を探したこと。

 でもしばらく歩いているうちにお腹が空いてきて、スーパーで余り物をもらおうとしたこと。

 そこをエレナに見つかって、おにぎりをもらったこと――


 ――そこまで話したところで、エレナが口を挟んだ。


「……パチル、そこまででいい。そこからはあたしの「日誌ダイアリー」に載ってると思うから」

「わかった――調べるわ。大峰エレナ、2月17日午後7時……」


 セネカはぶつぶつ繰り返しながら、手元の分厚い本をパラパラめくる。

 セネカは「大峰エレナ、2045年2月17日」と書かれたページで、ピタッとめくる手を止めた。


「なるほどね……」セネカはページを斜め読みしてから続けた。

「――リアーナとシエルのも見ておくわ。とりあえず、戦闘で疲れたでしょ? 仮眠室で休んだほうがいいわ。ほら、鍵」


 セネカはそう言って細長い鍵を差し出す。

 エレナは片手で奪い去るように鍵を受け取った。


「さ、もうそろそろ寝よう」

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