第39話 穏やかな、かどわかし 6


***




 破壊されたログハウスの中で、大門は困惑していた。

 宇江下と矢間に持ちかけられて成したことだったが、自分は間違ったことをした覚えはなく、わかってもらえるものだと思っていた。

 皓子に話したことは嘘偽りがない事実だ。

 ひかりを失い、皓子に向き合えるか不安だった。

 皓子の力も遺伝していると知ってからは、一人では無理だと吉祥を頼った。そのときの大門の様子はひどいもので、お前には任せられないと言われたほどだ。

 意気消沈していた大門はその通りだと離れ、せめて暮らしの助けにと資金援助だけは続けた。


 その最中で、矢間に出会った。

 吉祥の前世を知るという胡散臭い女だった。だが、有能でもあった。

 吉祥のように不可思議な術を用いた働きは見事で、あれよあれよと大門の企業に籍を置いて八面六臂の活躍をしてみせた。なにより、金や高級品に目がなく、わかりやすい報酬で請け負ってくれるところが良かった。

 大門の魅了の力は昔と比べるとまともに制御できるようになった。それはビジネスに有用だと働きかけられ、順調に企業は成長した。皓子たちへ送る品物も金銭もよりよくなったはずだ。


 次に出会ったのは、宇江下。

 矢間が面白い伝手なのだと張り切って連れてきた男。

 吉祥が経営する万屋荘の住民に縁があると聞いて、それならと知り合った。奇妙な道具や発明をする技術屋で、ちまたで流行しているヒーローと立ち向かう悪役をプロデュースしている会社にいるという。


 今回、ログハウスの舞台を用意したのも宇江下たちの発案であった。

 皓子とすぐさま暮らせないなら、どうにか一緒に過ごす機会がほしかった。

 吉祥の契約を破棄させるのは大門にとって至難の業だった。吉祥を知る矢間でさえも、契約をすこし歪めて皓子を連れ出すくらいまでならとしか妥協策を出してくれなかった。

 それに加えて、御束アリヤの存在が大門を焦らせた。

 見目麗しく、女性を良いように扱えるカースト上位に居るような男。

 控えめで優しく、可愛らしい娘に似合いかというと大門は渋面とならざるを得ない。さらには御束有乃、ひかりを猫かわいがりしていたかつての目の上のタンコブがその母というのもネックだった。

 矢間から最愛の妻の忘れ形見に歓迎できない男の影があると聞いて、やきもきしていた大門に、宇江下が言ったのだ。


 ――我が社の企画にご協力いただけるならば、ご息女をお連れして一緒に過ごす機会を設けて見せましょう。


 心配から、是非にと安請け合いした。

 可愛い娘を、大事な娘を、安全な場所に居させようと、頭を冷やしてもらおうと先走った。

 今となっては、軽率だったのかもしれない。大門はド派手なヒーローショーとなっている現場に眉をひそめた。


 ――わからないお父さんなんて、嫌い。


 言い放たれた言葉は、予想以上に大門の胸に響いた。

 他人行儀な皓子の態度はひどく心を刺した。離れていた距離をどうにか縮めたくて、あれこれと口を出したら睨まれた。

 むっとした顔で明らかに怒った愛娘の顔は、かつて心配でつきまとった末に大門を叱りに叱ったひかりの顔とそっくりだった。


(嫌い……僕を嫌いと……皓子が、娘が、僕を)


 宇江下から出されるカンペをそのままに、魅了の力をもってして矢間の召喚した謎の生き物を扇動する。珍妙な、アニメから抜け出たみたいな女性がやってきても、心に突き刺された鋭利な言葉の刃が抜けない。

 真面目にやってくださいませと、張り切る矢間に言われても、やる気も出てこない。ちゃんと約束した以上は協力するが、現在皓子はどうしているか気が気では無かった。


 ふいに、対峙していたマホマホだとかいう女性は宙に手をかざして叫んだ。


「マスコット! 星の力を!」


 外から何かが飛んでくる。

 ぼんやりと眺めれば、人だった。大門の部下の手が引きずられている。

 何かを必死で捕まえていたようだが、とうとう耐えかねて手の内から小さな物体が飛び出して変形した。


「な、なんだと」


 宇江下がオーバーリアクションをとりながら機材を回している。カンペで台詞が書かれていたので、惰性で大門は読み上げた。


「届け! ときめけ! マホマホ・スペシャル!」


 マホマホが高らかに叫んだ。

 巨大なメタリックの拳がマホマホの右腕にはまり、此方めがけて押し出された。


「織本ちゃんのお父様! 娘の恋路を邪魔するんじゃありませーん! 乙女の味方パンチ!」

「なっ!?」


 皓子の恋という単語に反応するが、もう遅い。

 あたり一帯をまとめて突き上げられた。

 文字通り、衝撃が屋根を吹き飛ばし、大門と矢間、宇江下を上空へと打ち上げたのだ。矢間の召喚した生き物はさっぱりといなくなり、猛烈な勢いで離れていく地上では、マホマホという怪しい女が手を振っている。


「彼氏が迎えにいっているので、安心してくださいなー!」


(安心できない!)


 言い返そうにも勢いよく叩きつけられる空気の束に上手く言葉が出ない。

 一方、同じように飛ばされているはずの宇江下たちは嬉々としている。


「なるほど、これが佐藤原の言う安心設計……くっ、ライバル会社ながら見事……! しかし次の視聴率はいただきですね、これを特番にして企画を……」

「はあん、久しぶりのこういったお遊びも良いものでございますね。次もぜひお声かけを、宇江下殿」


 しかしそれもいつまでも続かない。

 上空にひずみが出来た。一番に反応したのは、身もだえをしていた矢間だった。大げさなまでに顔を引きつらせた。


「げぇっ!」


 パッチワークみたいにひび割れた奥で、羽毛にまみれた白い手のようななにかが、こちらにむかって伸びている。

 真っ先に反応した矢間を、その手は掴んで引きずり込んだ。


「おや」


 次は宇江下だ。

 そして最後に、大門を掴む。力加減があったものではない。握られた節々が痛みを上げ、苦悶の声が出る。


(母さん)


 吉祥の手だ。

 大門がかつて目にした、異形の手。

 自分とは違う生き物だとまざまざと感じさせるものに、かつて体感した恐怖を思い出す。

 耐えかねた肩や腕が鈍い音を立てる。

 発火するほどの熱と痛みを感じる大門におかまいなしの手は、闇の中に引きずり込んで、また空間をひずませて放り出した。


 ざりざりとした土砂利の地面だ。

 口の中に土埃が入って、むせ込む。うつ伏せた大門は横を見たが、同じような体勢の矢間とぴくりともしない宇江下がいる。

 左腕に力が入らない。確認するのは億劫だが、おそらく折れてしまったのだろうとわかった。

 大門の前に、サンダルを履いた足が見えた。色白の、年を感じさせる足の皺。

 そこから見上げれば、二階建ての建物を背後にあくどい笑みを浮かべる吉祥が仁王立ちしていた。


「言いザマだ、馬鹿共。アタシのものに無断で手をつけたんだ。覚悟は良いだろうね」


 ここは万屋荘だ。

 入り口から回った、裏の庭なのだろう。駐車場と菜園が部屋明かりに照らされてぼうっと見える。

 そして、背後の一階の部屋の一つ、その窓から皓子の姿が見えた。さらにその横にはこれ見よがしに近くに寄り添い立つ、見目の良い青年の姿も。

 慌てて起き上がろうとして失敗する。


「あの男、また皓子の隣にっ」

「可愛い仕返しさ。アンタがとやかく言うことじゃない。ああ、気分はどうだい。手の内から愛娘を男に奪われた気持ちは?」

「性格の悪い!」

「お黙り。大門、アンタにゃまだまだ反省がたりないね。ヤマ! 寝たふりすんじゃないよ。アンタが万屋荘に木っ端を仕掛けたのはわかってんだ。落とし前を付けてもらうよ」


 ぴしゃりと言った吉祥は、大門にとって思いがけない言葉を向けた。


「アタシが言うんじゃ、アンタは後悔しない。だから、ちょっとでも頭を冷やして盆にまた来い。旦那と、嫁に、死ぬほど怒られて軽蔑されるといい」

「……ひかりに会えるのか」

「アンタに伝える用件は以上だ」


 一瞥して、吉祥は矢間のところへ行き見下ろした。


「ヤマ。現世を楽しんでいるかい」

「……ええ、そりゃあもうでございます。団長殿」

「享楽的な部分は悪くはないが、アタシのものに手を出すような馬鹿をするとはね」

「これ以上ない楽しみでございました。団長に刃向かうなんて、こんな楽しいことございません……処分はいかように?」

「悪びれないのはあっぱれだ。お前は、金が好きだったね? ただ働きをアタシのところに木っ端が攻撃をむけた回数分してもらおうじゃないか」

「げえっ……お安くなりませんこと?」

「ビタ一つまけないよ。伸びてる宇江下にも伝えな。そっちは佐藤原があとで書類を送るってな」

「ぐう、いたしかたありません……覚悟してました。では、契約書を」


 どこからともなく書面と羽ペンを出した吉祥が、倒れる矢間の手に握らせる。しぶしぶ矢間が書きこめば、粒子となって消えた。


「これで今日のところは手打ちだ。首を洗って待っているんだね」


 倒れる大門に人差し指を向けた吉祥は、そう言って背を向けて戻っていった。

 こちらをうかがう皓子を見上げれば、やがて小さく会釈をしてみせた。

 途端、横の男が不機嫌そうにカーテンを閉めた。ずいぶんと狭量だとまたむかっ腹が立つ。

 度量が足りないのではないか。自分のことを棚に上げて苛立つ大門は、どうにかこうにか立ち上がる。


「車を用意しておきましょう。大門殿、宇江下殿を引きずってくださいな。私、現在はかよわい女ですので」


 大門よりも余裕で立ち上がった矢間が携帯端末を手にいずこへと電話を掛ける。

 こちらですよ、と言われて、大門は皓子が居たあたりを一度見て、仕方なしに矢間の指示にしたがうのだった。

 悪くないはずだったのに、と胸中の靄を吐き出せば、思った以上に大きな溜息となって出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る