50 覚悟の一刀


 俺は剣を手にアッシュと向かい合う。


 体のダメージは小さくない。


 本来の実力なら、アッシュは俺の敵じゃない。


 けれど、この体でどこまでやれるか。


「ゼルさん、私が治癒魔法をかけます」

「――いや、まだ治癒魔法はいい」


 俺はレキに言った。


「それより君はマリエルを警戒しておいてくれ。向こうが魔法で仕掛けてきたら、すぐ対応できるように」


 レキが俺に治癒魔法を使う場合、どうしてもマリエルの魔法攻撃に対する反応が遅れてしまう。


 俺はまったく動けないほどのダメージじゃないし、ここは治癒魔法なしで、まずアッシュを倒す――。


「へへへ、それだけの大怪我をしてるなら、いくら魔族でも勝てるぜ……へへ」


 アッシュが剣を構え、じりじりと近づいてくる。


 俺はその場にとどまっている。


 この体では、普段のスピードを出せない。


 こちらから攻めるのではなく、相手の攻めに合わせてカウンターで倒す。


 俺は【集中】し、相手の動きを【見切る】ことに専念する。


「な、なんだよ、攻めてこないのか……え?」


 アッシュは明らかに臆していた。


 本来の実力では俺に遠く及ばないことを分かっているのだ。


 だから、いくら俺が負傷を負っているとはいえ、警戒心を高めている――。


「……いや、俺から仕掛ける方法があったな」


 俺は奴の動きを見つつ、ジリジリと近づく。


 とはいえ、接近戦を挑むつもりはない。


 俺が仕掛けるのは――遠距離戦。


「【投擲】!」


 ノーモーションから、いきなり手にした剣を投げつけた。


「っ……!?」


 これはアッシュが予測していなかった攻撃らしく、まともに右腕に命中する。


「ぐあっ……」


 手首の辺りを深々と斬られ、剣を取り落とすアッシュ。


「く、くっそぉぉぉぉっ……!」


 逆上したのか、左手に剣を持ち替えて襲い掛かってきた。


 ここでカウンターを発動。


 俺は予備の剣を抜き、奴のみぞおちに叩きつける。


 とっさに剣を寝かして腹の部分で痛撃し、アッシュは悶絶して倒れ伏した。


「ぐおお……おお……」


 のたうち回っている。


 これでしばらくは戦闘不能だろう。


「後はお前だけだ、マリエル」

「……意外ですね。魔族が人を斬ることを躊躇するなんて」

「――俺は優しいんだ」


 軽口を叩く俺。


 正直言って、最初はアッシュを斬るつもりだった。


 その覚悟を決めたはずだった。


 けれど、肝心の場面になって迷いが出てしまったんだ。


 とりあえず、後はマリエルを戦闘不能に追い込み、後のことはそれから考えよう。


 彼女は強敵だし、レキと二人で確実に追い込むんだ。


「レキ、俺が彼女を引き付けるから、また隙を見て魔法攻撃を――」


 彼女の方を振り返ったそのときだった。


「えっ……!?」


 さっきまでのたうち回っていたアッシュが元気よく起き上がり、いきなりレキに向かっていく。


 どうして――!?


 驚き、すぐに気づいた。


 マリエルの持つ錫杖が淡い光を放っている。


 治癒呪文の類でアッシュを回復させたのか!


 こんな初歩的なミスを……くそっ!


 俺は自分自身を罵りながら走った。


 傷口が開くが、そんなことを気にしていられない。


 最高速の【突進】でアッシュとレキの元まで走る。


「ははははは、まずお前から斬る!」


 アッシュが剣を振りかぶる。


「ひっ……」


 レキは逃げきれない。


 凶刃が彼女に迫り――、


「【バーストアロー】!」


 俺は渾身のコンボ攻撃を放った。


 弾丸のような勢いで飛ばした剣が、アッシュの胸元に突き立つ。


「が……」


 どさり。


 アッシュは、力なく倒れた。


 確認するまでもない。


 間違いなく、即死だ。





****

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