第49話 ジャガーVS聖獣ライオン
崩れていく黒竜の頭は、ドラゴン・バーブガンに救われたワイナを睨みながら言い放った。
「見事な一撃であった。だが其方は神の使いを討ったのだぞ。神の怒りは避けられない。お前の勝利には代償が伴い、報いは受けなければならないのだ。心して待つが良い」
神はワイナの行いを見過ごしはしないと言うのである。その話を聞いたゴリラのトゥパックが口を尖らせた。
「ワイナは悪さをする竜を討ったんじゃないか。それが何で報いを受ける所業だと言われなきゃならないんだ」
「神の意志に背いたからよ」
アイダの意見である。
「神の意志だって、そんな……」
「仕方が無いわ、神の意志も様々なの」
「…………」
アイダたちはワイナの快挙を祝福すべきかどうか、分からずにいた。神の報いを受けると言う信託まがいの言葉を聞いてしまったからである。神の意図した自然の摂理を乱してしまったかもしれないと。
「あの竜は討たない訳にはいかなかったのだから……」
「そうだ、悪いのはあの黑い竜ではないか」
「ワイナが責められる筋合いはない」
その時、後ろから声が掛かった。
「心配する事は無い。困った事が起きた時は儂の所に来るがいい。何時でも相談に乗ってやろうではないか」
白竜が希望を与えてくれたのであった。しかしアイダには分かっていた。すでにワイナの背後には何かが確実に迫って来ている、神の見えざる手が忍び寄っていたのである。
やがてワイナの前に現れた者は人間の女の様に見えるが、その者はイシュタルという、ワイナの所業を見下ろしていた女神であった。普段従えている聖獣は雌ライオンであると言われているが、今その姿は見えない。信者に対しては非常に慈悲深く、愛をもって接する女神でもある。その容姿は魅力的な肢体を持つ美しい女神であるが、反面非常に残忍な神であるとも噂されている。
その女がワイナに話しかけてきた。
「貴方の活躍は素晴らしかったわ、ぜひ私に祝福させて下さい」
優雅な仕草でそう言った女は、ワイナの前に山海の珍味を並べて酒宴を催したのである。多くの下男下女がかいがいしく動いている。
「うひょ!」
トゥパックが真っ先に大げさな声を上げた。
「ワイナ、ありがたく頂こうぜ」
「…………」
少しばかり不審に感じたアイダやワイナであるが、ことさら断る理由も無い。結局宴は夕刻まで続いた。そして女がワイナに囁いた。
「私と一緒になっていただけませんか。夫になるのなら、あなたには使いきれないほどの財宝をあげましょう」
「…………!」
女の唐突な申し出にワイナは、
「せっかくのお誘いですが、私が貴女と末永く暮らせるとは思えません」
ワイナは女が普通の人間では無いと既に見抜いていた。返事を聞いた女の表情がにわかに変わると、
「これは私が預かります」
「んっ」
すぐそばまで近づいていた女が、油断していたワイナが脇に置いていた聖剣を素早く取り上げたのである。
「貴方はジャガーでしょう。でしたら私のライオンと勝負をしなさい」
「…………」
「決闘は明日の朝です。貴方が勝てたら今回起こった黒竜の事件を不問とします」
女はそう言って身をひるがえすと消えて行った。
神々の間で意見は二手に分かれていた。黒竜は人間の傲慢さを戒める為に遣わされたものであるから、それを討ったワイナは報いを受けて当然であると言う神から、あの者は正義心から剣を抜いたのであって、非難される筋合いは無いと擁護する神である。擁護する側に女神ニンリルが居た。ニンリルは風の女神であり、運ばれる情報からワイナの苦境も知っていた。
「セラム」
「はい」
ニンリルがレイラの守護天使として派遣していたセラムを呼びだしたのである。
「明日の決闘でジャガーのワイナはライオンに敗れるかもしれません。ただの猛獣同士なら互角でしょうが、イシュタルのライオンは聖獣なのです。ジャガーに勝ち目はありません。イシュタルはそれを確信しているのでしょう」
「…………」
「そこで貴方に使命です。ワイナが劣勢になった時はひそかに助けなさい。ワイナを死なせてしまう訳にはいかないのです」
「分かりました」
イシュタルの連れているライオンは雌であるからジャガーと体力的には互角と思われる。ライオンは相手の喉笛にかみつき窒息させるか、前足で激しく殴打する攻撃を得意としている。一方ジャガーは瞬発力とそのあごの力を活かして、相手の頭部を一気に砕いたり、鋭い牙を食い込ませて絶命させる攻撃が常である。
翌朝アイダやワイナたちが広間に出ると、イシュタルがライオンを連れて現れ、
「覚悟はいいわね」
ほとんど何の前触れもなく決闘が始まった。ジャガーとライオンは正面から対峙している。この体制はジャガーにとって不利だ。敵の背後に回り、頭部を狙う展開にならなくてはジャガーの強みが生かせない。余裕のライオンはじりじりと間合いを狭めて来る。なにしろ特別な力を秘めているとされる聖獣のライオンなのである。
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