第1話 負け知らずの勇者と、弟子(7)
「師匠!」
ルミネは俺に振り返る。
傷は多く、泥だらけで、額からは血を流している。
なのに、ルミネの表情は明るく見える。俺がきた安堵の影響か、はたまた西日の逆光か。
「遅くなったな、ルミネ。」
剣を強く握り魔人へと向ける。
「なんだ、お前?」
魔人は、ルミネとの戦闘に水をさされ、少し不愉快そうな顔をする。
「俺は勇者だ。お前を倒しにきた。」
俺が言葉を返すと、魔人の顰めた顔は一変、頬を釣り上げ子供のように笑った。
「あはっ! お前が勇者か! 会いたかったぜ! 俺はラス! お前は?」
……ラスって、名前か?
急に自己紹介を始める魔人に、俺は困惑する。
「答える必要があんのか?」
「なんだ、つまんねえなァ。まあ、聞かなくても知ってるんだけどな。イストって言うんだろ?」
「じゃあ聞くなよ……。」
「そっちの方がかっこいいじゃねえか! 名前だぜ! 名前! 名前を語るのって、かっこいいだろ!」
わからない。魔人の感性は、俺には全然わからない。
「……かっこいいとか、どうでもいいだろ。俺はこれからお前を倒す。」
「……へえ! そう!」
魔人はやはり楽しそうに笑う。
「ルミネは下がってろ。」
「はっはい!」
ルミネにそう指示し、俺は魔人を正面に構える。
その直後、
「っ!!」
魔人はいきなり距離を詰め、俺に殴りかかる。
……隙だらけだ。
魔人は、足を大きく開き、重心を傾け、身体を無防備に晒している。
速さには驚いたが、これじゃ反撃は容易だ。
剣の間合いに入った瞬刻、無防備なその身体を斬り上げる。
剣が通った魔人の体は二つに分離する。
しかし、奴の勢いは止まらない。
俺は最小限の動きで避け、拳は頬を横切る。
切り口を確認すると、身体は繋がっている。もう再生している。
「くそ、面倒な……」
無防備な訳だ。肉を切らせて骨を断つとは言うが、あいつの肉は切っても再生する。
そういえば、ルミネの攻撃も避けてなかったな。同じような攻撃をしても無意味ってことか。
「あは、いい顔をするねえ! 少しいい事を教えてあげようか?」
「んだよ。いいことって、お前が負け顔とかか?」
「ちっげえよ! もっといい事だよ! それは、俺がここにきた理由さ!」
「どうせ侵略だろ?」
「それはそうだけど、そうじゃねえって! その侵略に、俺が選ばれた理由さ!」
魔人……ラスといったか。こいつは無邪気に笑い話をする。
「お前が選ばれた理由……?」
「そう! 俺が選ばれた理由! それはねェ、お前を倒すためなのさ!」
「……どう言う事だ?」
「この街には、三人の勇者がいるよな? そいつらとはまともに戦いたくないから、みんな居ない時を狙いたいよな? けど、剣の勇者はずっと街にいるんだってさ! 対策必至だよなぁ! そこで、俺さ! 剣士に相性のいい俺が、お前を倒しちゃうってわけ! そうしたら、街は無防備じゃん!」
勇者の復活には時間がかかる。
肉体の損傷具合によって時間は大きく異なるものの、だいたい数時間はかかる。
だから、死んでも足止めし続けるなんて事は、出来ない。
この街には今、俺以外の勇者は居ない。
あいつは、俺を倒せば簡単に街に侵入するだろう。
だから、剣に強いスライムの魔人か。
「どう? 絶望した? 俺はその顔が見たいんだよ! ああ、楽しいなァ!」
確かに、魔王軍の作戦は理にかなっている。
けど。
「うるせえ! 勝手に楽しんでんじゃねえ! 背中からウンコみたいなの垂らしやがってよ!」
「はあ!? ウンコじゃねえし! 触手だし!」
こいつは、俺の事をわかっていない。
スライムを倒す事なんて朝飯前だぞ。
「ウンコでも触手でも、俺はお前を倒す!」
「はは! どうやって? 剣じゃ俺は俺は斬れないんだぜ?」
「スライムなら、核があるだろ?」
魔人ラスは、驚いたような顔をする。
「……それがなんだって? もしかして壊せると思ってんの? どこにあるかもわかんないくせに?」
魔人の体色は黒く、核の場所は見えない。
スライムの魔人と戦うのなんて初めてだし、位置の予測もできない。
けど、俺は知っている。
「核の場所がわかんなくても、それを斬る。俺はその方法を知っている。」
「ふうん。どうすんの?」
俺が、初めてスライムを倒した方法。
「核が斬れるまで、斬り続ける!」
──
俺は魔人ラスの懐に入る。
こいつは避ける事をしない。
俺の間合いに入ったとしても、その攻撃全てを無効化する自信があるからだ。
その油断を幸いとばかりに、俺は刃を横に向け、軽く薙ぐ。
二つに分断される粘性の身体。
すぐに再生する──その前に、二撃目を繰り出す。
そして、顔を斬り、腕、脚、奴の繰り出す触手すらも全て斬り伏せる。
再生追いつかない程に斬り続け、際限なく分割し続ける。
そうすれば、肉体の破片はいつか核よりも小さくなり──そのうち破壊できる。
「ははっ! まさか、そんな力技で俺の核を壊すつもり?」
魔人は細かくなり続ける肉体から、どうやってか挑発してくる。
不定形ゆえに、声帯を何処にでも生成できるんだろう。
俺はその挑発には答えない。呼吸を乱されてはならない。
この連撃を止めてはいけない。
「はは、無駄だって! 先にお前の体力が尽きるぜ!」
魔人の肉体が細かくなればなるほど、奴の断面は増え、比例して再生も早くなる。
このままでは俺の剣が、再生に追い付かなくなってしまう!
もっと速く。
もっと速く、もっともっと速く斬らなければ……!
魂が高揚する。
さっきまで足が震えていたのが噓みたいだ。
そうだ。俺は本来剣を振ることが好きだった。
その剣で、人々を守りたいと思い勇者になった。
「ああ、お前が魔法使いの勇者だったらこんなに苦労しなかったんだろうなあ! ざまあねえぜ!」
魔法を使えば、スライムを簡単に倒せる。
きっと魔人相手でも例外じゃない。
それなりの──勇者になるほどの威力を持った魔法であれば、瞬殺できるのかもしれない。
……そんなのは、たらればだ。
ここには俺しかいない。
援軍は期待できない。
この場にいるはずの門番もいなんだから。
俺は、このまま斬り続けてこいつを倒す……!
そうして剣を振り続けること数十秒、奴の身体は人の形を保てなくなるほどに細かくなる。
魔人ラスは、少しづつ焦りを見せる。
「っ! お前、思ったよりやるじゃん……!」
そして、初めて魔人は俺の剣から退いた。俺の間合いから逃げた。
……乱された。連撃をやめ、再度呼吸を整える。
「お前、たしかに強えな。勇者ってのはすげえなァ? 剣だけなら魔王様にも匹敵するほどだぜ。」
「……どうも。」
「でも、俺には勝てねェよ! 剣の世界で最強だとしても、相性ってのがあるんだからなァ!」
挑発する間も俺は魔人を睨む。
……隙が、少なくなってる。俺を警戒してか。
でも、つまりそれは、あいつが負けの危機を感じたってことだ。
俺に倒されると思ったからだ。
勝機はある。
どれだけ相性が悪くとも、俺はあいつに勝てる。
俺は再度剣を構える。
さっきよりもっと早く、あいつが避けられないほどに速い剣を繰り出せ。
──これは、師匠に教わった剣技。
誰よりも多く、長く、剣を叩き込む、そのための技。
この技で、確実にあいつを倒す。
「──〈
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