41.マッサージ

 楓花が受けた地元の食品メーカーからは、思った通りお祈りメールが届いた。名前を知っている、というだけで受けたので、ほとんど対策はしていなかった。英語は必要ない、という話をされてしまい、面接官からの圧に堪えられなくて返す言葉も出てこなかった。

「楓花ちゃん、なんかゲッソリしとらん?」

 大学の教室で久々に会った彩里に心配されてしまった。書類で落ち続け、面接にも落ち続け、楓花は体力も気力も無くしてしまっていた。おかげで食欲も落ちたので、少しだけ痩せた。

「就職できるんかな……」

 無意識についたため息も、いつもより長かった。はぁー、と息を吐ききると、後ろから誰かに髪をわしゃわしゃされた。驚いて直しながら振り返ると、後ろの席に晴大が座っていた。大教室の後ろの方なので、晴大がいる席のほうが少しだけ高い。

「ため息ばっかり吐くな。余計凹むぞ」

「だって……全然二次に進まれへんし。嫌になってくる」

「これ、うちの母親から」

 晴大は楓花に小さな袋を渡した。

「何これ?」

「クッキーって言ってた。楓花のこと心配してたぞ。駅で会ったらしいな?」

「あ──うん」

 楓花が家に行ったことは秘密にすると母親と決めていたけれど、会ったこと自体は正直に話すらしい。

「面接の帰りに……」

 楓花が机にクッキーを置いて晴大のほうを見ると、彩里は羨ましそうにクッキーを見ていた。楓花は知らなかったけれど、神戸で有名な洋菓子店のものらしい。

「俺のこと何か言ってた?」

「ううん。……あっ、ちょっと、何してんの?」

 楓花が振り返っている間に、楓花の荷物は彩里によって晴大の隣の席へ移動させられていた。

「話しやすいやろ? 渡利君、よろしく」

 笑顔で言う彩里に押されて移動すると、晴大は嬉しそうな顔をしていた。彩里は〝私は良いから〟と笑いながら、教室に入ってくる友人たちに挨拶をしていた。

「どれくらい受けたん?」

「んーと……書類で落ちたの入れたら、十くらい」

「楓花……俺が言うのもあれやけど、それたぶん普通やで」

「……そうなん?」

「二十くらい受けて内定もらえるの一個とかちゃうか? 戸坂さん、そうよなぁ?」

「えっ、なに? ごめん、聞いてなかった」

 晴大は楓花と付き合いだしてから、楓花の友人たちにも話しかけるようになった。翔琉とはまだまだ距離があるけれど、だいたいの学生は晴大のことを認めているらしい。

「就活って、受けたやつほとんど落ちると思っとかなあかんよな?」

「そう、やなぁ……。私もまだ内定もらえてない」

 要領の良い学生が〝内定もらえた!〟と喜んでいるのを聞いたけれど、楓花の周りではまだそんな人はいない。彩里は英語に絞らず受けていて、二次面接に進んだとも聞いた。ちなみに翔琉も頑張って就職活動を続けているらしい。

「でもさぁ、楓花ちゃんは行くところあるから良いやん」

 彩里は晴大を一瞬見てから、楓花にニヤリとしていた。

「私なんかさぁ、彼氏いるけど……正直いつまで続くか分からんし。既に冷めてきとぉ気するし」

 だから楓花と晴大のことが羨ましい、と彩里はため息を吐いた。

「楓花、俺はどっちでも良いからな?」

「……なにが?」

「いや、就職できてもできんでも」

「就職……したいよ。一回は一人で社会に出たい。みんな働いてるのに一人だけ無職は嫌やし」

「バイトしてるホテルは社員登用制度ないん?」

「ある……あるし、内定もらえんかったら来て、って言われてる」

「楓花ちゃん、それ良いやん」

「でも、それも結局は助けてもらってるみたいやし……」

 楓花が休憩室で〝就活がうまく行かない〟とパートたちに話しているのを社員が耳に入れたようで、数日前に支配人から話があった。仕事内容は好きだったので有りがたかったけれど、返事は持ち駒が無くなるまで待ってほしいと言った。

「俺も、それ良いと思うぞ」

「そうかなぁ」

「楓花が認められてるってことやろ?」

「うーん……」

 それでも他の企業から〝内定〟という通知をもらいたくて、楓花は答えを出せなかった。考えすぎて難しい顔をしていると、隣から晴大の手が伸びてきて顔で遊ばれた。

「ちょっとー、はひひえんほなにしてんのー」

「ははっ、変な顔」

「渡利……おまえそんなキャラやったか?」

「あっ、かけううん翔琉君

 楓花たちを見つけた翔琉が呆れた顔で晴大を見ていた。それでも晴大は構わずに笑いながら遊び続ける。

「むー、はうと晴大、あとかくお覚悟しとい

 晴大は何かを察したのか、パッと楓花の顔で遊ぶのをやめた。晴大に押さえられていた楓花の頬は赤くなってしまっていた。

「顔のマッサージな? 固くなってたやろ?」

「マッサージって、遊んでただけやん。くちゃくちゃやわ……」

 おそらく化粧も崩れてしまったので、休み時間に直すことになってしまったけれど──、晴大は本当に、楓花の表情を柔らかくしてくれた。就職活動がうまく行かず落ち込んでいたのも、表情が暗くなって面接に悪影響だったのかもしれない。

 その日は楓花も晴大も授業以外に予定がなかったので、一緒に帰って晴大の家に寄った。母親が在宅だったのでクッキーのお礼を言ってから晴大の部屋へ行った。

「ゆっくり話すの久々やな」

「そうやなぁ……就活がこんなしんどいと思わんかった。肩凝ったかも」

「──ここ座れ」

 晴大は椅子から座布団を持ってきて床に置いた。そこに楓花を座らせてから、楓花の後ろに回った。

「ひゃっ、あ──気持ち良い」

 晴大は楓花の肩をマッサージしてくれた。楓花はあまりマッサージは好きではないけれど、くすぐったいと思うよりもほぐされている感じが勝った。肩凝りはあまり気にならないほうだったけれど、ガチガチに固まってしまっていたらしい。力は〝強い〟ほうだと言うので〝普通〟にしてもらうと、全く効かなかった。

「さすがにMAXで押したら痛いやろうけど……」

「一回やってみて」

「──大丈夫か? 押すぞ? ──これで限界」

「んー……ちょっと痛いかなぁ」

「マジかよ……楓花、頑張りすぎ。俺が手痛いわ」

 肩から重みが無くなって、楓花は後ろから晴大に抱きしめられた。前で組まれた彼の手を握ると、首筋にくすぐったい感覚があった。

「ひゃあっ、くしゅぐったいっ」

「……力抜け」

 素直に従って晴大に身体を預けると、彼は楓花の唇を塞ぎながら腕に力を入れて身体を密着させた。楓花は腰の辺りに何かが当たる気がしたけれど──、とりあえず今は気付かないことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る