28.卒業後の進路
「あれ? 今日なんかすごい顔スッキリしとらん? 今まで寝不足やったん? よく見たらお洒落しとぉし!」
キャンパス内のカフェで楓花を見つけた彩里は、すぐに楓花がいつもと違うことに気づいたらしい。
「ふふっ、実は昨日、晴大から電話あって」
「えっ、戻ってくるん? デート?」
「ううん。それはないけど、声聞けたから嬉しくて」
夜の電話だったので、いつもよりリラックスして入浴できて、布団に入ってから寝るまでも早かった。内容は忘れてしまったけれど幸せな夢を見て、目覚めもスッキリしていた。だからいつもよりお洒落な服装をしていて、もちろん晴大にもらったペンダントも忘れていない。
「ふぅん……それにしても、ここまで変わるんやなぁ。前は嫌がってたのに」
「噂を信じてたから……。でも違ったし、私もずっと前から好きやったし」
初めは本当に、ただリコーダーを教えているだけだった。晴大が人気なのは認めていたけれど、ただそれだけだった──はずが、彼を近くで見ているうちに、二人で過ごす時間が増える度に彼のことを好きになってしまった。彼は普段は誰からも好かれる爽やかな少年を演じていたけれど、おそらく学校では楓花にだけ見せる〝できない男〟がたまらなく
高校生になり、晴大は女の子を取っ替え引っ替えしている、と噂で聞いた。友人の舞衣も泣いていたし、大学で再会してからも噂はあったし、楓花も実際に見た。晴大が好き、という気持ちは心の奥底に仕舞い込んで蓋をしていた。彼とデートしたとしても、それはきっと一回で終わって二回目はない。晴大には遊ばれるから気をつけないといけない──そんな暗示をかけてしまっていた。
けれど本当は晴大が誠実なことを楓花は知っていた。
成人式の次の日に行った白崎海岸で彼は言っていた。
『誰かを本気で好きになったことある?』
『ある』
『じゃあ、二回以上デートした子は?』
『……デートとは言われへんけど、そいつとならある』
言われたときは気づかなかったけれど、大学生になってから楓花は確かに何度も晴大と二人きりになった。大学やアルバイトの帰りに電車で一緒になったし、遅くなったクリスマスの夜も家まで送ってくれた。彼に聞いたことも合わせて、晴大が遊んでいる、とは全く思えなかった。長く閉じ込めていた感情が、空に放たれた風船のように高く上っていった。
「そのペンダント……何か意味あるん?」
彩里は楓花のペンダントを見ていた。八分音符型で、丸い音の部分にブルートパーズがはめ込まれている。
「楓花ちゃん音楽好きとは聞いとぉけど……その石とかさぁ」
「これ? 意味はあるけど、秘密」
「ええー、教えてよー」
「秘密にするって約束したもん、晴大と」
彼がブルートパーズを選んだのは楓花が最初に見ていたのもあるけれど、彼の誕生石でもあるし、一番は石の本来の力だ。晴大が隣にいない代わりに、楓花が目標に向かって頑張れるように応援してくれている。
「渡利君が帰ってきたらさぁ、楓花ちゃん、私のこと気にせんと渡利君と一緒に
「うん。そうする」
「翔琉君が問題やけどな……」
晴大に電話で話した通り、翔琉からはあれから特に何も言われていない。たまに教室で会うと何か言いたそうにしているけれど、楓花はいつも晴大の写真を見つめているので何かを感じているのか話すことも減った。
「あれ? 楓花ちゃん? と──確か桧田の友達の……」
「彩里です」
「あーそうやそうや、ごめんごめん」
二人に声をかけたのは、健康スポーツ学部の智輝だった。彼は大学四年生になって、卒業に向けて動いている時期だ。隣に直子がいないのは、単に会える時間が減っているかららしい。
「噂で聞いたんやけど、桧田……事故ったんやって?」
「──はい。あのあとしばらく真面目になってたんですけど……」
「今また戻ってるよな」
「はい……」
智輝は今年になってからキャンパス内で遠くから翔琉を見かけたけれど、忙しいのもあって話したくなかったので声はかけなかったらしい。
「中身はどう?」
「うーん……ちょっとはマシなんかなぁ……?」
翔琉も留年だけは避けたいようで、単位を取ろうと勉強はしている。それほど多くは取れていないけれど、卒業に必要な単位の半分以上は取れているらしい。ちなみに楓花は頑張ったので六割以上ある。
「その感じやと楓花ちゃん……桧田とは付き合ってない?」
「はい……」
「でも、彼氏はいてそうやな?」
「……はい」
今は経営を勉強するためアメリカに留学中だと言うと、〝桧田より絶対そいつのほうが良い!〟と笑顔になっていた。
「本田さんは理学療法士目指してましたよね」
「うん。二月に試験あるから、勉強してるとこ。あ──言って良いんかな……ちなみに直子は、中学で体育教えるほうに変えたみたいやわ。二人は進路決めたん?」
楓花はまだ、全く決まっていない。英語は得意になったけれど〝どうしても〟その仕事がしたいわけではないし、だからと言ってほかに就きたい仕事もない。
「でも、ちょっとは英語も生かしたいしなぁ」
「とりあえず、気になったとこは説明会行って、面接受けて、内定もらったらあとは選べるやん?」
智輝がいなくなってから、二人で就職活動の話をしていた。四限目があるけれど三限目は空いているので、ドリンクを追加で注文してスマホで就活サイトをチェックする。
「通訳とか、添乗員、航空会社……あとホテルとか? 楓花ちゃんバイトしとぉやん? あっ──」
「……なに? どうかしたん?」
「いや……渡利君にも関係するし、勝手に思っただけやから忘れて」
「晴大? 確かお父さんの会社に入るって」
「うん、だから──、渡利君は英語と経営の勉強しとぉやん? いつかは継ぐってことやろ? 楓花ちゃんと……」
「……それ、私もちょっと思ったけど……今は考えてない。そもそも、そんな先の話してないし」
彩里が言おうとしているのは、以前に楓花がたどり着いた仮説だ。それは嬉しいことではあるけれど、本当に晴大が関係しているので楓花一人で決めるのは無理だ。
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