第73話

「待って…!」





思わず、彼を呼び止めていた。


もう、嫌だったから──。


暗くて冷たいこの空間に一人きりなんて、もう嫌だったから──。






男はゆっくりとわたしを振り返った。


滑らかな肌の中の灰色の瞳が、じっとわたしを見据える。





「行かないで…。」


床から立ち上がりかけた姿勢のまま、胸を隠すのも忘れて微かな声でそう言った。





男はまたじっとわたしを見てからゆっくりと腰を落とすと、タオルの入った洗面器を床に置いた。


そしてこちらに戻ってくると、わたしの目の前に立ちはだかり「どうして?」と聞いてきた。







わたしはゆっくりと立ち上がり、彼を見上げる。


「一人はもう、嫌なの…。」

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