第45話 明治から大正へ

1912年(明治45年)を迎えた。


この年に起きる日本に関係する大きな出来事は三つだ。

まず史実では1月1日に孫文が南京にて、中華民国の建国を宣言して臨時大統領となるのだが、この世界では1月末にずれ込んだ。

そして2月に袁世凱が清国皇帝である愛新覚羅溥儀(あいしんかくらふぎ)の退位を宣言して清はここに滅亡した。

しかしここからがまた更に違う。

新たに建国を宣言した中華民国では、5月に北京を根拠地とする袁世凱政権の樹立があり、孫文率いる南方派と袁世凱の北方派の対立を経て、7月には袁世凱が孫文を追放して、ここに新たな国「中華帝国」の建国を宣言するに至る。

これは史実では大陸政策に積極的に絡んだ日本の影響が、今回は一切なかったことがまず挙げられるだろう。

日本政府はもちろんそうだが、宮崎滔天みやざきとうてんをはじめとする在野の活動家の支援も全くと言っていいほど無かった。


しかし日本の動きが一切なかった反面、イギリスの関与は露骨だった。

そしてイギリスは安定よりも動乱を選んだ。

理由はいろいろあるのだろうが、最大の理由は朝鮮と満州の地固めをする間は、隣国には混乱しておいてもらおうという考えがあったのではないかと推測する。

つまり中国が早々にまとまってしまうと、朝鮮国内に多数いる親中派ともいうべき勢力の動きが活発化することを恐れたという事だろう。

また満州内部にその勢力を張る張作霖の動きをけん制する狙いもあっただろう。


孫文は日本に亡命するものの、この世界では孫文を助けようとする勢力は日本国内に無く、失意のままこの世を去ることとなる。孫文は国父となれなかった。

また袁世凱も国内で頻発する反乱を収拾できず4年後に病死し、中華帝国は雲散霧消する事となる。

結局のところ天命は誰にも降りなかったわけだ。


イギリスはこの後、自国の権益を抜け目なく拡大しながら、どこかの勢力が大陸を統一する寸前まで行くと、その対抗勢力に自国の古い武器を売りつけ、対立が長期化するように誘導するようになり、日本に対しても積極的な武器販売を依頼してくるようになる。

これは朝鮮内部の"反英分子″の暗躍が収束せず、反乱鎮圧に悩まされたからでもある。


こうしてバランスを取りつつ、内乱状態が長期化するように仕向けながら、日英は儲けていくのだった。

最終的に中国大陸は大量の日英製の中古武器が入り乱れる修羅場と化した。

この状態では蒋介石も毛沢東も、自分が生き残るのが精一杯であり、誰が統一するのか、そもそも統一なんて出来るのかも全くわからない混乱状態に陥った。


次の大きな出来事は7月29日に今上陛下が崩御され、皇太子殿下が践祚せんそして年号は明治から大正へと変わった事だ。

9月13日には明治天皇と諡おくりなされた先帝陛下の大喪の儀が行われた。

この間の父の落ち込みは激しく、声を掛けるのもためらう程であったが、大喪の儀が終わるとようやく前向きな言葉も聞かれるようになった。

思えば先帝陛下の生涯は波乱に満ちたものだった。

明治維新の結果による東京への行幸と事実上の遷都、それに続く開国、列強の干渉に悩まされる日々、そして日清・日露と国運をかけた戦争。

更に日本が世界の表舞台へと出ていく時代へと続く。

これほど日本と世界が変化した時代は過去になかったし、先帝陛下を頂点として国民が一致団結して乗り越える事が出来たからこそ現在があるわけだ。

俺も父ももちろん頑張ったが、先帝陛下の英断に助けられたことも一度や二度ではない。

そもそも大陸政策をやめて海洋国家へと進む決断をしていただいたことは、俺はこの世界で死ぬまで忘れないだろう。

本当にありがとうございました。


三つ目の大きな出来事は10月に第一次バルカン戦争が勃発する。不吉な時代の始まりだ。

このバルカン半島をめぐる紛争は第一次世界大戦の引き金となったことで知られているが、ここに至る経緯が本当にややこしくて困る。

分かりやすく日本の歴史に例えると南北朝時代といったところか。アイツがそっちに付くなら俺はこっちに付くのだ。みたいな心理だ。それのもっと大規模な紛争だ。

結局は領土が欲しいという欲望が引き起こした戦争ではあるのだが、周囲の大国の利害が対立するなか、小国たちが勝手な動きをし始めて手に負えなくなるのが問題だ。

よくバルカン半島は火薬庫だと表現されるが、最終的には小国たちの自分勝手な思惑に大国が振り回される結果となった。

バルカン半島とはイタリアとトルコの間に位置し、ドナウ川から南側を指すことが多い。

しかし21世紀においては地理的表現でここをバルカン半島と呼ぶ人は少数派で、主に地政学的意味合いで使われることが多い。

面積は大体50万平方キロメートルで、現在の日本の国土面積よりやや大きい程度だが、ここに21世紀では12か国がひしめき合い、総人口は6000万人を超えていた。

そして明治現在の宗教は東部から中央にかけてロシア正教徒が多く、西北部のキリスト教徒、南東部のイスラム教徒がまだら模様で点在している。

民族的にはラテン系、ゲルマン系、スラブ系、トルコ系の民族が多く、揉め事の多くは民族・宗教・言語と国境が合致していない事が根本的要因だ。


そういった背景からこの地域はもともと揉め事が絶えなかったのは事実だが、オスマントルコ帝国が元気なうちは何とか力で抑え込めていた。

オスマントルコは皆さんがどういうイメージを抱いているか知らないが、世界史がヨーロッパ中心で動いてきていると信じている人からしたら悪夢?のような存在だろう。

そもそもヨーロッパのキリスト勢力がイスラムに対して優勢だった時期など19世紀にならないと訪れない。十字軍に代表されるような軍事侵攻もすべて撃退されている。


21世紀の時代にイランが欧米諸国に対して居丈高に振舞っていたのも、もとをただせばオスマン帝国の覇権をはじめとして、ペルシャ帝国などイスラムの栄光が記憶にあるからだ。欧米など弱い田舎者の集まりで、負け犬が遠吠えしているだけだと思っているのだ。強気だ。

ある意味で日本人もこういったイランの態度は見習うべきだろう。全てとは言わないが。


しかし時代は産業革命の時代を迎え、ヨーロッパが覇権を唱える時代となって発生したのが「1877年の露土戦争」。

これ、ロシアとトルコの戦争のことだが、露土戦争と一般に言われている戦争は一回だけじゃないのがややこしい。大体はロシア優勢なのは変わりないのだが。

ややこしいついでにマリア・テレジアも何人もいるからややこしい。俺は学生時代にキレそうになった。

まあイギリスのクイーン・エリザベスも1950年代から2002年まで同時期に二人いたが。


それはともかく一番有名なのが1877年の露土戦争だから、強引に露土戦争とだけ表記する。

この戦争の結果、ロシアはトルコの勢力圏内だったスラブ民族の国であるブルガリアを独立させ、更に多くの領土をトルコから奪おうとした。

ところが英独がここでは露土のバランスを取るため仲良く介入して、新たにベルリン条約を結ばせる。

最終的に形の上ではブルガリアはトルコの主権に留まるのだが、実質的にはロシアの勢力圏に落ちた。

ブルガリアは一連のバルカン紛争の中心地と言ってもいいだろう。

皆さんはブルガリアと聞いて何か思い出すことはあるだろうか?

ヨーグルトだと思った人は俺も含めて退場だ。


そしてこの第一次バルカン戦争が開始された1911年10月当時、オスマントルコはイタリアと伊土戦争を継続中だった。

この状態でバルカン半島に存在するブルガリア、ギリシャ、セルビア、モンテネグロの4か国がバルカン同盟を結んでオスマントルコへ宣戦布告してきた。

伊土戦争で弱っているトルコから領土を奪おうとの目的で、この動きの背後には極東方面から勢力拡大の比重をバルカン方面へ移したロシアがいた。

ロシアはスラブ民族で構成されたロシア正教会を国教とする国であり、ロシアと同じスラブ民族の多いこの地域のボス的存在だ。

ロシアの主張は「僕も皆を助けるからスラブ民族はそれぞれの場所で独立しようね」というもので、これは汎スラブ主義とも言われるが、ドイツ・オーストリアなどの「ワシらゲルマン民族が一番や」という汎ゲルマン主義と反目しあう事になる。

今回ロシアがこれらの国を焚きつけた目的は、オーストリア=ハンガリー帝国に対抗する事だったのに、なぜかロシアのコントロールを脱してトルコに向かってしまった。

この原因は各国の領土獲得の野望が優先したのと、トルコへの反感からだと考えられるが、こういう大国の言う事を聞かない行動を取る国が多いのもこの地域の特徴だ。

そして戦争は翌年の5月まで続くことになる。

最終的にはトルコから多くの領土がバルカン同盟に割譲された。


ここまでは大国から見た風景で、小国たちから見たら全然違う言い分となるだろう。

例えばサラエボ事件の当事者であるセルビア人から見たら、オーストリアのような大国の勝手な都合のもとに土地が割譲されたり、国の代表が変わったりさせられたから、徐々にセルビア人の民族意識は反オーストリアとなっていく。

最終的にオーストリアは、セルビアの行政権をオスマン帝国から奪い、セルビアを傀儡国としたことで、一段とセルビア人の反感を買う事となる。

更にボスニアにいたセルビア人や、セルビア公国にいたセルビア人の意見を聞かずに、代表をオーストリア人にしたことにより、もっと反発を招く。


これが最終的にあの暗殺事件へと繋がってしまう。


さて、次回はあの男が登場する。

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