暴風作戦
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──暴風作戦
1726年5月13日早朝。
『司令部から全部隊へ。暴風作戦発動、繰り返す暴風作戦発動!』
魔王軍北方軍集団に下されたその命令によって戦争は始まった。
さて、ニザヴェッリルの国境には強固な永久陣地が存在した。
ニザヴェッリル東部を国境を接する魔王軍の脅威から守るための、その要塞に対して、魔王軍は一斉に襲い掛かった。
まず襲い掛かったのは空軍の飛行隊だ。
魔王空軍はニザヴェッリル侵攻において第3航空艦隊を編成。その下に空軍の主力を集め、まずは事前に策定した目標への爆撃を開始した。
空軍を構成する魔族とその特徴を記す。
グレートドラゴンは言わずと知れた超大型ドラゴンだ。その巨体は魔術障壁に守られ、同時に強力な攻撃能力を有する。
レッサードラゴンはグレートドラゴンよりは小型であるものの、魔術障壁を備え、限定的な攻撃能力も有する。
ワイバーンはレッサードラゴンと同じほどのサイズであるが、魔術障壁はなく、攻撃力は極めて限定される。
ファイアドレイクはワイバーンより小型で、やはり魔術障壁はないが、その攻撃力はレッサードラゴンのそれに匹敵する。
今回第3航空艦隊の先陣を切ったのはレッサードラゴンで、彼らの役目はニザヴェッリル陸軍の防空網制圧である。事前の偵察で確認していた敵の対空火器を襲撃し、これを撃破することだ。
「東の方角よりレッサードラゴン多数!」
「う、撃っていいのか!? 発砲許可は!?」
ニザヴェッリル陸軍には対空火砲として葡萄弾を詰めた火砲を準備していた。しかし、今のところ、それらは一発も放たれていない。
何故ならば、ニザヴェッリル陸軍の通信網は前日の破壊工作を受けてマヒしており、魔王軍越境の知らせは東部方面軍司令部に届かず、中央にある陸軍司令部にも届いていなかったからだ。
兵士たちは攻撃をしていいのか、それともすべきでないのか、それが分からずに右往左往している中、魔王軍の攻撃は開始された。
『ルキウス編隊編隊長より編隊全体へ! 攻撃目標を視認した! 我に続け! 突撃、突撃!』
『了解!』
レッサードラゴンたちは無線で連絡を取り合うことで編隊を維持している。今、まさに獲物に襲い掛かろうとしているのは2体4組の8体の編隊で、ニザヴェッリル陸軍の要塞に襲い掛かろうとしていた。
『降下、降下!』
そして、レッサードラゴンの編隊はニザヴェッリル陸軍の防空施設に飛来すると一気に高度を落として、急降下するように降下。そして、編隊全体が一斉に魔術で生成した爆炎を浴びせかける。
「うわ──」
攻撃は直撃し、航空爆弾のそれに匹敵する強力な炎と衝撃波が辺りを破壊しつくした。ニザヴェッリル陸軍の防空網はひとつ、またひとつと撃破されていき、魔王空軍は急速に航空優勢を奪取していく。
ニザヴェッリルに現在空軍はなく、防空網をやられれば、そのまま敵の空軍戦力に活動を許すことになってしまう。そして、航空優勢を奪われた地上軍というのは、とても苦しい戦いを強いられるものだ。
『砲兵は事前に定められた目標への砲撃を開始せよ。繰り返す──』
さらにそこに魔王陸軍の砲兵が砲撃を開始。
師団砲兵の口径105ミリ及び口径155ミリ榴弾砲、軍団砲兵の口径210ミリカノン砲を含めた多数の火砲が火を噴き、ニザヴェッリル陸軍の動きを妨害する。
「戦闘工兵、前へ!」
砲撃によって敵の動きを制限し、さらに魔王空軍が航空優勢を握る下で、魔王軍地上部隊が前進を開始。
まず最初に攻撃に出たのは戦闘工兵で、梱包爆弾を背負ったゴブリンが敵を恐れず突き進み、国境線に配備されている鉄条網に爆弾を放り投げて爆破する。ときどき上手く投げられず、爆弾もろとも吹き飛ぶゴブリンがいるが大した損害ではない。
「進め、進め!」
戦闘工兵は続く部隊のために道を切り開く。
鉄条網を突破すれば、次は国境線の壁を爆破。国境線沿いのトーチカに対しても火炎放射器などを使って無力化し、破壊していくことを繰り返した。
急速に国境線に穴が開く中で、ついに魔王陸軍の大部隊が一斉になだれ込んできた。
膨大な数だけは誇れるゴブリンやオークすらも完全に武装させた魔王軍の規模はあまりにも巨大だ。
「て、敵が地上を覆っている! 地面が見えないほどだ!」
「交戦の許可はないのか!? 我々は明らかな侵攻を受けているんだぞ!」
「こうなったら命令なしで戦うしかない……!」
ここに来ても司令部からの命令はなく、ついに魔王軍の攻撃を受けている東部方面軍隷下部隊は独断での交戦を開始した。
ニザヴェッリル陸軍が装備する火砲の多くは未だ前装式の青銅砲で、その射程も、速射性能も魔王軍の火砲に圧倒的に劣る。
さらに言えば、魔王軍の火砲の多くは駐退復座機という機構を有するものだった。火砲の砲撃で生じる反動を低減するもので、これも速射性に関わっている。この駐退復座機を有する火砲を装備するのは魔王軍と他に1か国のみだ。
銃火器も黒色火薬と紙製薬莢を使った単発銃、あるいはライフルマスケットであり、魔王軍のゴブリンよりも装備の質は劣っている。
それでも彼らは猛々しく戦った。魔王軍をこれ以上進ませまいと壊れかけた要塞の中に立て籠もって、降伏を拒否し、戦い続けた。
前線で戦う彼らの稼いだ時間のおかげで他の部隊は市民の避難誘導に着手し始めた。ニザヴェッリル陸軍は地下の居住区に一般市民たちを誘導し、トンネルを通じて西に脱出させようとしている。
そして、このころになってようやく東部方面軍司令部に状況が伝わってきた。
「今まさに我が国は侵略を受けている。中央にはつながらないのか?」
「電信は全て不通です、閣下。魔王軍のゲリラコマンド部隊が後方で活動しているとの未確認の報告が憲兵隊より……」
「クソ。なんてことだ」
ギースラー中将は通信参謀の言葉に呻く。
魔王軍は国家保安省アルファ教導狙撃兵旅団を始めとする特殊作戦部隊を開戦前に事前に浸透させており、それらが電信の破壊や橋やトンネルといった交通の要衝の確保を行っていた。
「憲兵隊にゲリラコマンド部隊の排除を急がせろ。それから電信が繋がらないなら中央に伝令を出せ。『我、魔王軍の攻撃を受ける。敵の攻撃規模は全面戦争』だ!」
「了解!」
東部方面軍はギースラー中将の判断で全面的な交戦を許可され、さらに司令部からゾンネンブルクの陸軍司令部に向けて伝令が放たれた。馬に騎乗した伝令が、ギースラー中将からのメッセージを持って西の首都を目指す。
また前線の状況を確認するための斥候も司令部から出撃し、前線で大地を覆いつくす魔王軍の姿を目撃することとなった。
「閣下! 前線はもうだめです! 要塞の全てと連絡が取れず! 魔王軍が想定されていた防衛線の後方に回り込んでいます!」
斥候の報告に司令部の中の緊迫感が高まる。
「最優先は市民の避難誘導だ。続いて後方に防衛線を構築するために撤退を開始しろ。火砲などは蜂起して構わない。何としてもヴィンターシュミート=ズューデンバッハ線まで後退するんだ」
「了解。ただちに──」
そこでドンと爆発音が響き、司令部の建物が揺れた。
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