記者を追う記者たち


「――せんぱいっ、やりました! ばっちりと証拠の写真を撮影しましたよ!!」

「よし、でかした!」


 路駐していた車に乗り込んできた、童顔だが二十代の若い女性。

 彼女は高性能なカメラを首から提げている。

 その隣で運転をしているのは二十代後半、たくましい体と無精ひげを貯えた男だ。

 ふたりは記者である。


 そう、有名人を狙い、不倫やトラブルを探し出して証拠を掴み、記事にする。

 彼は裏でこんなことをしていましたよ、と世間に伝える仕事――ではなく。

 内容は同じだが、彼らが狙っているのは有名人ではない。

 有名人を狙っている、記者たちだ。


 記者の裏の顔を暴く記者とは、彼らのことである。



 車が走り出す。

 隣では一仕事終えた童顔のカメラマンが、愛着のあるカメラをいじって撮影した写真をチェックしている。


「不倫の現場写真です。ふふふ……芸人、アイドルたちの不倫行為を何度も暴いてきた実力者の記者も、やっぱり不倫とかするんですね。男ってみんなそうなんですか?」

「忘れるなよ? 男が不倫をしていれば、相手側の女性だって無罪じゃないんだからな?」


 一概にそうとも言い切れないが、相手が妻子ある身で自分と遊んでいることは分かるのではないか? 会う時間帯や、仕事でないのに会ってくれないケースが何度もあれば、ああ、家族サービスをしているんだなと察することもできるだろう。

 男側も後ろめたいと感じていないわけがないはずで、そういうのは態度に出る。


 愛してる、と言えば目の色がやや濁る、など。

 言われた側にしか分からない違和感というものがあるだろう。察していながら知らないフリをしていれば、女性側が本当にただの被害者であると言えるのか?


「力を得たと錯覚した人間は不倫に走るのかもしれません……うぅ、怖い世界です」

「闇の側面が特に多いのが芸能界だからなあ。まあ、多くの業界がこうなのかもしれないが、特に露見しやすいのが芸能界ってだけだろう」

「それを暴いて、わざわざ世に見せているのが記者たちなんですけどね。そんな記者たちも今では追われては撮られて、暴かれる側です。記者をするなら清廉潔白でないといけません。じゃないと強烈なしっぺ返しを食らいますからねえ」

「今回みたいにな」


 先ほど撮影した証拠と、複数の不倫相手の証言を合わせて雑誌に掲載する。

 あの大物芸人の不倫を暴いた記者が、今度は自身の不倫を暴かれる!? なんて見出しで煽れば、少し……いいや、かなり注目されるだろう。大物芸人を引退まで追いやった記者は、名も顔も売れてしまっている。知る人ぞ知る、ではなくなってしまったのだ。


 実績を積んだ記者は、既に折り紙付きの実力者であり、有名人の仲間入りを果たしている。……だからこそ力を持ったと勘違いしてしまったのだろうか。


 記者であって有名人ではないのに。

 記者を続けるなら清廉潔白でいるべきだった。不倫を暴いたのだから不倫だけはするべきではなかった。なのに……彼は穴にハマってしまったのだ。


 暴かれるつらさを分かっているにもかかわらず、脇の甘い不貞行為をしてしまった。まるで撮ってくださいと言わんばかりの緩いガードだった。

 もちろん、記者を追う記者を誘い出す可能性も考えている。が、罠であればそれならそれでも構わない、と、リスクを承知の上で突っ込んでみれば、落とし穴などなかった。


 据え膳食わぬは記者の恥。……その男は不倫の真っ最中だった。

 逃げも隠れもしない。拡散されてもいいと、覚悟があるのだろうか。アングルによって誤魔化す気もなく……。手の込んだ作戦を持ってきたこっちがバカみたいに思えてしまうほどだった。


「事務所に戻ったらすぐに作業に入るぞ。速度が命だからな……ところで、お前は、」

「はい?」


「清廉潔白でいろよ、とは言わないが、覚悟はあるんだろうな? 有名人の秘密を暴いてきた記者を追う記者が、俺たちだ。そして同時に、俺たちを追う記者だって今後は現れるだろう。”記者を追う記者”を追う記者だ。撮られて困ることなんてなにもない、が理想だが、そんな人間がいるわけがない。だから言っておくぞ、覚悟はあるか?」


 覚悟、だ。

 暴かれる覚悟。掲載される覚悟。個人情報を公開される覚悟、だ。


 他人の秘密で甘い蜜を吸っているのだ。

 自分にとっての苦汁が他人にとっての蜜の味。


 暴かれても、記者は文句を言えない立場にいる。

 暴かれたくないのであれば、他人に同じことはしてはならない。これは当たり前のことだ。

 子供の時から言われ続けていたこと――道徳のお話。


 人にされて嫌なことは人にしてはいけない。

 されてもいいという人間にしか、記者は務まらない。


「大丈夫です。覚悟はできていますよ。個人情報、恥ずかしい格好の写真だって、ばら撒かれたって文句は言いません。わたしは全てを包み隠さず暴かれてもいいと思っています――だって記者ですから」


 頼もしい後輩だった。

 記者としては近い将来、一流になれるだろう……だが、人としては欠陥だ。


 人にされて嫌なことは人にしてはいけない――逆に言えば、自分がされてもいいことは人にしてもいいということでもある。

 ……やられる覚悟を決めた彼女は、なにをされても文句を言わない代わりに、他人になんでもしていいと判断してしまっていた……。


 包み隠さない彼女は他人の骨までしゃぶり尽くす。

 暴くことに長けた彼女のノーガードは、最高で最悪の組み合わせだった。

 ……鬼に金棒が可愛く見えるほどには。



 運転中の男は、後輩の才能の片鱗を見て、ゾッとする。


 ……絶対に、敵に回したくはない女だ。




 ――了

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