モレク陸軍試験場

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 ──モレク陸軍試験場



 1732年危機の際に魔王軍が対外的軍事行動に出なかったのは理由がある。


 国家保安省の報告によってグスタフ線が想定以上の強固さだと知ったからだ。


 鉄筋コンクリートの地下構造物。恐らく魔王軍が保有している重砲でも破壊不可能な代物がずらりと国境線に並んでいる。それらは互いを援護しあうように設計され、常に防衛側が優位な射点を維持できるようになっていた。


 魔王ソロモンはいくらゴブリンが使い捨てにできようと、この要塞に馬鹿正直に正面から突っ込めば、突破だけで戦力のほとんどを消耗してしまい、のちの追撃や突破口の拡大において問題が生じると考えた。


 そして1732年危機において魔王軍が転換期にあると言ったのは、このグスタフ線に対抗するための準備を進めているからであった。


「前進、前進!」


 工業都市モレクには陸軍の大規模な試験場が存在する。


 その火砲の実弾射撃も行える広大な土地がモレク陸軍試験場だ。


 今そこで試験されているのはワームである。そう、ゴルト中尉が第一次土魔戦争で指揮していた装甲化されたワームだ。


「少佐。どうかね、ワームどもは?」


「悪くはありませんね、シュヴァルツ上級大将閣下」


 シュヴァルツ上級大将も演習場に姿を見せて尋ねるのは、ゴルト少佐である。彼は第一次土魔戦争の功績から少佐にまで昇進していた。


「陸軍参謀本部は君の部隊こそグスタフ線を突破する破城槌になるだろうと考えている。想像されるグスタフ線での激戦には、君の部隊が必要だと」


 シュヴァルツ上級大将はゴルト少佐に向けてそう告げる。


「我が第501独立重装地竜大隊にお任せください」


 ゴルト少佐がそう自慢気に請け負った。


 彼の部隊は既に大隊規模にまで拡大されていた。それも小規模ながら歩兵と砲兵などを含んだ諸兵科連合として編成されていたのである。


 第501独立重装地竜大隊には45体の装甲化されたワーム、12体の非装甲ワーム、2個小隊の歩兵部隊、2個小隊の騎兵部隊、1個小隊の砲兵部隊、同じく1個小隊の工兵部隊を中心とした部隊だ。


 歩兵と騎兵は主に偵察が目的であり、装甲ワームに先行して進み、ワームが苦手とする渡河などをスムーズに行えるようにする


 砲兵は口径120ミリの重迫撃砲を装備しており、小規模な火力支援を実施。工兵は渡河の支援や沼などの地面の障害に嵌ったワームの救助などを行う。


 この部隊を指揮するゴルト少佐も一国一城の主になったという気分だ。


「君の部隊はグスタフ線を突破するだけでなく、突破後にも活動してもらう。つまりは突破口の拡大であり、撤退する敵の追撃だ。ただグスタフ線を突破しただけでは、戦争に勝利したとは言えない」


「もちろんです、閣下」


 ゴルト少佐の第501独立重装地竜大隊には突破における破城槌であることに加え、その機動力を生かした従来の騎兵の役割ような戦火の拡大も求められていた。


 ゴルト少佐たちはグスタフ線を突破したのちにグスタフ線の後方連絡線を遮断し、脆弱な背後からグスタフ線を襲う。さらにはグスタフ線から撤退する三国同盟の軍隊を追撃するのだ。


 それは騎兵が果たしてきた役割そのものといえた。


 魔王軍における現在の騎兵の地位はそこまで高くない。というのも、今の魔王軍は異常なまでの火力信仰があったからだ。


 魔王軍は火砲を王のごとく崇めている──。


 それはある汎人類帝国陸軍の将校の言葉で、彼は軍事顧問団として第一次土魔戦争を視察した際に、魔王軍の火力信仰を知った。


 ゴブリンたちがけしかけられる前にも必ず大規模な砲撃が実施される。それは短時間ながら強力かつ集中されたもので、ニザヴェッリル軍に大打撃を与えていた。


 これはソロモンによる影響だという魔族もいれば、いやいや陸軍の上が火力のとりこになったのだという魔族もいる。


 いずれにせよ長射程のカノン砲から榴弾砲、野砲までのあらゆる火砲を以てして、魔王軍は敵の前線部隊を粉砕し、予備兵力を拘束し、これまであらゆる戦線を突破してきた。彼らは困難な戦場であるほど火砲をどうあっても前進させる。


 今の魔王軍で力を持っているのは、そんな火力を発揮する砲兵。それに続いて歩兵、それから騎兵という順番だ。


 しかしながら、騎兵の衰退は何も魔王軍だけで起きていることではない。騎兵は両陣営が有する火力が、騎兵突撃を無謀な自殺に変えてしまった。


 野砲の水平射撃、ボルトアクション式連発銃による射撃。そういう火力がこれまでは戦争の勝敗すらも決してきた騎兵突撃を過去のものにしつつある。


 もちろん騎兵には突撃するだけでなく、偵察などの任務もある。未だに機動力の面で騎兵を完全に上回った兵科が存在しない以上、その役割は何かしら残っていた。


 だが、装甲ワームというのはまさに騎兵並みの機動力と騎兵にはない装甲を有している完全上位互換ではないのだろうか?


「まだワームどもは渡河においていろいろと問題を抱えておりますが、それも工兵の支援があればいかほどでもなるでしょう」


 騎兵は障害物が苦手だが渡河においてはワームより柔軟だ。工兵が架橋した浮き橋も渡れるし、ある程度の浅い川なら橋を必要としない。特に魔王軍が使役するバイコーンはその点が非常にタフだ。


 しかしながら、ワームだとそうはいかない。


 ワームは水を嫌うので少しの浅さでも渡るのは難しく、その重量故に工兵の架ける仮設の橋では耐えられなかったりする。


「問題はいろいろとあるだろうが、ここで解決していってほしい。君たちには本当に期待しているのだ。期待を裏切ってくれるな、ゴルト少佐?」


「はい、閣下!」


 シュヴァルツ上級大将の激励にゴルト少佐が応じる。


 彼の第501独立重装地竜大隊はこのモレク陸軍試験場にて渡河の際の手順確認や、グスタフ線を模した陣地への突撃訓練を受けて、それを評価したのちに再び魔王軍東部占領地域へと送り出された


 ニザヴェッリル東部を侵食するように伸びた鉄道がワームを前線へと運んでいく。


 そのころ魔王軍東部占領地域では、依然としてカザーレ大尉が残したグリフォンの死体と情報将校の死体の検査が行われていた。


 魔王軍は外部からパルチザンへと空中輸送で物資が援助されていることに気づきつつある。特に内務大臣メアリーはその拡大した政治力を使って、ことの責任を空軍に対して追及しようとしていた。


「忌々しい女だ」


 空軍のカリグラ元帥はそう呟いたのち、部下にヴィオレット線における哨戒飛行の規模を増大させるように命じた。


 そうやってヴィオレット線を真っすぐ超えるのが難しく成る中で注目され始めていたのが、カザーレ大尉を救出した北回りの北方海を経由する海路だ。


 新たにエスポワールII作戦と名付けられた作戦では水雷艇などの小型船で、北方海に面する場所に向かい、そこでパルチザンとランデブーするというものが計画された。


 しかしながら、それが実行されることはなかった。


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