第9話
約束の一週間後に、アランとエマ、ニーナはとある屋敷の門前に立っていた。
「ここが目的の商人の家ですか」
ニーナは緊張しているのか、唾飲み込む様子が、傍目にもはっきりと見てとることができた。
「ああ。ここに協力を求める人物がいる」
アランが門番にニーナの名前を伝える。門番は事前に約束があることを知らされていたのか、二つ返事で頷き、三人を室内へと招きいれた。
「よく、アポイントが取れましたね」
部屋まで案内される途中に、ニーナが小声で聞いてくる。
「興味のある話題なら、必ず会ってくれると思っていた。それにニーナの家の名前が想像以上に効いた。お父様は生前、良い仕事をしていたんだね」
ニーナは予想外な場面で、父のことを褒められ、少し誇らしそうだった。
「ここです」
アランとニーナがそんな小話をしながら歩いていると、門番が一つの部屋の前で立ち止まり、ノックをする。
「お客様をお連れしました」
「入室してもらいたまえ」
若くも威厳のある声が中から聞こえ、その合図により門番が扉を開けた。
三人は門番に促され入室する。部屋の奥から、この屋敷の主人であるコニンが和かな笑みを浮かべて、三人を出迎えてくれた。
コニンはニーナとあいさつを交わし、その後にアラン、エマともあいさつを交わした。
三人は席につくと軽く世間話をして盛り上がる。アランから見てコニンは、ニーナに気を使いながらもアラン、エマを無視する訳でもなく、丁重な場回しをしていた。
十分程度話ただろうか。コニンは軽く咳払いをして、空気を一旦整えてから本題を切り出す。
「さて、ニーナ嬢。貴公が事前に仰られていたことは本当ですかな」
コニンの問いかけに答えたのは、ニーナではなくアランだった。
「そちらの話に関しては、部下の私からお話させて頂きます」
ニーナはアランの横で微笑みを浮かべていた。まるで「頼んだわよ」とでも言いたげな頷きもした。
ニーナとは事前に打ち合わせをしていた訳ではない。良い演技だ。
アランはコニン同様に軽く咳払いをしながら、本題を話始めた。
「今回、コニン殿にお声がけさせて頂いたのは、販売されている紙に関してです」
事前に伝えていたこともあって、コニンは確かめるように頷き、口を開く。
「その紙に関して税率を引き下げてくれるとか」
コニンはここ数年で一気に台頭してきた大商人である。様々な事業を展開し、多角経営で自らの商会を急成長させた。その急成長の大きな一因となった物が、コニンの商会が新しく開発した紙である。これまでの紙よりも安価で質が良い紙のため、飛ぶように売れた。
しかし、売れすぎてしまった。売れすぎてしまったが故に虎の尾を踏んでしまったのだ。
紙の販売は、昔から別の大商会が独占的に行なっている。その大商会は、もちろん新しい紙が面白くなかった。そこで、その商人は普段から親しくしている貴族頼み込んで、新しい紙に特別税をかける法案を提出したのだった。
こんな理不尽なことがまかり通るはずがない、とコニンは思っていた。しかし権力という力に議会は屈し、法律は可決されてしまった。
そのため、元々あった旧紙よりも、税金が加算される分、新紙は高くなっている。
それでもコニンの商会が開発した紙は質が良く、一定の需要がある。売り上げはある程度保たれていた。
アランはこの状況を利用することにした。
「コニン殿。我々には新紙に課される不当な税を撤廃する用意がございます」
コニンはその言葉を聞いた瞬間、ぴくりと眉を動かすも、それ以上変化を示さなかった。
「それはニーナ嬢が税の撤廃するための法案を、議会に提出してくださる、ということでしょうか」
コニンは確かめるように、こちらに質問をしてくる。
「はい。ニーナは来月の議会で、正式にウォーカー家の当主として認められます。その後、特別税の撤廃法案を提出したいと考えています」
コニンは顎に手を当て考える。そして、恐る恐るといった様子で言葉を発した。
「失礼ですが、当主になったばかにのニーナ嬢が法案を提出しても成立しないのではないでしょうか」
当然の疑問を、アランは否定するように首を振る。
「いいえ、成立します」
アランがあまりにも当然のように述べるので、コニンは少し虚をつかれたように口をぽかんとあけた。
「どうやって成立させるかは、教えてくれないのですよね」
「特別なことは何もしませんよ。ただ新紙の有効性を世間に示すだけです」
アランのその言葉で、コニンは驚いたかのように眉を上下に動かす。
「あの人に喧嘩を売るつもりですか?」
「喧嘩だなんてとんでもない・・・」
アランは詳細を話すことはしなかったが、コニンは何をするのか大体想像がついたようだった。
「とても勝てるとは思いませんが・・・大丈夫ですか」
その声音は、本気でアラン達の身を案じているようだ。
「ご心配なく。迷惑はかけません。ただ、もし我々が特別税の撤廃に成功したならば、お願いしたいことがあります」
アランはコニンが頷くのを確認すると、鞄から一枚の用紙を取り出し、彼に渡した。
「これは・・・宣言?魔人の保護規定を記したものですか?」
「はい。我々は特別なことは望みません。ただ、理不尽な暴力や暴言などをやめて欲しいのです」
アランが渡した紙には、魔人に対して理不尽な暴力を加えてはいけない等の、当たり前のことがが書かれていた。
もちろん、そんな当たり前が守られていない現状があるのだが。
アランはこの宣言を、コニンの商会で適用してほしかった。彼の商会は肉体労働で、魔人奴隷を使用をしている。
「一応理由をお聞きしても?」
「我々は魔人が人間と共存できる社会を目指しています。そのためには、魔人にも当たり前の権利を認める必要があります」
「ニーナ嬢が魔人のために活動されていることは、噂で聞いております。しかし、・・・本気ですか」
「もちろんです」
ニーナの間髪入れない回答に、コニンがたじろく。
「ニーナ嬢、人が魔人に対してどのような感情を抱いているか知っていますか」
「憎しみですか?」
「そうです。戦争によって、人間は魔人から甚大な被害を受けました。中には大切な人を失った人もいます。そんな彼らの気持ちがわからないニーナ嬢ではないでしょう」
「もちろん気持ちは分かります。しかし、戦争は終わりました。捕らえられ、抵抗できない魔人を、一方的に痛めつけて良い理由にはなりません」
ニーナの話にどんどん熱がこもっていく。
「我々が魔人を差別し、暴力を振るうことは、己と異なる者へと差別に繋がります。今は人間と魔人という種族での差別ですが、これが進めば人種、国家、宗教の違いでの差別をするようになります。そしていずれは人間どうしの戦争が起こりかねません」
「その考えには賛同できかねます。人が魔人を」
「いいえ、いずれ必ず差別を、理不尽な暴力を、容認する国は他の者へその矛先を向けます。私は王国の未来のために、寛容な社会をつくるために、魔人への差別をなくし、我々人間と同じ権利を持てるようにしたいのです!」
ニーナは一気に話して喉が渇いたのか、目の前に用意されていたお茶を一息に飲む。
「ニーナ嬢の考えは分かりました。しかし、もし我が商会がそんな宣言を出せば、魔人に憎しみを持つ人間から恨みをもたれかねません」
アランがコニンの懸念を払拭するために口を開く。
「確かに恨みを買う恐れはあります。しかし、基本的矢面に立つのは我々です。そして、コニン殿が我々の要求を飲んだということは、ニーナがウォーカー家の当主になりこの街の議会にもある程度の影響力を持てた、ということになります。その頃になればあなた方を守る力もついているでしょう」
「そうですね・・・」
ニコンが顎に手を当て目を少し伏せた。
あとひと押しだ。アランはここぞとばかりに攻め立てる。
「それに魔人に権利を持たせて、奴隷でなく労働者にすれば必ず生産性は今より向上しますよ」
「むぅっ、そんなことが、・・・いや」
コニンは小さくうなり、目を瞑った。そして、1分ほど経過したころであろうか。
「分かりました。あなた方の案に乗りましょう」
コニンは立ち上がりこちらに手を差し出してきた。
ニーナはそれに応じるように立ち上がり、手を握り返すのであった。
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