第29話 ドキドキお泊まり会(2)

夜が更け、部屋の中はしんと静まり返っていた。桜や霞、玲奈はすでに布団に入っており、会話も次第に減ってきていた。だが、智也の心臓はまだドキドキと鳴り続けていた。妹・彩香として女子たちの中にいることのプレッシャーは大きく、この状況をどう乗り切るかで頭がいっぱいだった。


布団に横たわった智也は、隣から聞こえる微かな寝息や、ふわっと漂うシャンプーやボディクリームの香りに神経を研ぎ澄ましていた。甘く柔らかな香りが鼻をくすぐり、女性特有の匂いが体にまとわりついてくる。布団の感触が柔らかく心地よいものの、その温もりが逆に智也の緊張を高めていた。


「これ… やばいな…」


智也は自分が女子の中で「彩香」として過ごしていることを常に意識し、その事実に動揺し続けていた。特に、玲奈がすぐ隣に寝ていることが大きなプレッシャーとなり、彼女の気配を敏感に感じ取っていた。


布団の中で眠りにつこうとしていたその時、智也は突然、隣に寝ていた桜が寝返りを打って自分の方に近づいてくるのを感じた。ふとした瞬間に彼女の手が軽く智也の腕に触れ、甘い香りがさらに強く漂ってきた。


「…っ!」


智也は一瞬息を呑んだが、すぐに何とか平静を保とうと努力した。桜は無意識のうちに近づいてきただけで、特に智也を意識しているわけではなかった。しかし、その一瞬の接触が彼の心拍数を跳ね上げさせた。


「落ち着け…ただの偶然だ…」


そう自分に言い聞かせるものの、隣で桜が寝息を立てる中で、彼女の柔らかな髪や温もりが伝わってきて、ますますドキドキしてしまう。


その時、ふと反対側にいる玲奈の気配を感じ取った。智也は玲奈が自分を見ているのではないかと、一瞬ドキッとしたが、部屋は真っ暗で彼女の表情は読み取れなかった。それでも、玲奈の視線がどこか感じられる気がした。


「まさか… 玲奈、起きてる?」


智也は心の中でそう思いながら、身動きできない状況に緊張を募らせた。玲奈は普段から観察力が鋭く、智也の行動を注意深く見ている節があった。そのため、このお泊まり会でも何か気づかれているのではないかという不安が頭から離れなかった。


部屋の中は依然として静まり返っていたが、智也の心の中は波立っていた。女子たちの寝相や寝息、ふわっと漂う香りに包まれながら、彼はなんとか一夜を乗り切ろうとしていた。しかし、その静寂の中で、智也は次第に玲奈の存在が気になり始めていた。


この問いが智也の頭にこびりつき、眠れないまま夜が明けるのを待つことになった。


翌朝、メンバーたちは順次起き出して、朝の準備を始めた。智也も布団から出て、普段通り振る舞おうとしたが、心の中にはまだ昨夜の緊張感が残っていた。


そして、玲奈が智也の近くに寄ってきた。


「彩香、昨日…寝るのに時間がかかっていたみたいだけど、何かあったの?」


玲奈の質問は、まるで全てを見透かしているかのようだった。その言葉に、智也は一瞬息を呑んだが、すぐに平静を装いながら答えた。


「うん、ちょっと緊張してて…でも、何もないよ。大丈夫。」


玲奈はその答えをしばらくの間じっと聞いていたが、彼女の鋭い目はまだ何かを探ろうとしているようだった。


玲奈の言葉には、どこか含みがあるように感じた。智也はその一瞬のやり取りで、玲奈が何かに気づいているのではないかという恐怖を再び感じ始めた。

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