第10話・先程の質問の答えを聞かせて頂けますか?
「私達にこれ以上関わるかどうかです」
唐突に突き付けられた問いから1時間あまり。
取り敢えずリンスに同行し、目的地に着いた今でも答えを出せないでいた。
『どうぞ』
威厳のある方の黒服に外からドアを開けられ降車すると、目の前に映ったのは病院。
それも県内有数の大学病院で、貢郎も来たことのある場所だ。
しかしながら、懐かしさはあれど良い思い出は皆無だった。
「どうかしましたか?」
「いえ。何でも」
リンスの疑問を軽く流す。
「両親が息絶えた病院です」なんてことは、別に口に出さなくとも良いことだ。
『こちらです』
先行した黒服のすぐ後ろをリンスが。更に彼女の後を貢郎が追う。
運転手を務めていた髪が派手な男は車に残っていた。
(慣れないな)
自動ドアをくぐるなり、病院特有の消毒臭さが鼻についた。
前を歩く2人は特に気にして無いのか、澄ました表情のままだった。
(何処に行くんだ?)
エレベーターホールをスルーし隣の階段へ。
だが上へ向かうことは無く、何故か下へと降りていた。
(病室って上じゃなかったか? 何で下?)
貢郎の疑問が解消されることなく、今度は売店の中へ。
そして『STAFF ONLY』と書かれた
(何処まで行くんだろ)
更に2つほど角を曲がったところで、『業務員専用』と、でかでか書かれたエレベーターが現れた。
「やたら変なところを通りますね」
「それだけ厳重ということです。外部にだけでなく内部でさえも」
リンスの言葉を
『それでは私はこれで』
エレベーターを呼んでおいて黒服の男が去ろうと背中を向ける。
「え? 行っちゃうんですか?」
『私はこれ以上進むことを許されてませんので』
「そ、そうなんですか」
不意に隣の少女を目を向けると、彼女は小さく
(俺は良いっぽいのに?)
「さあ行きましょう。貴方もまだ大丈夫です」
「は、はぁ」
言われるがままにエレベーターに同時に乗り込む。
そして彼女は10以上ある選択肢から、迷うことなく7のボタンを押した。
小さな箱が上方向に移動する感覚を気にしながら緩やかに周囲を見渡す。
本当にどこにでもあるような業務用エレベーター。
とても特別な空間に行くような物には見えない。
疑念と疑問が頭の中でせめぎ合っている間に、小気味の良い金属音と一緒に機械仕掛けの扉が開く。
『お待ちしておりました。ご足労頂きありがとうございます』
貢郎もまたエレベーターから降り立つなり、非常に丁寧な言の葉が飛んできた。
「いえ。対象は何時も通り?」
『はい、奥の部屋でお待ちです』
「分かりました」
まるで部屋の主のような老年の男性と一言、二言会話を挟み、進もうとするリンス。
貢郎もまた彼女の後を追おうとした時だった。
「っ!?」
老人に腕を前方に差し出され制止された。
貢郎の声に反応したリンスが静かに振り返る。
「その人なら通して構いません。私の助手みたいなものです」
彼女が言うなり、突如引かれたセーフティバーが降りる。
『大変失礼致しました。どうぞお通りください』
貢郎は慌てて同じ仕草を取り、リンスの元へと早歩きで進んだ。
「あの人は?」
不思議なことが続いているせいで、
「さしずめ天国の門番といったところでしょうか。クライアントとの連絡に加えて、この場所の管理をしてくれています」
「はぁ」
「近頃はあまり話しませんが、姉様が居た頃からお世話してくれているので割とお付き合いは長いです。ユーモアがあって面白いですよ」
(マンションのコンシュルジュのようなものだろうか)
自分なりのイメージを浮かべながら殺風景な廊下を歩く。
壁や天井や床には模様が無く細長い道。
やたら明るいのが妙に不気味だ。
「到着しました」
「? 何もありませんが?」
行き止まりの前で立ち尽くすリンス。
何かあるのかと見渡してみても、これといって気になるものは無い。
「特殊な動作をすれば道が
リンスが強い眼差しをこちらに向けてくる。
「先程の質問の答えを聞かせて頂けますか?」
たった一言で思考の半分が白く
胸の鼓動が急激に強くなり、気分が大雨の日の朝のように重くなった。
おまけに顔は焼けるように熱い。
別に考えていなかったわけではない。
彼女の仕事の中身はどうあれ、表世界から
『「私達にこれ以上関わるかどうか』という彼女の質問を言い換えるならば、『深い闇に関わる覚悟があるかどうか』が適切だろう。
(覚悟か)
もし。
もしもだ。
ここで「関わりたくない」と答えたのならどうなるのだろうか。
バイトはもちろんクビだろう。
それどころか、中途半端に彼女達を知ってしまったことで消されてしまうこともあり得る。
もしかしたら自分だけでなく愛奈も?
分からない。
しかし何かしらのペナルティは受けそうではある。
それによしんば五体満足で去れたとして、またあのバイト地獄に舞い戻るのか。
(しんどいな)
では、「関わりたい」と答えたら?
裏世界の沼にどっぷり浸されてしまうのだろうか。
自分だけならまだしも、妹の愛奈にまで影響があるのは避けたい。
反抗期真っ只中でも可愛い妹だ。
真っ当な人生を歩んでほしい。
こうして整理してみても、どちらもリスクとリターンがある。
ならばどうするか。
いや。
違う。
リスク・リターンなどで考えてはいけない。
計算で出した答えはどっちに転んでも後悔が付きまとう。
どっちか良いとか悪いとかじゃなく、大事なのは自分は果たしてどうしたいのかだ。
(俺は)
小さく揺れる視界を
(俺は、俺は……!)
懸命に正面を見つめた先には、普段からは想像も付かないほど真面目な顔をした人がいた。
(俺はまだ、この人を更生させてない!!)
そう思った瞬間、貢郎の頭の中にへばり付いていた霧が晴れた気がした。
「関わっていたいです!」
語気鋭く言い放つ。
受け止めた女性は、貢郎の想いに釣られることなく言葉を紡いだ。
「何故ですか?」
「まだリンスさんを真っ当な人間にしてませんから。途中で投げ出すのは気分が悪いです」
「失敬な!? 私はもうちゃんとしてますから!」
「その台詞は玄関で靴を脱ぐ時、放り投げないようになってから言ってください」
「むぅ」
気分を悪くしたのか、ぷいっとリンスがそっぽを向く。
しかしながら、形だけだったようで。
「本当に良いんですね?」
すぐに貢郎を気に掛ける問いが来た。
今度は貢郎の方が表情を作る番だった。
「はい。今とても楽しいので」
「私をからかうことでそんなに
そういう意味ではなかったのだが、敢えて貢郎は否定しなかった。
リンスと話して楽しくないと聞かれれば、NOだったのだから。
「まあ良いでしょう。それでは行きますか」
と、銀の少女が緩やかに左手を差し出した。
そして貢郎は、
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