スキルなしの探索者 ~実は異世界のスキルで最強~

りおりお

プロローグ:異世界からの帰還

 異世界の大地が震え、空が裂けた。俺――カイゼル・ノア、いや、東雲光司は剣を握り締め、目の前に立ちはだかる巨大な魔王を睨んでいた。全身を覆う甲冑、圧倒的な魔力。だが、これは終わりの戦いだ。


「カイゼル! 次が最後だよ!」


 背後からエリーの声が響く。彼女は強力な魔導士で、俺をずっと支えてきてくれた仲間だ。俺たちは数え切れない戦いを繰り広げ、この魔王との決戦までたどり着いた。そして、ここで終わらせる。


「分かってる!」


 俺は剣を振り上げ、魔力を込める。剣先からは、青白い光が放たれ、周囲の空間を揺らす。これが、俺の最強の一撃――魔法剣「蒼刃絶閃」。魔王の巨体が再び動き、牙をむいてこちらに迫る。


 その瞬間、俺は一気に突進し、剣を振り下ろした。刃はまっすぐ魔王の胸を貫き、光が爆発した。激しい咆哮が響き渡り、魔王の体が崩れ落ちる。


 勝った――そう思った瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。


「え……?」


 まるで世界そのものが崩れ去るような感覚。足元の地面が消え、俺の体は光に包まれて宙に浮かんだ。声を上げようとするが、喉から何も出ない。そして、目の前に白い光が広がり、すべてがかき消された。


 気がつくと、俺は天井を見上げていた。見覚えのある、何も変わらない俺の部屋の天井だ。


「……え?」


 思わず体を起こして周囲を見回す。これは――現代の俺の部屋。布団の感触も、壁にかかっているポスターも、すべてが元に戻っている。


「帰ってきた……のか?」


 俺は自分の腕を見た。異世界で鍛えられた筋肉と、魔力の流れを感じる。それは夢でも幻でもない。確かに、俺は異世界で戦っていた。そして、勝った。魔王を倒し、世界を救ったのだ。


 だが、どうしてここに?


 ふと横にあるスマホを手に取った。画面には、見覚えのある日付が表示されている。異世界に転移した、その当日。まさか、あれほど長い時間を異世界で過ごしたのに、現実の世界ではほんの一瞬しか経っていないのか?


「嘘だろ……」


 そう呟きながら、俺はスマホの画面を見つめた。現実の世界は何も変わっていない。俺だけが異世界で戦っていたという事実が、信じられないほど不自然に思えた。


 リビングに降りてみると、いつも通りの風景が広がっていた。母は台所で何かをしており、テレビからはバラエティ番組の音が流れている。


「おはよう、光司。今日は大学行くの?」


 母が俺に声をかけてくる。


「あ、うん……行くよ」


 自然と返事をしたが、まだ頭の中は混乱していた。異世界の出来事が鮮烈すぎて、現実の平和な日常が嘘のように思える。


「大学ね……」


 異世界では魔法剣士として戦い続けていた俺が、現実ではただの大学生だというのが、どうにも信じられない。あの世界での戦いがあまりにも激しく、今ここにいる自分が本当に現実なのかさえ疑わしくなってくる。


 大学のキャンパスに足を踏み入れると、いつも通りの風景が広がっていた。学生たちが講義へと急いだり、友人同士で話していたり。俺もその一人として、普通に見られているはずだ。


 だが、俺の中には異世界での戦いの記憶が残っている。仲間たち、魔王との決戦、そして魔法の力。それが、現実には存在しないことが、不思議な感覚を呼び起こす。


 「光司! どうしたんだよ、元気なさそうじゃないか?」


 突然、後ろから肩を叩かれた。振り向くと、友人のケンが立っていた。


「ああ、いや、ちょっと考え事してただけ」


 俺は笑ってごまかした。


「考え事? お前が? 珍しいな。もしかして試験のことか?」


 ケンはにやりと笑って俺の顔を覗き込む。俺は苦笑しながら肩をすくめた。


「まあ、そんなところかな」


 本当は、異世界のことが頭を離れないのだが、それを言っても誰も信じてくれるはずがない。俺が異世界に行っていたことを知る者は誰もいないし、俺以外に帰還者も存在しない。


 昼休み、学食で昼ごはんを食べながら、ふと自分の手を見つめた。異世界では、俺の手から魔力を発して剣に込めていた。あれは現実だったはずだ。


 「……試してみるか」


 誰にも見られていないことを確認して、俺は軽く手をかざしてみた。異世界で使っていた「風刃斬(ふうじんざん)」という魔法剣技を思い浮かべる。魔力を集中し、軽く動かしてみると――。


 「……できる、のか?」


 手のひらから、かすかな風が巻き起こった。まるであの時と同じ感覚だ。


「本当に、使えるんだ……」


 現代でも、異世界のスキルが使えることに気づいた瞬間、俺は胸の奥で熱いものを感じた。これは現実だ。俺が戦った力は、現実のこの世界でも使える。


 その日、家に帰ったあとも、俺は異世界で使っていたスキルを試してみた。魔法の力、剣技、それらがこの世界でも通用することがわかったとき、俺は不思議な感覚に包まれた。


「これで……また戦えるのか?」


 だが、誰と戦う? 異世界の敵はもういない。俺の仲間も、異世界に残った。俺だけが、この現実の世界で、異世界の力を持つ存在として生きることになったのだ。


 異世界で戦った時間が、無駄ではなかったことを実感しながら、俺は再び目の前の現実に向き合おうとしていた。

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