第22話・ボク、学校行くのが楽しみになったよ

『ラビちゃん格好良い!』

『リンスさん負けるな―!』


 不愉快な湿度の高さを肌で感じる体育館の中、バレーボールコート外のあちこちから黄色い声援が上がる。


 彼女達の視線の先には2人の銀髪。

 リンスとラビである。


「モテモテだなぁ」


 体育館のすみっこでぼやく。

 男子の方はバスケットボールの試合中で、貢郎のチームは第一試合を終えたばかりの休憩組だ。


 この学校の体育は2つのクラスの合同で行われる。

 つまり、ラビが在籍するC組と貢郎とリンスがいるD組は、体育の時間に限り顔を合わせることになるのだ。


(また決まった)


 2人とも身体能力がずば抜けてるおかげで、点を取るのも守るのも彼女達が主役だ。

 おかげで体育館の演台の上で座る貢郎の位置からでも、彼女達の活躍がはっきりと見て取れた。


 今もラビの激しいスパイクがD組の防壁を貫いたところである。


(6限なのに元気あるなぁ)


 しかも、お互い負けたくないのか真剣な態度。

 特にリンスの方は、食事と仕事の時を除けば何時にもなくやる気を見せていた。


 しかしながら運動という観点で見た場合、ラビの方が断然優れているわけで。

 前半の接戦が嘘だったかのように、後半は一方的な試合になってしまっていた。


『ラビちゃん凄い! バレー部に入ってよ!』

『いやいや、ラビちゃんの才能は陸上部でこそ輝くって!』


 そのせいで試合が終わった途端、ラビが運動部連中に囲まれるのは至極当然の結果と言える。

 対するリンスの方はと言うと、試合後どころか放課後になっても不満たらたらだった。


「向こうのチームは運動能力が高い人間がそろっていて不利でした。決して私がラビに負けたわけではありません」


 カバンを持った3人が並んで廊下を歩く。

 今日はラビも夜の用事があり、珍しく一緒に帰っていた。


「リンスさん、意外と負けず嫌いなんですね」

「そうなんだよねぇ。運動でもクイズでもゲームでも、すーぐボクと競ってくるんだよ。しかも、手加減したら怒るし」

「当然です! 手を抜かれて喜ぶのは幼児ぐらいです」


 リンスがきっぱりと言う。

 あまりの自信満々っぷりに貢郎は内から息をらした。


「それに姉様も言っていました。戦うからには全力で挑むのが勝負をする者のマナーだと」

「勝手に勝負の土俵どひょうに上げられる身にもなってよ」


 赤銀髪が調子の下がった口調で返す。

 どうやら貢郎が思っているよりも、対決の機会は多いようだ。


「そんなに勝負にえているなら、運動部に入れば良かったのに。大体何で家庭科部? リンスと一番無縁の部活じゃん」

「まあ、ほぼほぼ成り行きでしたね」


 深堀されないようにさっさと結論を言ってしまう。

 下手に話を広げれば、貢郎が勘違いした件まで伝える必要が出来てしまう。

 彼にとって消したい記憶であるため、それだけは何としても避けたい。


「第一、まともな人間では無い私達が運動部なんて入れるわけが無いでしょう。体育の時ですら物凄く手を抜いているというのに」

「陸上部になんて入った日には、すぐに新記録のオンパレードでしょうね」


 徒競走や跳躍は人類の最高記録など余裕で更新するだろう。

 投擲とうてきに使うハンマーや円盤も、彼女達の前では玩具おもちゃ同然の扱いになることが容易に予想出来る。


 それほど人類とこの銀髪コンビには差がある。


「やっぱそうだよねー。ちょっと面白そうだったんだけど」


 窓の外で部活動に打ち込む少年少女達とは対照的に、ラビのテンションが低くなっていく。


「汗で共有する青春ってのも、味わってみたかったんだけどなー」

「ラビなら汗を流す前に勝ってしまうでしょうね」

「もう! リンスは意地悪なことばっか言う!」


 憤慨ふんがいするラビから遠ざかるように、リンスは貢郎の背中に隠れた。

 こういうズルさは妹には無いところである。


「実際問題、やっぱ運動部は難しいでしょうね。大会で活躍したら嫌でも目立っちゃいますし、ジャンルによっては身体チェックもありますし」

「ちびっ子は自分のテリトリーに引きこもってろってことですよ――あいたぁ!」


 後ろで調子に乗るアホの頭を叩く。

 すかさず両頬を膨らませにらんできたが完全に無視した。


 肉親を大事にしない人間にはお仕置きである。


「リンスさんこそ元引きこもりみたいなものでしょうが」

「すぐに暴力に訴えるのは野蛮人のやることですよ!」

「その言葉、そっくりそのまま返します」


 返す言葉が無くなったのか、不満そうにガシガシとすねを蹴ってくる。

 まさに子供のような行動である。


 玄関に到着し、いい加減鬱陶うっとうしくなってきたところに、何処からともなくトランペットの音が響いてきた。


「これ何の音?」


 靴を履き替えようとしたところで動作を止めたラビが聞いてくる。

 実年齢4歳という若さだけあって、比較的メジャーな楽器でも分からないようだ。


「トランペットですね。吹奏楽部が練習してるんだと思いますよ」

「へぇ。楽器を演奏するのって面白いの?」

「一口に楽器と言っても沢山種類があります。このトランペットのように、呼吸法で音を鳴らす管楽器や叩いて音を鳴らす打楽器など様々です」


 ねていた大きい子供が乱入してくる。

 知識を披露してご満悦なのか、ようやく蹴るのを止めてくれた。


「演奏には体力がいるそうなので、意外と体育会系って言うのも聞きますね」

「楽器などは使わずに人間だけで歌を奏でる合唱部もこの学校にはあるそうです」

「吹奏楽部に合唱部ねー。うん、面白そうだし明日覗いてみるよ! ありがとう!」


 靴を履き替えたラビが軽快に跳ねる。


「ちゃんとお礼が言えるなんて、ラビさんは素直な良い人ですね――いって!?」


 5歳児に向かって遠回しに嫌味をぶつけた途端、また蹴られた。

 結局この日は青色銀髪のご機嫌を取ることに奔走ほんそうすることとなった。


 そうして次の日。

 学校を終え、古本屋『迷路』にて店番をしているとラビが勢いよく飛び込んできた。


「クロウくん、クロウくん! ボク、部活決めたよ!」


 意気揚々とやって来た少女の顔には向日葵ひまわりのような満開の花が咲いていた。

 よほど噛み合った部活と巡り会えたのだろう。


「おっ、どっちにしたんです?」

「それがね。演劇部に入ることにしたんだ」

「それまた突然ですね。何かあったんです?」

「うん。吹奏楽部も合唱部も体験してみたら結構難しくて、肌に合わないなーって校舎の周りを歩いてたらスカウトされたんだ!」


(へぇ。ビジュアルは最強だし身のこなしも半端ないと来れば、そりゃあ演劇部ものどから手が出るほど欲しいか)


「それで体験入部してみたら、想像の何倍も体動かすの楽しくて。そのまま入部届出してきちゃった」


 楽しそうに言葉を紡ぎ続けるラビ。

 充実した時間を送れていたのが容易たやすく分かった。


「ボク、学校行くのが楽しみになったよ。ちょっと夕飯まで発声練習してくるね!」


 言って、彼女は自宅の方へと出ていった。

 今まで熱中出来るものを見つけて来れなかった少女にとっては、掛け替えのない出会いだったに違いない。


 貢郎は不意に下りてきたこそばゆい感情についつい頬を緩ませた。

 何時からか店に入ってきていたもう一人の銀髪が、頬を膨らませながらこちらを見ていることにも気付かずに。


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