【3】魔王様の美貌

   


 昔々あるところに美しく心優しい王妃様がいました。その美しさと心根に民は心から彼女をしたっていました。

 しかしなんということでしょう。王妃様は魔王を倒す希望たる勇者の王子を産んですぐに、儚く亡くなってしまわれたのです。

 民は深い悲しみに包まれましたが、三月もたたないうちに王様は次の王妃をお迎えになりました。さらにはひと月もたたないうちに、第二王子を産み落としたのでした。

 おや計算があいませんね? なんて、誰も言えませんでした。

 王妃様が恐ろしくて。

 そして、恐ろしい王妃様は前の王妃様が産んだ可愛らしい姫君、もとい勇者王子が目障りとばかり、あれやこれやの手段で命を狙うようになったのでした。


 とまあ、おとぎ話風に語るならばこんな風な経緯だ。

 ちなみにアルトルトの生母である前王妃の名はヴェリデという。前王妃様の頃はよかった……と語られるように心優しく、慈善事業にも熱心であった。

 対して現王妃の名はザビア。彼女が王宮にやってきて真っ先にやったことは、すべての慈善活動の停止。浮いた金を、自分の身を孔雀のように着飾ることに回している。

 そして、アルトルトを殺したいほど疎んでいる。

 ゼバスティアは懐から銀の懐中時計を取り出した。魔王である彼は時刻など確認する必要もない。それは毎日アルトルトを一分一秒違うことなく朝七時きっかりに起こすことでも明らかだ。

 パチンと蓋をあければ、鏡となっている蓋の内側の鏡に、ザビアの姿が映し出された。ゴテゴテとした黄金の装飾も趣味が悪い鏡台を背景に、彼女は寝椅子にだらしなく横たわり足を投げ出して、メイドに爪の手入れをさせていた。

「なに? まだあの子供死なないの? 遅効性とはいえ、毎日毎日、毒を盛っているっていうのに、しぶといわね」

 まったく自分の子ではないとはいえ、三歳の愛らしい幼児の死を望むとは、この女の性根は心から腐っているな……と時計の蓋をパチンと閉じる。

 残念ながら彼女が毎日毎日毒を盛っている食事は、ゼバスティアの魔法によって消し炭となって消滅しているのだが。そもそも、毒を盛るならばもっと美味そうな料理にしろ。

 冷めたオートミールに固いパンにスープに毒を入れるなど、お前の白粉を塗りたくったそのゆがんだ顔の性格がそのまま現れているぞ。

 あのような女など、毒入り料理と同じく、指パッチン一つで消し炭にして始末してよいのだが、ゼバスティアにはそうは出来ない理由がある。

 それはとある魔女との契約だ。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 当初、王妃ザビアはもっと直接的な方法で、アルトルトを殺そうとしていた。

 すなわち魔王であるゼバスティアに始末させようとしたのだ。勇者が魔王に倒されれば世界の終わりだぞ! なに考えているんだ? あの女? 自分のことしか考えていないな。まったく魔王のような奴だ。いや、魔王はゼバスティアだけど。

 さらに言うならゼバスティアは、もう何度も勇者の挑戦を受けてこれを退けている。かれこれ千年近くだろうか? たしかアルトルトが一〇八番目か? キリがいい。

 ……なに? ちっともキリがよくない数字だと!? この大魔王ゼバスティアが決めたから、キリがいいのだ。

 おそらく一〇八番目から勇者は増えることはないだろう。なに? 勇者が増えないのなら、大魔王であるお前が倒されるのか? ってバカモン! 我は最強にして最凶の大魔王ぞ! 倒されん! 

 我とアルトルトは永遠に魔王城で幸せに暮らすのだ。そうだ、あれが二十歳になったお誕生日会……じゃない、自分との対決のときに跪いて求婚しよう。そうしよう。

 そのためにも今から、二人の結婚式をあげる聖堂を用意しなければ。

 ……今は──ん十年後のゼバスティアとアルトルトのリンゴーンの夢想をしている場合ではない! 

 ともかく悪い王妃ザビアは、毒殺なんてまどろっこしい手を使わずにアルトルトを殺そうとした。さんちゃいじゃない三歳の勇者に向かい、すでに魔王討伐の時は満ちたと無茶苦茶をいい、あれにオモチャの剣を持たせたうえに、魔王城の前に放り出したのだ。

 金で雇った闇の魔術師の操る飛竜にアルトルトの首根っこをくわえさせてポイッと。

 ところが、そのアルトルトが王宮の自分のお部屋に直接戻ってきてしまった。


「魔王とはまた来年、対決すると約束した」


 と言って。

 ザビアは「あの目障りな王子が一年も生きているなんて!」と癇癪を起こし、そして命じたのだ。

 ならば食事に毒を混ぜろ……と。

 可愛いアルトルトがどうなったか心配……もとい宿命の相手たる勇者の様子を探るため水鏡で、見ていたゼバスティアはこうしていられないと、立ち上がった。

 すぐさま魔王城から王宮へと転移しようとして気がつく。頭に銀の角を生やしたいかにも魔王が、乗り込んだら不味いんじゃないか? いや、絶対にマズイ。

 なによりアルトルトが。


「魔王め! 一年後の約束を破るとわ! ちぇいばいしてくれる!」


 なんて、爪楊枝……じゃない、あの刃を潰したレイピアでつんつんされたら、また。


「ぐはっ! やられた!」


 とわざとらしく、いや、迫真の演技で魔王は倒れねばならねばならぬではないか! さらにあの可愛らしい勇者がふんす! と鼻を鳴らして、背を向けたところで「ふはは!」と高笑いをしながら、死んだふりから復活する。

 そこでゆうちゃが「しちゅこい、やつめ!」と爪楊枝、もといレイピアを構え……。

 永遠に終わらない。

 ならば魔王ではなく、人間を装っていくしかない。しかし、問題が一つあった。

 この美貌だ。

 そう魔王ゼバスティアはなにに化けても、美形になってしまう。たとえ、婆さんだろうが爺さんだろうが、鴉だろうが犬だろうがネコだろうが輝かしい芸術品のような姿になってしまうのだ。

 これはマズイ。悪目立ちすることこの上ない。

 それでもなんとかならないか? と姿見の前で、瞬時に百回ほど、普通の村人、子供、老人、犬、ネコ、馬、はては子供が大好きカブトムシまでなってみたが、ダメだった。カブトムシでもそのツノの形といい、黒光りする艶といい、完璧に美しかった。これではカブトムシになった自分に恋する者も出てきてしまうだろう。

 カブトムシを永遠の恋人と頬ずりをするヘンタイさんには出会いたくない。アルトルトなら許すし、ありだし、一生彼の飼育カゴの中にいるけど。






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