第74話 アメリカの黒歴史②
1927年(昭和2年)1月
昨年末に先帝陛下が崩御され、摂政の任にあった皇太子殿下が即位して、昭和が始まった。
史実だとこれからが本当に大変な激動の時代となるのだが、何とか日本にとっても世界にとっても可能な限り平穏な世界としたいところだ。
さて前回の続きだ。
アメリカを独ソ側に付けさせない為にルーズベルト再選を阻止する策だが、おさらいすると下記8点だ。
①アメリカ国内の南北対立を煽る
②ネイティブアメリカンを焚きつける
③ハワイの独立派を支援する
④アメリカの病巣、黒人差別に対する工作を行う
⑤植民地における蛮行をアメリカ国民に宣伝する
⑥テキサス州の独立派を支援する
⑦メキシコとの関係を悪化させる
⑧カリブ海諸国を焚きつける
というもので①②③は前回説明したから続きだ。
④アメリカの病巣、黒人差別に対する工作を行う
これも説明の必要は無いかも知れない。
現在、アメリカ合衆国内には1200万人の黒人が住んでいて、アメリカ全体の人口に対する構成比は約10%という、大変大きな集団を形成している。
北部地区、特にワシントン州やモンタナ州、南北ダコタ州といった州においては黒人の比率が低く、やはり南東部ルイジアナ州やアラバマ州・テネシー州に多い印象だ。
日本人の印象だと南北戦争の影響からか「北部は黒人に寛容で、南部は逆に黒人に対して厳しい」と思われるかも知れないが、北部だって南部に負けず劣らず黒人差別は厳しいものがあって、結論から言えば北部の人間は自分たちの周囲に黒人を受け入れたくなかったから奴隷制に反対したし、黒人を追い出して白人だけの国を作りたかったに過ぎない。
要するにエゴだな。
南北戦争に何としても勝ちたかったリンカーンによってキャッチフレーズとしての奴隷解放宣言はなされたものの、言うまでもなく差別は無くなるどころか激しさを増すものであるし、きっかけと指導者がいればその騒動はアメリカ全土に拡散するだろう。
そしてきっかけとなる差別や暴力は毎日、アメリカのどこかで発生しているから「ネタ」には困らない。
⑤植民地における蛮行をアメリカ国民に宣伝する
これは以前から計画していることで、特にワスプと呼ばれる白人支配層に属する学生や若者に対して効果が大きいだろう。
ちなみにワスプ(WASP)とはWhite Anglo-Saxon Protestantの略で、一番最初にアメリカへやってきた人たちの子孫で構成された層を指し、かつては構成比が高かったものの各国からの移民の影響を受けて比率は下がりつつある。
ただし、実際の権力層と合致しているからアメリカの政治的動向を握っていると言って差し支えない。
その層に属する子弟たちをターゲットにしよう。
ハリウッド映画は単純なストーリーのものがアメリカ人に受けがいいのは、彼らが単純で明確で分かりやすいものを好んで受け入れるからという背景がある。
それは彼らがおバカだからだ。とまでは言わないが、正義と悪が明確に分かれているような派手なものを好むのは事実だろう。
ベトナム戦争の時、彼ら学生を中心とした層の間で動揺が走ったのは、ベトナムに対する所業、枯葉剤だったりソンミ村だったりの報道を見て、アメリカがハリウッド映画に出てくる主人公のような正義のヒーローではないという現実を突きつけられて「発狂」したからだ。
その後は自らの行動に対して自信を持てない、長く暗い停滞の時代を過ごしたのはご存じだろう。
そしてベトナムに代わる今回のネタはフィリピンだ。
米西戦争の結果、フィリピンの支配権をスペインから奪取したアメリカに対して、フィリピンは独立を宣言した。
フィリピンは16世紀から続く外国による支配から脱出したかったのだ。
このフィリピンの国名はスペインのフェリペ2世が由来だが、それに対してアメリカは米比戦争を仕掛けて鎮圧する行動をとる。
この際に正規軍を持たないフィリピンの民衆はゲリラ戦で抵抗するしかなかった。
フィリピン方面のアメリカ軍最高司令官だったアーサー・マッカーサー・ジュニア(ダグラス・マッカーサーの父)は、1900年に正規軍ではないゲリラは「兵士としての資格を保有しておらず、もし捕虜となった場合、戦争における兵士の特典をうけるに値しない」と声明を行った。
これは戦時国際法のルールで規定されている「戦争は制服を着たもの同士が行う」項目を持ち出し、軍服を着ていないフィリピンの民衆は戦時国際法における兵士とは認められないから、当然捕虜としての権利も得られないし、ゲリラと認定して虐殺しても問題ないとの理屈による。
マッカーサー配下のジェイコブ・スミス将軍はこれを受け「10歳以上はすべて殺すこと」と要約した簡潔な命令を下した。
その結果発生したフィリピン国民の犠牲者数は諸説あるが、最低20万人、最大120万人。
当時、アメリカの新聞で報じられた現地報告には「アメリカ軍は犬畜生とあまり変わらぬと考えられるフィリピン人の10歳以上の男、女、子供、囚人、捕虜、……をすべて殺している。手を挙げて投降してきたゲリラ達も、一時間後には橋の上に立たされて銃殺され、下の水に落ちて流れていく……」こうした記事は残虐行為を非難するためでなく、文明人が非文明人に対する行為として正当化するために書かれていた。
何が正当化だ。
どんなに屁理屈をこねくり回しても正当化なんかさせてたまるか。
それに9歳と10歳をどう見分けるんだ?拡大解釈させ、殺人を使嗾する皆殺し命令に等しいじゃないか。
この残虐行為の事実を広く一般に教えるだけでいいのだから、こんな簡単な策はないと言って良い。
広告宣伝費だけで済む話だ。
アメリカのお高くとまったエスタブリッシュメントたちの心を叩き潰してあげよう。
⑥テキサス州の独立派を支援する
俺がこの世界に来る直前の話だが、テキサス州では約200年前にテキサスが独立国家だった当時の地位を取り戻すべきとの声が一部から上がっていた。
こうした人々が求めているのは米国からの離脱テグジット(Texit)だった。
独立派の人々は、独立することで国境に押し寄せるメキシコ移民の問題と、メキシコ国境の管理をめぐるテキサス州と連邦政府との対立を解決できると主張していたが、当時の民主党の大統領であるジョー・バイデンと共和党のテキサス州知事であるグレッグ・アボットとの対立は、国家分断を浮き彫りにしていた。
これとは別にテキサスの分離独立を目指す「テキサス・ナショナリスト運動」という組織が存在していて、彼らが独立を目指す動機としてはメキシコからの移民問題に悩むテキサスの事情もあっただろうが、それ以前にアメリカ合衆国からどんな理由を付けてでも独立したいのだという感情が大きい。
何故なら歴史的な背景としてはテキサスはかつてメキシコの一部だったが、1835年のテキサス革命を経て、1836年に主権国家となった。
しかし、それからわずか9年後、テキサスは28番目の州として米国に併合されたという苦い過去を背負っているからだ。
そうは言っても21世紀におけるテキサス州の独立派は多数派では無かった。
分離独立支持層はせいぜい30%程度だったから、こちらも平時であれば独立運動は盛り上がらない。
しかし他に南部諸州が独立に向けて騒ぎ始めたら話は別だ。
さて、ここからはアメリカ周辺国が対象だ。
⑦メキシコとの関係を悪化させる
⑧カリブ海諸国を焚きつける
以上の二つだが、これは密接につながっていると言ってもいい。
⑦メキシコとの関係を悪化させる
アメリカは様々な階層・階級・人種の集まった人たちで構成されるから、国内の団結を重視する傾向がある。分かりやすいのが国旗の扱いだろう。
日本では日章旗を見かけることは祝日でもない限りそれほど無いだろうが、アメリカではそれこそ至る所に掲揚されていて、星条旗の下で団結している印象がある。
それくらいしか共通のアイデンティティが無いのだから可哀そうな国民と思うが、もう一つアメリカ国民として団結させるのがスローガンで、特に敵と認定したものに対するスローガンは強烈だ。
米西戦争のきっかけとなったスペインに対する「リメンバー メイン」もそうだし。
日本に対する「リメンバー パールハーバー」は言わずもがなだ。
そしてテキサス独立戦争時、メキシコに対しては「リメンバー アラモ」が叫ばれた。
「英雄」デイヴィー・クロケットがメキシコ皇帝によて処刑された戦いだ。
更には米墨戦争の結果、敗れたメキシコはアメリカにカリフォルニア州、ネバダ州、ユタ州と、アリゾナ州、ニューメキシコ州、ワイオミング州、そしてコロラド州を奪われ、この割譲によってメキシコは国土の30%を失った。
これらの土地は不毛の砂漠地帯が多かったが、1849年にカリフォルニアのサクラメントでゴールドラッシュが起こり、さらに20世紀前半にはテキサス州で無尽蔵と言われた油田が発見され、石油ブームが起こることになり、これを見たメキシコには深い恨みだけが残った。
米墨戦争に至ったアメリカ側の動機としては、1830年代にアメリカはロシアから購入し新たに領土とに組み入れたアラスカ準州と地続きにする為に、当初カナダの奪取を画策していたが、英米戦争によって諦めざるを得ず、変わってメキシコにその侵略の手を伸ばしたわけだ。
1910年にメキシコで革命が発生した後は石油産業の国有化をめぐって再び両国は争うことになった。
以来、その関係は決して良好なものではなく、アメリカは加害者だから気付いていないかも知れないが、被害者であるメキシコ人のアメリカに対する敵意は激しいものがある。
よってここもメキシコ単独では無理だが、複合的な要素が同時発生したら、アメリカに対して立ち上がる確率はとても大きいだろう。
⑧カリブ海諸国を焚きつける
書いている俺自身がしんどくなってくる話だし、読む方はもっとキツイだろうが、コロンブスがアメリカ大陸に目を付けて以来、南北アメリカの先住民族の累計虐殺者数は5600万人に上るというデータがあるとの事だ。
象徴的なのがカリブ海に浮かぶジャマイカで、あのウサイン・ボルト選手の故国で知られている陸上競技王国だが、選手は全員黒人系なのはご存じだろう。
しかし、ここには当初黒人は住んでおらず先住民は黄色人種系のインディオなのだが、逆にインディオは21世紀にはもうジャマイカには住んでいない。
スペイン人が皆殺しにしたからだ…
これはスペインによる蛮行だが、他にもハイチ、キューバといったアメリカが加害者となった場所は少し煽るだけで簡単に反米デモを起こすだろう。
そして地政学的見地で言うと、日本にとっての朝鮮半島、イギリスにとってのベルギーと同じ意味を持つのが、キューバであり、カリブ海諸国なのだ。
史実における「キューバ危機」が本当に危機だったのは、核兵器の持ち込み云々以前にその地政学的位置にあったわけで、キューバとはアメリカの下腹部を襲うナイフのような位置にあるのだから、ここでの騒乱効果は抜群だったから世界中が大騒ぎした。
キューバがアメリカにとって重要だとの証拠はグァンタナモ基地だ。
キューバ島最南端に存在するこの基地はアメリカの重要拠点として、またアメリカ本土から離れて多くのアメリカ人から目の届かない収容所としても機能しており、21世紀においても深刻な人道問題が懸念される場所だ。
よって史実よりも30年早く活用させていただこう。
以上8点を挙げてみたが、いやいやなんて残虐な国だろう。
真っ黒じゃないか。
アメリカは日本人から見たらあり得ない蛮行と、過剰な背伸びで出来上がった人造国家だというのが良く分かる。
これでよくアメリカは「正義の国」だの、「民主主義の守護者」だの、「民族自決」だのと臆面もなく持ち出せたなと感心するが、はっきり言ってアメリカの足元は隙だらけだな。
だから21世紀でも世界から嫌われているわけだ。
しかし、これを活用するには五月雨式に表面化させるのは良くない。
それこそ各個撃破されてしまい、大きなダメージに繋がらないからだ。
活用するには同時多発的に起こさないと効果が薄いのと、蜂起させるタイミングと蜂起の順番も極めて重要だから、慎重に時間をかけて準備せねばならない。
最も効果的なのはアメリカ大統領選の終盤にこれを一斉に行う事だ。
現職大統領にとって、とてつもない失点につながる可能性が高い。
よって9年後の1936年の大統領選の投票半年前には開始し、共和党のアルフレッド・ランドンを勝たせる事によってルーズベルトの再選を阻止するべくタイムテーブルを設定しよう。
これら8点の工作を完了させる為には時間的余裕はもう少し欲しいのが正直なところだが、ルーズベルトを再選させると本当にマズいことになるからタイムリミットはここしかない。
更に付け加えるとルーズベルトのニューディール政策は失敗したとの印象を広く国民に浸透させることが出来たらなおいいし、もっと欲を言えばルーズベルトは共産党のスパイだとの噂が広まったら重畳極まりない。
そこで明石大将と相談した結果、NHKはソ連やロシア方面に注力してもらいたかったので、アメリカ方面には別組織を作って対応する事にした。
メンバーは新たに黒人やネイティブアメリカン、ハワイアンに南部人といった人たちを中心に、アメリカ合衆国に恨みを持つ人物をスカウトした組織で、部門名は「内閣遠方駐在所」略してNECとした。
この時代にパソコンなんて無いから誰も疑問に思わないだろう。内心で笑うのは俺だけだ。
これで日本が持つ諜報組織は目的と方面別に3つに再編された。
・日本国内向けの諜報組織である内閣特命担当(NTT)
・主にソ連方面の対策部門である内閣北方協会(NHK)
・アメリカ大陸での活動主体の内閣遠方駐在所(NEC)
この3つだ。
さて、では仕事にかかろう。
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