第45話 剣豪ワイナが神剣をゲットする


「アイダ、この先の村人から助けて欲しいと訴えが有りました」


 魔物退治や精霊界のトラブルを解決してくれるという噂を聞いた村人が、レイラを通してアイダたちを頼って来たのである。

 早速村人の話を聞いてみると、こういう事であった。

 ある日の事、村の若者が数人で盗掘に出かけたらしいのである。らしいと言うのは、その若者達が一人も戻ってこないと大騒ぎになり、事件が発覚したのだ。村には古くからダーナ神族の墓伝説というものが有り、その墓荒らしに出かけたようなのである。噂では数々の財宝も埋葬されていると言うのだ。だが伝説によると、墓を荒そうとする者には恐ろしい呪いが掛かると言われていたが、若者たちは気にしなかった。


「そんな昔の話におびえるおれたちじゃないぜ」


 と話していたと、行くのを躊躇って仲間内で唯一参加しなかった男の供述から、真相が明らかになったのだった。

 若者達が向かった先は、ダヌまたはダーナ神族と呼ばれる神話上の部族の墓である。女神ダヌ(ダーナ)を母神とする神族とされ、地下世界に今も生き続けていると言われているが、まだ誰も見た者はいない。未接触部族や非接触部族とも言われ、近隣のコミュニティとの継続的な接触を持たずに暮らす、または、自主的に孤立を望んでいるような先住民である。

 しかし若者達を盗掘に駆り立てたのは、ただの金銀財宝だけではなかった。噂によると秘宝の剣が眠っていると言うではないか。それは恐るべき力を持つヌアザの剣と呼ばれ、ひとたび降りおろされると何人もその鋭い刃から逃れることは出来ないと言われる神剣であった。


「そんな剣が手に入ったら無敵だぞ」

「墓の呪いが怖くは無いのか」

「おまえは一人で震えて残って居ろ」

「はっはっはっ」


 酒にでも酔ったように興奮した若者四人は、たった一人残った仲間の忠告も聞かず出かけて行ったのである。



 ダーナ神族の母神は恐ろしい魔眼の持ち主であったが、普段は美しく、種族も人々をも慈しむ、闇と光を象徴する長であった。しかし、その女神ダヌは人間の際限無い進出を嫌がり、神族はそれまで住んでいた土地から異界、海の彼方へと移り住むようになる。そしてある者は精霊界に入り、いつしか妖精として語り継がれるような存在になっていた。


 ダヌは木々が美しく並ぶ丘陵を見渡していた。なだらかな緑の丘が幾重にも重なり地平線まで続いて、小鳥のさえずりがそこかしこから聞こえて来る。だが、遠くを見つめるダヌの澄んだ瞳がわずかに陰ると、


「我々はもうここに長くはいられない。皆を集め出発しましよう」


 ダヌは一族の墓である洞窟にやって来ると、神剣のヌアザを棺の上に置く。


「ヌアザよ、我が一族の墓を守り給え」


 すると現れた一匹のコウモリが洞窟内を舞い、その不規則な動きを止めると、ダヌの前で真黒な髪と輝く黒い瞳を持つ女性に変身した。


「親愛なるダヌ様」


 彼女はそう言って長のダヌを見つめた。






  村の若者達は二日二晩ほど歩き続け、やっと目的の洞窟にたどり着いた。眠る美女の山と呼ばれる岩山の中腹にぽっかりと開いた大きな洞窟である。その岩山の形が女性が横たわった姿に似ており、この洞窟は「男性に深い恨みを持って亡くなった女性の体内」と言われ、近隣の人々から恐れられているのである。そして洞窟の奥深く入って行く若者達は、頭上を一匹のコウモリが飛んでいるのをさほど気にしてはいなかった。

 四人が歩いて行くと暫くして、若者の一人が声を上げた。


「有った、見ろ、剣だ!」


 棺の上に置かれた剣を手に取ると、グリップは黄金色の金属であり、青い宝玉が埋め込まれている。ガードは華やかな羽のような意匠で細工がされ、鞘は金色の打紐で巻き上げられている。

 手にした若者がゆっくり剣を抜き始めると、


「ギーッ」

「ん、今何か聞こえなかったか?」


 固まった四人は恐る恐る周囲を見回したが、何も起きない。

 若者が構わず抜き放つと、鋭いブレイドの中央には何やら古代の文字が刻まれているではないか。


「すごいな」

「売れば大した金額になるぞ」

「これが伝説の神剣なのか」


 再び剣を鞘に納めた若者が辺りを見回した。


「まだ他にも宝が有るんじゃないか」


 しかし、彼らを歓迎しない者が頭上に居る事を四人は知らなかった。

 ここで宝は無いかと探し回っている四人の一人が素っ頓狂な声を上げた。


「あれ、お前、その血はどうしたんだ?」

「ん?」


 声を掛けられた者が振り向くが、


「何の事だ?」

「おまえの背中に血が付いてるいるぞ」

「あん?」


 だが、男は別に怪我をした訳でもなく、言われるまでは気が付かなかった。


「あれ、お前の背中にも血が付いているぞ」

「ひえっ」


 いつの間にか、四人の背中に皆同じように血が付いているではないか。事ここに至って始めて四人は恐怖を感じ始めた。


「祟りか」

「これはもう出た方が良いんじゃないのか?」


 そう言い合っていた時、


「お前たち、ここで何をしている」


 ワイナの声が響き渡った。レイナの起こした風に乗り、一気にやって来たアイダたちに見つかったのである。


「なんだ」


 興奮した若者が手にした剣を抜き身構えると、鈍く光る刃を見たレイラが声を出した。


「ワイナ、その剣に気を付けて」


 神剣ヌアザの噂を聞いていたレイラの忠告である。ワイナは対峙する若者を静かに諭した。


「怪我をしない内に、その剣を元通り鞘に納めるのだ」

「しるか!」


 頭上に構えた剣が振り下ろされると、ワイナもすかさず剣を抜き、仕方なくそれを受け止めようとした。だが、その直後、驚愕する事態が起こる。なんとダイヤモンドをも砕くと言われた剣豪ワイナの長剣が、一瞬で一刀両断にされたのである。


「ンッ!」

「アラカザンシャザムスヴァー」


 アイダの呪文により、ワイナ自身はかろうじて剣の被害を免れた。しかし続いて不思議な現象が起きたのである。四人の若者の足が小刻みにガタガタと震え始め、全員が倒れてしまった。もがき苦しむその者達の背中に付いた血が広がり始めているではないか。


「これは」


 ワイナの傍に居たトゥパック、キイロアナコンダとも呆然と見守っている事しか出来ないでいた。すると皆の頭上に現れたコウモリが、アイダたちの前で女性に変身すると、声を掛けてきたのである。


「あなた方もこの墓を荒しに来たのですか?」


 ワイナはすぐ若者の傍に落ちていたヌアザの剣を拾い上げ、両手に持ち丁寧に支えると、片膝を曲げて女性に差し出した。


「いえ、我々は墓を荒すつもりなど毛頭ありません」

「…………」


 だが、その時洞窟内に凛とした声が響いた。


「では、お前たちは何ゆえに参ったのだ」


 ついにダーナ神族の長である女神ダヌが現れたのである。それを見たレイラが急いで皆に注意を促した。


「みんな彼女の目に気を付けて。怒ったダヌの目を見た者は命を奪われるの」

「と言う事は……」

「怒らせたらだめよ」


 恐ろしい魔眼の持ち主であるとされるダーナ神族の母神なのだ。普段は美しく人々を慈しむ女神なのだが、一度怒るとその凄まじい魔眼で人を射殺すと言われている。女神ダヌの怒りには精霊アイダも敵わない。


「ダヌ様」


 コウモリから変身した女性が会釈をするとダヌは、


「其方は一部始終を見ていたのですね」

「はい、見ておりました」


 ダヌは神剣を両手で捧げたままでいるワイナを見ると、


「この者は……」


 女性に変身している神剣ヌアザの精霊であるコウモリは、見ていたままをダヌに報告した。そしてアイダからもこれまでの経緯やワイナたちの働きを説明された。


「分かりました、ではもう此処は封印しましょう」


 女神ダヌにより永遠に封印された洞窟の墓は地底世界の一部となり、二度と人目に触れる事は無くなったのである。





「さあ皆、行くわよ」


 虹の精霊アイダは、ジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダ、ドラゴン・バーブガン、風の悪魔少女レイラたちを連れてまた歩き始めている。剣豪であるワイナは、女神ダヌから授けられた神剣ヌアザを腰に帯びていた。




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