第20話 大丈夫。見えてない…見えてない…

温泉の湯気に包まれ、五感を揺さぶる体験をどうにかやり過ごしていた智也。周囲の女性たちの動きや香りにドギマギしながらも、何とか自然に振る舞うことができた。しかし、緊張は解けないまま、彼はさらに心の中で葛藤を抱え続けていた。


玲奈や桜、霞たちは、湯船に体を沈めて完全にリラックスしていた。


彼女たちの肌は湯気に包まれ、滑らかな肌が淡い光に照らされている。智也は必死に視線を落とし、直視しないようにしていたが、濁りの中にうっすら見える彼女らの肢体でますます心臓が早く打つ。


「大丈夫。見えてない…見えてない…」


智也は心の中でつぶやきながら、必死に平静を保とうとした。体にまとわりつく湯気や、耳に入る女性たちの柔らかい声。その全てが、彼を圧倒し続けていた。


「彩香も、もっとリラックスしていいよ。温泉はね、体の疲れも心の疲れも全部溶かしてくれるんだから。」


桜が無邪気に声をかけてくる。その言葉に智也はぎこちなく笑みを浮かべ、うなずいた。


「うん…ありがとう。」


彼は心の中で「これが終わるまでの辛抱だ」と何度も自分に言い聞かせた。


湯船でリラックスする他のメンバーたちに混ざっていた智也だが、彼の心の中ではまだ玲奈の存在が大きなプレッシャーとなっていた。玲奈は一見何も考えていないように見えたが、その鋭い観察力で智也をじっと見つめているように感じられた。


「…彩香、顔色はもう大丈夫?」


玲奈が再び声をかけてくる。その言葉には特別な感情はなさそうだったが、智也にとってはその一言が刺さる。彼女が本当に自分を心配しているのか、それとも何かを探っているのか、智也にはわからなかった。


「うん、だいぶ良くなったよ。ありがとう…玲奈。」


智也はできるだけ自然に答えたが、内心は不安に揺れていた。玲奈の冷静な視線が再び自分に向けられるのを感じながら、智也はその場で何とか心を落ち着ける努力を続けた。


しばらくして、メンバーたちはそれぞれ湯船から上がることにした。湯上がりの肌はピンク色に染まり、温泉の湯気と混ざった女性たちの香りがさらに強く感じられる。智也は、その甘い匂いに再び心を乱されながらも、何とか無事に温泉の時間を終えられたことにホッとした。


脱衣所では、桜がタオルで髪を拭きながら嬉しそうに話しかけてきた。


「やっぱり温泉って最高だよね!彩香も、少しはリラックスできたでしょ?」


「うん…だいぶ疲れが取れた気がする。」


智也はそう答えたが、実際は湯気や香り、そして女性たちの身体にドギマギしてばかりで、全くリラックスなどできなかった。しかし、彼女たちに怪しまれずにこの時間を過ごせたことは、大きな安堵感をもたらしていた。


温泉を出た後、メンバーたちと部屋に戻り、一息ついていた。湯上がりの体は少し火照り、心地よい疲れが智也の体を包み込む。智也は廊下の椅子に腰をかけて智也は静かに息をついた。


「これで何とか、温泉は乗り切れたけど…」


智也は心の中でそうつぶやきながら、今までの緊張感から解放されるように体を休めた。窓の外からは涼しい夜風が吹き込み、温泉宿の庭の匂いがほのかに漂ってきた。草や木々の香りが温泉の甘い香りと混ざり合い、どこかリラックスした空間が広がっていた。


しかし、智也は完全に気を緩めることができなかった。玲奈の鋭い観察眼が、彼の心に何かを残しているような気がしてならなかったのだ。


その夜、布団に入ってからも智也は眠れないでいた。玲奈が何かに気づいているかもしれないという不安が、彼をずっと悩ませていたのだ。


「玲奈は…本当に気づいてないのか?」


智也はその疑問が頭を離れず、布団の中で一人、静かに悩み続けた。彼女の冷静で鋭い視線は、他のメンバーたちとは明らかに違っていた。玲奈がもし自分の正体に気づいているとすれば、この旅行が終わった後、何かを仕掛けてくるかもしれない。


その考えが、智也の心をさらに乱していた。

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