第39話・下僕です

 リア・リック。

 それがリック家における長女の名前だった。


 身長はラビよりもほんの少し大きいぐらい。

 しかし髪色は他の姉妹とは異なり、やや緑掛かった銀髪。


 外見だけなら、リンスとラビを足して2で割ったようである。


 中身については、達観した性格で何時いかなる場面でも落ち着いていたらしい。


 例えリンスが食事をこぼそうとも。

 夜一人で眠れずにリアの眠るベッドに訪れても。

 リンスが初めての仕事に失敗しかけ、関係者に被害を出しても。


 リアは何時如何いかなる時も優しい笑みでさとしてくれたようだ。


 リンスから聞いた限りは聖人の類いだ。


 だがこれは彼女の主観でしか無い。

 きっと彼女には見せなかった顔があるだろう。


 それが分かれば彼女に、リアに近付く道も見えるという訳だ。


 しかし、ここで問題になるのが『どうやって?』だ。

 これが分からなかったからこそリンスは、リアの消息を追えなかったのだから。


 が、答えは非常に簡単だ。


 知っている人に聞けばよいのだ。


 そういうわけでリンスと仲直りをした次の日。

 貢郎はリンスと一緒に病院を訪れていた。


「ようこそおいでくださいました」


 裏道を辿りエレベーターで上がった先。

 目がくらむ程の明るい廊下の入口に辿り着くなり、圧倒されるほどの丁寧なお辞儀が飛んできた。


 貢郎はすかさず同じレベルで頭を下げる。

 対してリンスは軽く会釈する程度に留めていた。


「申し訳ありません。急に押し掛けてしまって」

「いえいえ。私はこの通り暇を持て余す身ですらから。このように見目麗しい御婦人とお話出来る機会を頂いて嬉しい限りですよ」


(この人リンスさんのポンコツ具合を知らないのかなぁ。まあ、知らない方が良いことか)


「本日はどのようなご用事で?」


 リンスは一報を入れたようだが、本題は伝えていなかったようだ。


「姉の。リアについて聞きたいことがあって」

「ほう。これはまたお懐かしい名前ですね」


 老人の口角が上がる。

 たったそれだけで、嬉しい思い出があるのがはっきりと分かった。


「リア様には大変お世話になりました。それこそ命の危機を助けて頂いたこともあります」

「リアさんとは親しかったんですか?」


 と、貢郎。

 初めてこの男性に話し掛けたものの、相手は笑みを崩すこと無く、貢郎の疑問に答えるべく言葉を紡いだ。


「ええまあ。お酒を飲みにご一緒したことは数え切れない程ですねぇ」

「初耳です。お酒をたしなんでいたイメージが無いのですが」

「そういえば、リンス様とご一緒になってからはめっきり回数が減りましたなぁ。リア様は酒癖があまり良くなったのが原因かもしれません」


 クスクスと笑うコンシェルジュ。

 過去の思い出に浸るのが随分と心地良さそうに。


「今何処にいるのかご存知では無いですか?」


 貢郎の問いかけに老人が首を横に振る。


「ある日突然居なくなってしまわれたものですから」

「そうですか。もし宜しければもっと姉様のことについて教えて頂けませんか?」

「喜んで。それでは、立ち話もなんですし移動しましょうか」


 言って、男性が光にまみれた壁に向かってそっと手を当てる。

 すると、何も無いと思っていた壁が真下にスライドし道が現れた。


「驚きました。まさかこのようなところにも隠し扉があるとは」

「ふふふ、私専用の隠し通路です」


 唖然あぜんとする銀髪に老人があどけない笑みを向ける。

 初対面は厳格な人間だと思っていたものの、とてもお茶目な人だと貢郎は認識を改めた。


「お入りください。大したおもてなしは出来ませんが」

「へぇ、こういうの良いですね。子供心がくすぐられます」

「でしょう? 私も気に入っています」


 隠し扉を潜った先には6畳ほどの小さな部屋。

 どうやら監視部屋のようであり、裏道の様子が出力された壁掛け液晶モニターが幾つかに加え、椅子が1個。

 そして、ホテルに設置されていそうな小さな冷蔵庫があった。


「粗末なものですがどうぞ」

「ありがとうございます、頂きます」


 冷蔵庫から取り出した缶コーヒーを手渡される。

 段々と暑さが増してきた日にはちょうどいい程、キンキンに冷え切っていた。


「お茶請けは無いのですか?」


 澄ました顔で失礼なことを宣う馬鹿の横っ腹を優しく肘で小突く。

 リンスは何も分かっていないように、「ん?」と何とも微妙な返事をしてきた。


「これは失礼致しました。ちょうど貰い物のお菓子がありましたなぁ」

「い、いえ、お構いなく」


 途端、じろりと馬鹿ににらまれる。

 しかし気にせず貢郎は缶コーヒーの封を開けた。


「お口に合えば良いのですが」


 言って、ひよこの形をした饅頭を机代わりにした椅子の上に置かれる。

 ちなみに三人は座るところが無いため立ちっぱである。


「甘ければなんだって良いと思いますよ。好き嫌いはありませんので」

「クロウ、私をアリだと思っていませんか?」


(残念。生き物は生き物でもアホウドリ)


「そういえばリア様もお菓子が好きでしたよ。特に和菓子には目が無いようでした」

「それは私も覚えがあります。姉様の分のどら焼きを食べてしまった時があったのですが、逆さ釣りにされてしまいましたね」

「ははは、どら焼きと煎餅せんべいは特に好まれてましたからなぁ」


 老人が声を上げて笑う一方、リンスは差し出されたお菓子を躊躇ちゅうちょすることなく口に突っ込んでいた。


「お尋ねしても宜しいですか?」

「はい、何でしょう」

「他にリアさんについて知っている方に心当たりはないですか?」

「そうですね……」


 老人が顎に指を当て考え込む。

 そして、リンスが4つ目のお菓子を喉に流し込んだ時、紳士は何か思いついたような顔つきをした。


「リアさんが働いていた職場を当たってみてはどうでしょうか」

「職場? リアさんはここで働いていたわけでは無いんですね」

「ここは私の働き場所として姉様が斡旋あっせんしてくれただけですね」


(なるほど。つまりリアさん自身は別の職場だったのか)


 考えながら、最後の1つに手を伸ばしたリンスの手を叩く。

 瞬間、化け物のような形相で睨まれたが知ったことでは無いとばかりに貢郎は無視した。


「私の分なら気にしなくて大丈夫ですよ」

「そういうわけには」


 老人が貰ったものを第三者が無神経に食べるわけにはいかない。


 それに既に7個も食しているのだ。

 礼節をかなぐり捨てていても、気遣いぐらいは残して欲しいものである。


「お気になさらず。私ぐらいの歳になると嬉しそうに食べているのを見るだけで、こちらも胸が一杯になるのです」

「ですって、クロウ」

「はいはい、お言葉に甘えてください」


 聞くなり、最後のひよこは人間バキュームマシーンの口に運ばれていった。

 結局貢郎の分は無かった。


「差し支えなければ、私もお聞きして宜しいですかな?」

「はい、何でしょうか」

「お二人はどういう関係なのですかな? 見たところお仕事関係という風には見えませんが」

「下僕です」


 平然と言い放つ銀髪の空っぽな頭を叩く否や、笑いが巻き起こった。


 これと言った情報は得られ無かったものの、とても有意義な時間だったと、貢郎は思った。

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