ドリーム・メーカーは悪夢を見せる。

さんまぐ

第1話 夢を見せる人。

ある日、熱を出して寝込んだ日。

悪夢を見てしまい、うなされていると、異父兄弟の弟が起こしてくれた。

そして、「凄くうなされていたよ?」と声をかけてくれた。


「ごめん。ありがとう」

「なんでそんな感謝するかなぁ?変な兄貴」


変な兄貴。

弟の涼介はそう言ったが、どうしても変になる。

やはりこの家は自分の家ではない。


父や涼介とは顔つきも似ていない。

母親が同じだから、かろうじて涼介とは似ているが、涼介には高校生で彼女がいても、俺には大学生になっても友達以上の相手はいるが彼女はいない。


それは和風顔の自分と、ほり深い弟ではやはり違う。

そして弟は伸び伸びと成長していて変な卑屈さはない。

心も身体も目鼻立ちが整っている。


それはまだ中学生の下の弟の涼平でも一緒だ。

下の弟の涼平はもっとほり深い顔で、身内贔屓に思われてしまうが、アイドルのような顔をしている。


熱でボーッとしてしまっていると、涼介は「とりあえずうなされていたから、いい夢見て。何か見たい夢を意識しなよ」と言って部屋を後にした。


夢か…。

なら京都旅行なんていいな。

中学の修学旅行ではガチガチのスケジュールと集団行動で大した事は出来なかった。

日中、寝込みながら見た京都の旅番組は自由で楽しそうだった。


それを思って寝たら、本当に楽しい京都旅行の夢を見てしまい驚いた。

数日後、熱が下がり大学に行けるようになった頃、今度は涼介が発熱して学校を休む。


憎らしいくらい同じタイミング。

同じ曜日、違うのは週だけ。


涼介は両親から完全看護に近い扱いを受ける。


「アニキと同じでいいよ」


涼介の気遣いが痛い。

涼介はわざわざ仕事を休んだ母親の運転で病院に行き、母親が作るお粥を食べる。

父親は母親に言われてスポーツドリンクを箱買いしてくる。


自分の時は自分で朦朧としながら病院に行き、レトルトのお粥を食べて、自分で買ったスポーツドリンクを飲んだ。


もう大違いだった。



・・・



2日目の夜。

うなされる涼介の声を聞き、起こして少し話をする。

家の中では、涼介の風邪は全部俺がうつした事になっていて、諸悪の権化のような扱いを母から受けた。


こう言ってはなんだが、父から受けるのならまだわかる。

自分の種ではないからだ。

だが、誰よりも俺を疎ましく思って、ぞんざいな扱いをするのは母親だった。


「ごめんな、うつして」


謝る言葉に涼介は「うわ、兄貴自意識過剰」と笑ってくる。


涼介の前向きさに「確かに」と返して笑い返すと、「兄貴はなんの夢を見てうなされなくしたの?」と聞いてきた。


「京都旅行、あの日、昼間旅番組やってたから、それを思い出してたらその夢が見られた」


説明すると「いいなそれ、俺もそれがいい」と言ったので、願ってみたら、翌朝「兄貴、見れたよ京都旅行」と感謝をされる。


感謝をされるような事はないのだが、健やかな弟は感謝を告げてくれる。

それがこそばゆかった。


弟の話を聞いた下の弟の涼平が「兄ちゃん、アニキから聞いたけど、夢を見させてくれるの?」と言ってニヤニヤ顔で近付いてくる。


すぐ上の兄がアニキで、その上が兄ちゃんと誤認した涼平の紛らわしい会話。


「どした?」

「俺も見てみたい!」

「たまたまじゃないか?」

「それでもお願い!」


まだ中学生の涼平はそう言うと少年漫画の単行本を持ち出して、「ここ!最終的に決戦!俺が魔王を倒すんだ!」と言ってきて、チラ見して、「涼平がその夢をみられますように」と願うと、翌朝「すっげぇ!すげぇよ兄ちゃん!ありがとう!」とやって来た。


涼介と涼平の大きな差は図々しさだろう。

涼平はそれから暫く眠る前になると、「兄ちゃん、今日はこれ」と何かしら持ってくる。


「…ノベルはやめてくれ。時間が足りない」

「えぇ!?コミカライズとかされてないから頑張ってよ」

「課題提出が近いから無理だよ」

「なら、こっち」


涼平は友達から借りたと言う、性描写のあるバトルモノの漫画本を取り出して来た。


無精したら恥ずかしいだろうに、まあ中2の妄想に付き合うのも面白いのでやってみると、これは大失敗だったらしい。

翌朝、不満げな涼平は「ダメだった」と漏らす。


「見られなかったの?」

「違うよ。見たよ。でも知らないからか、楽しくも何もないんだ、目の前にあっても違うというか…、説明不能!」


不貞腐れた涼平は恋愛漫画で我慢するようになったが、「ダメだ、夢は夢で、目が覚めると現実には彼女が居ないから無理だ」と言って遂には夢を願わなくなった。



・・・



今日は母方の祖母の家に行く。

母親や弟達は先週4人で行った。


わざわざ俺が行けない日を選ぶ。

まるで「悪いな、この車4人乗りなんだ」と言って、露骨な差別をしてくるアニメのキャラクターみたいだ。


そういえば、涼平はあの作品を見なくなった。

大人になったものだと思いながら、車なら40分、電車なら1時間半の距離を旅しながら祖母の家に着くと、祖母は「なんでアンタだけ別日なんだい?相変わらず嫌われてんのかい?」とズケズケと聞いて欲しくない事を聞いてくる。


「アルバイトの休みの問題だよ」


誤魔化すように言っても、祖母には通じない。


「まあ、ますますお前の父親に似てきたから仕方ないかもね。弟達とは似ても似つかない」


祖母はそんな事を言いながらお茶を出してくれる。


弟達と父親が違う事を最初に口走ったのは祖母だった。

自分と涼介の歳の差は3歳。

物心ついた時には父親が父親だった。


祖母の前で父と遊んだ話をしたら、呆れ顔で「お父さん…ねぇ、本当のお父さんじゃないのにね」と小学校に上がってすぐに言われてしまった。


父は父でいようとしてくれていたと思う。

だが、あの日を境にやはり父は父に思えず、母は露骨に差別を始めた気がする。


そんな祖母がなんとなく思い出話を始めると、話題は父の話だった。

父と言っても今の父ではなく、種的な方の父の話だった。


「変わった男だったよ。セラピスト?悩みを聞く人?をやっていてさ」


初めて聞いた話に驚いていると、「一番変わってるのは、調子に乗って怒らせるような事を言うと、地獄の夢を見るのに、ご馳走を用意してもてなすと、いい夢を見れるんだ。なんとなく気持ち悪い話だが、あの男の仕業に思えてね。つい大切にしてしまうのさ、まあそれが離婚の種だったのかもね」と言って祖母は笑う。


「離婚の種?」

「ああ、お前の母さんは夢の中で心の中を丸裸にされると漏らしていたよ」


なんとなく、その話を聞いた日に、夢を見せられる力は父親譲りで、母はそれを使われて離婚を決意したのかも知れないと思えていた。

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