使い魔達を働かせて不労所得で人生勝ち組だったけど下克上されました

名無しの権兵衛

序章、栄光に向かって

第1話 楽して生きていきたい……

 世界中にダンジョンが現れて早50年。人類は飛躍的に成長した。

 目まぐるしい程の発展を遂げ、今後100年は安泰だと言われている。

 とはいえ、全ての人間が平等になったわけではない。

 貧困層はどこの国でも、どこの街でも普通に存在している。


 しかし、ダンジョンに潜れば誰でも人生を逆転出来る事は間違いない。

 もっとも、プロの格闘家だろうがオリンピック選手だろうが自衛隊員だろうが簡単に命を落とすのがダンジョンという場所だ。


「楽して生きていきたい……」

「そりゃ皆思ってるわ……」

「宝くじ当たらないかな~」

「夢見るのは誰でも出来るわな……」

「やはり、ダンジョンか……」


 街の片隅、どこにでもあるような高校の帰り道。

 複数の男子学生たちが、誰に聞かせるでもなく、ぼやくように話していた。

 そのうちの一人――朝霧あさぎり悠真ゆうまは、ポケットに手を突っ込み、虚空を見つめていた。


「死ぬぞ? 普通に」

「しかし、夢がある」

「そりゃダンジョンは浪漫の塊だが現実を見ろ。これまで何人もの夢見る少年少女が殺されたと思ってるんだ」

「2万人くらいだっけ?」

「そうだ。しかも、10代から20代だけでだ。ここ数年でそれだけ死んでるんだぞ?」

「でえじょうぶだ。ドラゴン〇ールがある」

「そのネタは今でも通じるけど、俺らの曾爺さんくらいのネタだぞ」

「でも、ドラゴ〇ボールはないけど蘇生薬は存在するだろ?」

「過去に一個だけ確認されたやつな。価値がつけられないって言われて、結局それを巡って争ってたら適当な人間に使われたって話だろ」

「そうそう。そういえばそれってどうなったんだ?」

「詳しくは知らないけど、ネットだと蘇生薬を欲しがってた権力者が腹いせに蘇生薬で蘇った人物を殺したって話だ」

「生き返ったのに、また殺されるなんて可哀想……」


 仲間たちの会話が遠ざかっていく。

 悠真の頭の中では、それまでの会話が反響するように繰り返された。


 ダンジョンは様々な恩恵をもたらしてくれるが、それだけだ。

 結局のところ、人間がダンジョンから産出されたものをどう使うかは本人次第。善であれ悪であれ、どうする事も出来ない。


 だが、法や秩序があるのである程度は抑制できる。

 もっとも、ダンジョンに潜り、超人的な力を手に入れた者達を法で縛る事は出来ない。


 ダンジョンには浪漫と夢が詰まっている。

 勿論、死と絶望もセットであるが。


 しかし、それでも夢見る者達は後を絶たない。

 それだけの魅力がダンジョンに詰まっているからだ。


「俺はダンジョンドリームを掴んで億万長者になるぞ!」

「そうか、そうか。まあ、頑張れ」

「友達ならもっと応援とかして!」

「俺は現実主義者だから。夢を追うのは勝手だがご両親を悲しませないようにしろよ」

「突然、現実を押し付けてくるのはやめようよ……」

「俺は大学受験を頑張るから、お前はダンジョン探索頑張れ」

「くそぅ! なんて薄情な奴らだ! 俺が億万長者になっても後悔するんじゃねえぞ!」

「その時が来たらいいな~」


 選ばなければならない。

 現実を見て、地道に生きるか。

 夢を追って、命を懸けるか。

 その狭間で、迷い続ける自分がいた。


「(俺……どうすりゃいいんだろうな……)」


 誰にともなく呟いた言葉は、夕暮れの風に紛れて消えていった。

 その日はただ、そんなありふれた日常の一日だった。


 しかし――その迷いの中で、彼の運命は少しずつ、確実に動き始めていた。


 ◇◇◇◇


 薄曇りの空の下、ダンジョン探索者養成講習会の会場――と呼ばれるにはあまりに簡素な建物があった。

 コンクリート打ちっぱなしの壁に、雑に貼られた『新人探索者講習会』と書かれたポスター。

 周囲に集まったのは、これからダンジョンに挑むことを夢見る男女、十数名程度。


「……ここ、でいいんだよな?」


 不安げにあたりを見渡す悠真。

 隣では、何となく同じように所在なさげに立つ少女がいた。

 ショートカットの髪に、赤いカチューシャが目立つ。


「……よし」


 少女が小さく息をついた。

 その声に、悠真が何気なく視線を向ける。


「……」

「……」


 一瞬、目が合った。

 お互いに特に何も言わず、すぐに視線を逸らす。


「(この人も、同期ってことか)」


 悠真は、胸の奥で呟いた。

 やがて、建物の中から講師役の男が現れた。


「集まってくれてありがとなー。新人探索者講習、これから始めるから。入場してくれ」


 声を張り上げる講師の呼びかけに、悠真と少女――白神しらがみみお――も列に並ぶ。

 講習は、ダンジョンの基本情報、危険性、探索のマナーや最低限の心得について淡々と進められた。

 悠真は講義を聞きながら、隣に座る澪を時折横目で見た。


「(この子……結構真剣にメモ取ってるな)」


 一方の澪も、視線を感じたのか、ちらりと悠真を見たが、何も言わずにメモを続けた。

 講習が終わる頃、二人はなんとなく「顔見知り」程度の空気感を作り上げていた。


「以上で新人探索者講習は終了だ。それじゃ、実際にダンジョンに潜ってみようか」


 講師の締めの言葉に、会場内は少しざわめいた。


「大丈夫、大丈夫。新人向けのダンジョンで一階層だけだからね。それに安全装置もあるし、引率としてBランクの探索者も同行してくれるから安心して」


 悠真は講師の言葉に、少しホッとしたような表情を浮かべた。


「……まあ、いきなり死ぬわけじゃないしな……」


 しかし、その横顔には不安の色も混じっていた。

 澪も同じように、一度胸を撫で下ろしつつ、資料を閉じる手が小さく震えていた。


「……頑張ろうな」


 誰にともなく呟いた声は、隣の澪に届いていたが、彼女は何も言わず、ただ小さく頷いた。

 こうして、二人は『同期』として、しかし特別な進展もなく、初めてのダンジョン探索へと赴くことなる。


 新人探索者講習会の最終項目。

 朝霧悠真たちは、講師に引率されてダンジョンの入り口に立っていた。


 その前に広がるのは、岩肌をむき出しにした巨大な裂け目。

 空気は冷たく湿り、薄暗い入り口の向こうからはかすかな風音と、得体の知れない気配が漂っていた。


「新人向けって言ってたよな……?」


 悠真は思わず、震え声でつぶやいた。

 講師が手を叩き、探索者たちに声をかける。


「はい。それでは、これからダンジョン探索を開始するのではぐらないようについて来て下さーい。一つだけ注意しておくけど、勝手な行動を取ったら死ぬからね?」

「(大人しく、言うことを聞いてくのが無難だよな……)」


 悠真は必死に自分を落ち着けようとしたが、足が勝手にすくんでしまう。

 横を見ると、同期の澪も無言で剣の柄を握りしめていた。

 澪の手が、小さく震えているのがわかった。


「じゃあ、行くぞ!」


 講師の号令と共に、一行はダンジョンの中へと足を踏み入れた。


 中は薄暗く、湿った空気が肌に張り付くようだった。

 石造りの壁に沿って歩を進めるたび、どこからかポタリ、ポタリと水滴が落ちる音が響く。


「……お? アレは」


 先頭に立っていた探索者の一人が、曲がり角の先を指差した。

 そこにいたのは、小さなゴブリン――

 だが、初めて見るモンスターの姿に、悠真の心臓はバクバクと跳ね上がる。


「落ち着け。Bランク探索者が先陣を切るから、後ろで見てろ」


 講師の声がかかった瞬間、引率の探索者がすばやくゴブリンに接近。

 鋭い一撃でゴブリンを一刀両断した。


「すげえ……!」


 誰かがつぶやいた。

 悠真は息を呑んだまま、その光景を見つめていた。

 それが、彼にとって初めての命のやり取りの光景だった。


 澪も無言で見つめていたが、その肩が少しだけ震えていた。


「(これが、ダンジョン! これが、命を懸けるってことか……。ちょっと、夢見過ぎてたか~……)」


 悠真の背中に冷たい汗が流れ落ちる。

 初めてのダンジョンは、夢や浪漫などどこにもない、生と死が紙一重の世界だった。


 ◇◇◇◇


 初めてのダンジョン探索はつつがなく終了し、悠真たちは講習会の会場に戻ってきていた。

 だが、誰もが疲れ切った表情を浮かべていた。

 ただ後ろをついてくだけでも体力と気力を悠真たちは使い果たしていた。


「……生きて帰れるもんだな」


 悠真は椅子に腰を落とし、膝の上で震える手を無理やり握りしめた。

 周囲の同期たちも、どこか茫然自失とした様子だった。

 講師が前に立ち、声を張り上げる。


「さて、これで講習は全項目終了だ。皆、お疲れさま。君たちには今日の体験を踏まえて、自分の進路を決めてもらう」


 講師はホワイトボードに『職業選択』と書き、一覧を見せる。


「剣士、魔法使い、弓使い、召喚士、僧侶など。希望する職業を提出してくれ」


 悠真は手元のメモ用紙をじっと見つめた。


「(働きたくない、楽したい……! でも、今日のダンジョンでそれは夢物語だと思い知らされた)」


 迷いの中で視線を上げると、澪が真剣な眼差しで『剣士』と書き込んでいた。


「(あいつ……怖かったはずなのに、前に進むのか……)」


 悠真は手にしたペンを強く握りしめ、震える手で『召喚士』と記入した。

 理由はひとつ。モンスターに稼がせる。

 それでも――夢を追いかけたいから。


「あんまり難しく考えなくてもいいからな~? あとで職業は自由に変えられるから、今は興味があるやつを書いておけばいいよ。あ、でも、注意事項として職業を変更する際は講習と訓練、そんでそれら二つのお金が発生するからね~」


 講師のゆるい声に、会場の空気がわずかに和らいだ。

 一瞬、澪の顔が上がり、悠真と目が合った。


「……」

「……」


 お互いに言葉はなく、ただ視線が交わった。

 澪はほんの一瞬だけ、微かに口元を引き締めると、再び視線を落とした。


「(俺も……俺なりのやり方で頑張るしかねぇよな)」


 悠真は自分に言い聞かせ、深く息を吐いた。


「じゃあ、提出してくれた人から順に解散なー。お疲れ様」


 講師の声と共に、会場内にゆるい空気が流れた。


 悠真はメモを提出し、資料をカバンにしまった。

 その背中に、澪の静かな気配があった。


 こうして、悠真と澪はそれぞれ『召喚士』と『剣士』の道を選び、これから始まる厳しい職業訓練に身を投じることとなる――。

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