燃える海

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 ──燃える海



 汎人類帝国海軍は恐らくこれまでは世界最大の海軍であった。


 戦艦12隻、大型巡洋艦10隻を中核とした大艦隊は南方海と北方海の両方ににらみを利かせていた。


 しかし、魔王軍の大規模な近代化と軍拡によって彼らは追いつかれつつある。


「まさか我々汎人類帝国海軍が艦隊決戦ではなく通商破壊を優先してやることになるとは思いませんでしたよ」


 そう述べるのは連合艦隊の参謀であるフランソワ・デュフレーヌ少将で、彼は海軍参謀本部から知らされた命令を前にそうぼやく。


「それが求められるのであれば、実行するのが軍人だ」


 そうとだけ言うのは連合艦隊司令長官のエミール・ボルダ大将。彼も海軍参謀本部からの命令を見て、目を細めていた。


「しかし、通商破壊となるとやはり高速で航続距離の長い巡洋艦でしょうか?」


「そうだな。巡洋艦を中心に作戦を展開することになるだろう」


 巡洋艦は速力は素早く、航続距離も長い。


 広大な海を敵の護衛艦隊から逃げ回りつつ、隙を突いて無防備な輸送船を襲撃するにはもってこいの艦種である。


「では、そのように手配します」


「ああ。それから残された艦隊も魔王海軍への圧力のために行動を開始する」


「どのようにですか?」


「なあに。敵の手に落ちた港湾都市を砲撃するだけだ」


 汎人類帝国海軍はこうして動き出した。


 巡洋艦は単独航行であちこちの海域に派遣され、魔王軍の輸送船を襲撃する。


 魔王海軍はまだこの手の船団護衛が得意ではない。軍艦と違って速力が遅い輸送船に軍艦が速度を合わせて航行するのは難しく、魔王海軍はあまり積極的に船団護衛を行っていなかった。


 しかし、今や敵の巡洋艦がシーレーンを妨害するために暴れ回っている。


 対応を迫られた魔王軍は護衛船団方式を取ることになった。複数の輸送船を纏めて運用し、それを軍艦で護衛するのだ。


 これの問題点は魔王海軍には護衛船団が取れるほどの補助艦が存在しないことだ。魔王海軍は艦隊決戦ばかりを考えており、そのせいで護衛艦が少ない。


 今はひっきりなしに新しい駆逐艦などが就役しているものの、全てが整うのは相当先の話であった。


 ここに追い打ちをかけるような事件が起きる。


 魔王軍が確保した南方海に面する港湾都市ポール・マリティームに汎人類帝国海軍の戦艦部隊が殴り込み、港湾に向けて艦砲射撃を強行したのだ。


 この艦砲射撃によって港湾部破壊され尽くされ、物資も消失した。甚大な被害を出した魔王軍では海軍の怠慢を追及する声が高まっている。


「南方海の制海権問題を解決しなければいけない」


 海軍参謀総長のオンディーヌ上級大将はそう言った。


「我々は未だに制海権を握れておらず、汎人類帝国海軍にいいように行動されている。これを防がねば海軍の存在意義はない」


 魔王海軍は今のところ海上輸送だけが戦争への貢献だった。しかし、その海上輸送を汎人類帝国海軍によって妨害され、その役割を果たせていない。


「敵の海上戦力の早期の駆逐が必要だ。そのためには積極的な攻撃を果たさなければ」


「積極的な攻撃となるとどのようにして敵海上戦力を補足するか、ですね」


「そうだ。カリグラ元帥より空軍が海上哨戒に協力すると言っている。彼らの力を借りながら行動しよう」


 そして、魔王軍は汎人類帝国海軍による通商破壊を阻止するために行動を開始。汎人類帝国海軍の暴れ回る巡洋艦を排除し、さらには主力艦隊を撃滅すべく動く。


 積極的な攻撃に魔王海軍は出て、魔王空軍もグレートドラゴンを動員した海上哨戒飛行で海軍を援護しつつ、狩りが始まった。


 魔王空軍が索敵する中では汎人類帝国海軍は隠れようがない。


 彼らはあくまで水上艦による通商破壊を行っているのであり、潜水艦のような艦艇はまだ開発されていないのだ。


「上空にグレートドラゴンです!」


「クソ! 不味い……!」


 汎人類帝国海軍の巡洋艦は1隻、また1隻と沈められていき、魔王海軍の制海権が確保されて行くが、しかし──。


「敵主力艦隊はどこに消えた?」


 大規模な艦隊であるはずの汎人類帝国海軍の主力艦隊が発見できていない。


「ふうむ。敵主力艦隊が健在なままでは制海権を確保できたとは言えない」


「ならば、連中を引きずり出してやりましょう。敵の海軍基地への艦砲射撃で」


「それぐらい積極的に動くべきだな」


 オンディーヌ上級大将は敵の海軍基地であるべレール軍港への砲撃を決定。


 魔王海軍の南方艦隊旗艦戦艦ネレイスを含めた戦艦4隻による砲撃が実施される流れとなった。もちろん空母レヴィアタンとベヒーモスも投入される。


 魔王海軍は自分たちを見張っているだろう汎人類帝国のスパイ網にわざと引っかかるようにして軍楽隊の演奏を行うなど派手に出撃し、べレール軍港に向かう。


 べレール軍港が砲撃されるのを、汎人類帝国海軍は黙って見過ごすはずがない。そう言う目論見の上での作戦であった。


 この目論見はおおむね当たることになる。


 汎人類帝国はなけなしの航空戦力による航空偵察と各地に残った残地工作員の情報から魔王軍の動きを察知し、狙いはべレール軍港であることを突き止めた。


 これに対して連合艦隊司令長官のボルダ大将は迎撃を決意。


「艦隊決戦を以てして我々こそが制海権を手にする」


 こうして魔王海軍と汎人類帝国海軍はお互いに艦隊決戦を求め、まさにそれが行われようとしている。


 汎人類帝国海軍は旗艦ローランドを含めた戦艦8隻、大型巡洋艦4隻を中核とする連合艦隊。戦艦ローランドは主砲に口径38ミリ連装砲を搭載している最新鋭艦だ。


 対する魔王海軍は戦艦ネレイスを旗艦とする戦艦4隻と装甲巡洋艦4隻、そして空母2隻が投入されている。


 先に敵の動きに気づいたのは魔王海軍側だった。


 彼らの空母レヴィアタンから飛び立った索敵のワイバーンが汎人類帝国海軍を視認し、すぐさま旗艦ネレイスに報告。


「敵艦隊は北上しています。真っすぐこちらに」


「よろしい。であれば迎え撃つぞ」


 南方艦隊司令官のライドネ大将が頷く。


 南方艦隊は北上する汎人類帝国海軍とべレール軍港の間に布陣して、汎人類帝国海軍が到達するのを待った。


「偵察のワイバーンより敵艦隊は航空隊の航続距離内とのこと」


「攻撃隊を出せ。可能な限り戦力を削ぐ」


 そして、空母レヴィアタンとベヒーモスからレッサードラゴン24体を中核とする攻撃隊が発進し、勢いよく迫りくる汎人類帝国海軍連合艦隊に向けて飛行。


「艦長、レッサードラゴンです!」


「迎え撃て!」


 これまでの戦いから汎人類帝国海軍は艦艇に高射砲を取り付けており、口径10センチのそれが空に向けて火を噴いた。


 この口径の高射砲弾が直撃すれば、レッサードラゴンの魔術障壁も一発で飽和するが、当てるのはなかなか難しい。


 その間にもレッサードラゴンたちは汎人類帝国海軍の艦艇に熱線を浴びせる。


 戦艦が直撃を受けて弾薬庫が誘爆し、そのまま爆炎を上げて真っ二つになっていく。他の艦艇も必死に対空砲火を浴びせるが、レッサードラゴンたちは攻撃の手を緩めることはない。


 海上で軍艦が燃え上がり、海が燃えた。


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