通り魔の俺と、通り魔に母親を殺された君。

やすちい

第1話 苦しみ

2009年2月29日、柴垣隆之介_



 小学4年生の頃、同級生の友人3人で遊んでいた際、親のパソコンでアダルトサイトを閲覧したことがあった。「えろ」「せっくす」「まんこ」どこで手に入れたかも分からない行きずりの知識を互いに出し合い、検索エンジンで単語を調べる。パソコンの画面には、体をくねらせ頬を赤らめる女の裸体、男女が互いに体を絡ませ、なめ合い、性器を擦りあう動画や画像が映し出された。


 隆之介自身、性行為という男女の儀式を通じて子供ができるという知識くらいは頭に入っていたが、こうしてその実態を眼を通じて見たことはなかった。隆之介以外もその実態を始めて生で体感したようだが、ある者は画面をのめりこむように注視し、ある者は目を塞ぎ驚きを隠せずにいた。


 その時、隆之介たちがどんな会話を交わしたか、どのような感想を語り合ったのか、いまいち思い出すことはできなかったが、一つ隆之介は印象深く記憶に根付いていることがある。


 それは’’こんなことで慌てふためくなよ‘’ということだ。


 隆之介にとってこの出来事は、ただ新たに一つ知識を得て吸収したに過ぎない。テレビの特集でエアーズロックを見た時、水族館でジンベエザメを見た時、人の性交を見た時。


 どれもただそれとして、綺麗、大きい、恐ろしい。そのモノへあるべき感情を抱くだけで、それ以上でも以下でもない。なのにこいつらは変に行為を見入ったり、避けたり、気を動転させすぎている。


 確かに人には好き嫌いがありのめりこむ対象にも違いがある。隆之介も買い与えられたDSのファイナルファンタジーにはずいぶん時間をかけたものだ。自分にだって没頭という感覚はある。


 だが、女の裸体や男女が肉体をこすりつけ合うさま。この汚らしく醜い行為にのめりこむ人間に納得いかず、疑念を抱き首をかしげていた覚えがある。




2016年6月10日、柴垣龍之介_



「_そう、昨日彩音の家行ったわけ」


 地元の高校へ進学してはや二年がたった。思春期で年頃の年齢になった隆之介だが、相変わらず性への関心は沸かずじまいだ。


 1限目終わりの時間、昨日彼女と寝たと噂が立った琥太郎の席へと数々の男子生徒が集っていた。左端後方に位置する琥太郎席だが、その隣に位置する席には隆之介が座っており、必然的に話を片耳に聞くことになった。別に興味がないからといって話に耳を貸さない義理もないし、むしろ友人が得た面白おかしい経験談には関心の念すらあった。


「いやもう、そういう雰囲気になるわけよ。そっからは本能だより」

「へぇ…胸とかどんな感じだった?なんかこう…柔らかいのか…?」


 琥太郎に取り巻く知人が思いのたけを述べる。


「いやもう、なんつーか…やっぱ胸とかキスとかには見劣りするね、セックスに比べると」


 順序立てて話を進めるのかと思いきやいきなり話のサビを切り出す。周りは「おおぉ」と湧き上がる。


「なんかもう...胸も胸でいいんだが…やっぱ中は…格別で、異次元」

「どんな感じよ」

「いや…ぐっにゃぐにゃ、って言えばわかりやすいかな。とにかくちんこが、吸い寄せられて、熱くて、なんかもう…やばい」


 天井を仰ぎ両手を天に振りかざす。自身が味わった極上の快楽をその身一つで体現しているようだ。現存する日本語で当てはめれる語彙が思い浮かばないほどの体験だったことがじりじり伝わってくる。


 極上の体験とやらを味わったことない隆之介にとって、琥太郎の話は心からうらやましいとも思ったし、嫉妬した。その後も琥太郎の熱烈な演説をしているうちに二限開始のチャイムが鳴った。


_



「…俺らも早く彼女作んなきゃだよな」


 学校の下校道、帰り道が同じの友人とともに帰路に就いた。相変わらず今日の授業の隙間時間、琥太郎へ人が群がりひっきりなしだった。やはり性への興味関心の情は尽きることを知らず、行為をめぐる議論、考察は琥太郎なき瞬間でも続いている。


「隆之介も彼女作れよ、お前女子とも気前良くしゃべるんだしさ」

「…そうだね、機会があれば飛びつくよ」


 中でも話を根掘り葉掘り深ぼっていた太郎が自分に催促する。比較的女子とも気兼ねなく会話を交わすことのできる隆之介は、この童貞にとっては奇妙な存在のようだ。


「でもな、お前は彼女を作る入り口にすら立ってないんだぞ?まずは俺みたいになんのしがらみもなく女子と会話するところから始めることだな」


 友人は顔を引きつり「わかってるよ…でも、女と喋るほど怖いものはないよ」と言った。


 しばらく歩き住宅街を抜け、少し外れた端角を曲がると白レンガが積まれた階段が特徴の中世パリの一軒家を思わせる建物にたどり着いた。『柴垣』と書かれた標識につけられた門を押し開ける。「じゃあね」と互いに交わし別れる。


「ただいま」


 階段を上り玄関をくぐると返事がない。母親は不在のようだ。柴垣は階段を上がり自身の部屋へ入る。特に散らかっているわけでもなくフィギュアやポスターが貼ってあるわけでもない殺風景な一室。隆之介はすぐさま机に座り課題に手を付ける。


_



 家族で夕食を食べ終え、隆之介は再び自室へ戻った。柴垣家は父母一人息子の核家族で構成される。母親は専業主婦、父親は管理職。収入は平均に位置する平凡な家庭の一つだが、父方の実家が太く、使わなくなった一軒家を生前贈与されたため、比較的豪華な家に住めている。


 夕食時に明日の予定を聞かれた。隆之介は「新作のホラー映画を見に行く」と答えた。そう、明日は古谷実氏が原作を務める『ヒメアノ~ル』の映画版が公開される日だ。


 ベットに横たわった隆之介は、本棚に手を伸ばし、漫画原作である『ヒメアノ~ル』の3巻を取り出し、ページをめくる。巻頭には快楽殺人者と揉めた知人同士が殺し合うシーンが描かれていた。鉄パイプで頭を殴り、悶え、刺し返す。次のシーンでは無残にも殺された知人の死体が映し出される。血しぶきで血まみれたシーツ、切り裂かれた肉塊、それをしたたかな目で見つめる快楽殺人者。このシーンが、映画ではどのように改変され、どのような演技が施され、魅せるのだろう。



 明日の映画に胸をはぜる隆之介の股間は、じわりじわりと膨らんできていた。



 隆之介は、自身の性器を愛撫する。パンツの上からなだらかに撫でる。快楽殺人者は、自身の欲望がおももくままに、彼をどう甚振ったのか。切り裂かれ、内蔵が飛び出したはらわたをどんな思いで切り裂き、どんな表情で悶えさせたか、隆之介は静かに妄想にふけた。


 このえぐれ具合は、刃物を用いて何度も刺しつけたに違いない。俺ならもっと刺しつけてやるのに。刺すだけじゃない、殴り、締め、嚙みちぎる。相手の苦しむ表情を最大限引き出すのにはどうすればいいか。


 情景を細やかに妄想し、没入する。隆之介はいつの間にかパンツの隙間から大きくなった性器を握りしめ、動かした。


 「んっ」と漏れ出る声と共に隆之介は射精した。脳内では、知人の髪は引きちぎられ、あばらを砕かれ、血尿を漏らし、血みどろになって惨殺されていた。

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