45 魔族の任務か、人としての心か


 シン、と場が静まり返っていた。


 マリエルは冷たい目で俺とレキを見据えている。


「レキさんが魔族ということは、そちらのあなたも――」


 射貫くような視線だった。


「魔族ということですか、ゼルさん」

「俺は……」


 選択肢は三つだ。


 どうにかして誤魔化し、この場を乗り切るか。


 とにかく逃げるか。


 あるいは目撃者をすべて殺すか。


 最初の選択肢は難しいだろう。


 レキの姿は明らかに魔族のものだし、これを口八丁で誤魔化すのは厳しい。


 俺はもともと口が上手いタイプじゃないし。


 最後の選択肢も、魔族としては正しい行動かもしれないが、俺には……できない。


 人間を殺すことは、俺にはできない。


 ならば『逃げる』一択だろうか。


 ただ、その場合は魔王軍としての任務を放棄することになる。


 そもそもレキは――、


「申し訳ありません、ゼルさん。私のミスで……」


 レキが俺に頭を下げた。


「見られた以上は始末するしかありませんね」

「レキ――」

「私たちが――魔族が人間界で動きを見せている、ということを悟られるわけにはいきません」

「レキ――!?」


 俺は息を飲んだ。


「私たちの存在を……人間側に知られるわけにはいきません」


 レキの目は冷たかった。


「任務です」

「だけど……」

「なぜ人間を守ろうとするのですか、ゼルさん」


 レキがきょとんと小首をかしげた。


「その人間の存在は――仲間を守ることよりも大切なのですか?」

「い、いや、それは……」


 確かに、今の俺にとって仲間は大切な存在だ。


 たとえ、俺の精神が人間で、仲間たちは魔族であっても――種族が違っても、もう俺にとって『大切な仲間』と呼べる存在だ。


 けれど、人間を殺すことに抵抗はある。


「聖女として、あなたたちに質問します」


 マリエルが言った。


「なぜ、人間界にいるのですか? 魔族は――千年前の大戦以来、この世界には現れていないはず」


 正確には、それは間違いだ。


 千年前の人間やエルフ、ドワーフたちの連合軍と魔王軍の戦いは連合軍の勝利に終わり、魔王軍は魔界まで撤退した。


 以来、人間界への大規模侵攻は起きていない。


 とはいえ、秘密裏に魔族の調査部隊が人間界を訪れているのだ。


 来たるべき、次の大戦のために――。


 もちろん、俺たちが人間界に派遣されたのも、その一環だ。


 ただ、俺は人間界を滅ぼしたいと思っているわけじゃないし、人類の敵になりたいとも思わない。


 かといって、3番隊の魔族たちは仲間だと思っている。


 だから――俺自身、自分の立ち位置に答えを見いだせないでいるのが現状だ。


 今回の任務に立候補したのも、人間界に来て成長アイテムを手に入れるためだ。


 俺や3番隊の全滅ルートを回避するために――それを覆せるほど強くなるために。


 正直、こういう展開になることは予想していなかった。


 甘かった……。


 人間たちに俺たちのことがバレれば、こういうシビアな状況になるということを――想定すべきだったんだ。


 そして今、望むと望まざるとにかかわらず――。


 自分が魔族であるという現実と向かい合う時が来てしまった。



****

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