第11話
一時間後、グスターヴの前には、震える二人の人物がいた。
カーラ・ウォーカーとビッコ・ウォーカーだ。
「自分の娘が、何をしたか知っているか?」
「・・・いいえ」
カーラは恐る恐るといった様子で、口を開いた。
グスターヴは深いため息をつく。目の前にいる二人は、ニーナが何をしたのか、まだ知らないのだ。確かに情報収集の手段が乏しい彼女らなら、仕方のないことかもしれない。しかし、家族が何をしているかぐらい把握しておけ、という気持ちもある。特に相続争いをしている今は。
「教えてやろう。ニーナがこの私を、大衆の前で批判したのだよ」
「ニーナが、・・・ですか。それはどうして?」
「私が聞きたいよ!」
少し怒気を強めて言うと、カーラとビッコの震えがさらに酷くなる。
「遺言状は回収できたのか?」
「・・・まだです」
もはやか細くて、ほとんど聞こえないようなカーラの言葉に、グスターヴはさらに大きなため息をついた。
「人を貸してやったのに、自分の娘の管理も、遺言状の奪取もできないのか。この無能者め!」
「申し訳ございません」
カーラとビッコは頭部を地面にぶつけそうな勢いで、頭を下げる。
二人の拳が震えていた。悔しいのだろう。元々平民であるニーナに家を乗っ取られそうなことも、貴族である自分達がその人物のせいで、頭を下げなければならないことも。
「チャンスをやる」
その言葉に二人は顔だけをあげて、こちらを見た。
「今のお前達のやり方ではぬるい。ニーナを殺せ!」
「そっ、それは・・・」
「やれ!」
有無を言わさないグスターヴの声色が、目の前の二人の頭を再び下げさせるのだった。
ーーー
「ニーナの周囲に不穏な空気が漂っている」
時刻は夕刻。アランはニーナの演説が終わるのを見届けて、宿に戻ってきていた。
情報を整理していると、エマから不吉な知らせがもたらされた。
「ついに動き出したか」
「ええ、男が六人、ニーナの周囲を取り囲んでいる」
アランは外出のための用意を始める。外装を羽織り内側に短剣を忍ばせる。本当は通常の剣を持って行きたかったが、そんなものを腰にぶら下げていては、街の衛兵にしょっぴかれる可能性がある。
だからこそ、見てくれは普通の住人のような格好で行くしかない。
「状況は?」
アランの問いかけにエマは澱みなく答える。
「散歩中のニーナの様子を伺っている。ただ、人の目がなくなれば、襲いだしそうなのが分かるくらい、殺気が漏れている」
「そうか・・・。急ごう」
アランは窓をあけ、枠に足をかける。向かいの建物の屋根へ跳躍した。それに続くようにエマもアランの隣へとやってきた。
時刻は太陽がほとんど沈みこんでいる夕暮れ時、目をこらしていなければアラン達が屋根の上にいることは分かるまい。
エマはこちらを向いて頷くと、前を向いて屋根の上を走り出す。そして続くような形でアランも動く。ニーナのいる場所まで最短距離を駆け出した。
五分ほど走ったであろうか、エマがこちらに手で静止の合図を出してきた。
アランはエマの横に静かに並び立つと、エマの視線を目で追った。そこにはニーナがゆっくりと石畳で舗装された道を歩いていた。ニーナのいる場所は治安が良い所ではあるが、それでも人気はあまりない。多少強引になら、襲うことも可能であろう。
ニーナの周囲には、男達が見つからないように気配を殺しながら、一定の距離を保って、ニーナの様子を伺っている。しかし、完全に殺気を隠しきれていない様子で、一定以上の者が見れば、誰かを襲おうとしていることが丸わかりだ。
「どうする?」
エマがこちらを見ながら、決断を求めてくる。
「相手が攻撃を仕掛けてきたその時に、こちらも動く」
ニーナの歩く速度に合わせて、アランとエマも動き、その時を待つ。
相手が仕掛けるまで、そう時間は要しなかった。その場の空気が一気に張り詰めたかと思えば、敵の殺気も膨れあがる。そして、ついに彼らはニーナの前に姿を現したのだった。
男が六人。ニーナの前に三人と後ろに三人で、彼女が逃げられないように囲む。
ニーナはその状況が理解できずに、ただ佇んでいた。
「あの、どいていただけませんか?」
見当違いなニーナの言葉に、男達が薄ら笑いを浮かべる、そして一人の男の手がニーナへと伸びた。
「おいおい、暴力は良くないな」
アランはニーナと男の間に即座に移動し、掴みかかろうとする相手の手首を握った。
「な、なんだ貴様は!」
突然現れたアランに、男はまばたきを繰り返し、動揺示す。また他のニーナを取り囲んでいた男達も、アランと、ニーナを挟んで反対側に現れてエマの登場に、口をあけ、少し呆然としてるようだった。
「誰だっていいだろ?それよりもニーナに何のようだ」
「どけ!」
アランの存在を無視するかのように、男はアランの手を振り解き、先へ進もうとした。
「え?」
男から間抜けな声が聞こえる。
男は宙を待っていた。
アランは振り解こうとした男を、力尽くて上に投げ飛ばしたのだ。
三メートルほど上昇し、今度は重力によって落下してくる。アランは落ちてくる男の腹に、一撃を入れ相手の意識を奪い取った。
アランの前にいる二人は、状況が飲み込めないのか、固まっている。アランはその隙を逃さずに、二人の間合いまで踏み込んだ。
右ストレートが男の顔面を捉え、そのまま後ろへ吹き飛ばす。もう一人の男は、思い出したかのように抜剣し、こちらに向かってくる。しかし、振り下ろされる剣を上体を捻ってかわし、相手の顎に掌底を打ち込んだ。男は酩酊したかのようにたららを踏んで、その場に倒れた。
アランは三人の処理を終えると、後ろを振り返る。後方では同様にエマが敵の意識を刈り取っていた。
エマに男達の拘束を任せ、アランはニーナと向かい合う。
「大丈夫か?」
「はい、・・・ありがとうござます」
ニーナは腕を摩りながら答える。そして何かを決心するかのように、こちらに尋ねてきた。
「アランは、彼らが誰か知っているのですか?」
「ああ。・・・あれはカーラが放った刺客だ」
「・・・」
「驚かないんだな」
「常に誰かの視線は、感じていましたから。私を監視する理由なんて、相続がらみでしょう」
アランはニーナの目を見る。彼女の目は光を失ってななかった。
「もちろんニーナが言った理由もある。だが、こんなにも暴力的な行動に出た理由は、今日の演説のせいだ」
「アランが言っていた、例のあの人ですか?」
「そうだ。グスターヴは元々カーラに対して、資金面や人材面で支援していた。それが今日の演説をきっかけに、直接的な手段にでたのだろう」
アランはそこで少し間を開ける。そして、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「これから魔人の権利について、本格的に取り組むことになれば、今日の様な目に合うかもしれない。もちろん俺とエマがニーナを守る。それでも絶対はない」
「やめません」
アランが最後まで言い切る前に、ニーナの口から言葉が飛び出る。
「私はこんなことで、挫けたりはしません」
アランはその回答に大きく頷き、ニーナと共に暴漢を拘束するエマの下へ、歩みを進めるのだった。
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