第8話 伏線
「放っておいて正夢になったらシャレにならないしな。何で俺ばっか変な夢を見るんだよ」
ため息が溢れて止まらない大樹に、清春が確認の意味も込めて尋ねる。
「霊感とか強い?」
「まったくない」
生まれてこの方、金縛りにあったこともなければ、何もない空間で変な声を聞いただのという現象に遭遇した経験もない。
そもそもそういった非現実的なものをろくに信じていなかった。だから最初は夢のことも、単なる悪夢だと笑い飛ばして終わった。
「じゃあ呪われた?」
「誰にだよ」
「瑞原に……だと、危機を知らせる夢は見せない?」
疑問形ばかりの友人との対話に応じ続ける元気はなく、くたびれ度を表現するように机に突っ伏す。梅雨も間近に迫りつつあるからか、ひんやりとした感触が少し気持ちよかった。
「けど大樹はやつれてる。原因は悪夢」
顔だけを上げて「んあ」と適当極まりない返事をする。
連夜寝汗でぐっしょりな悪夢のせいで、六時間以上の睡眠をとっていても、朝の目覚めは爽やかさの欠片もない気怠さを伴う。また変な夢を見るんじゃないかという心理的負担もかなりものだ。
「ゲームで考えれば、何か前兆があったはず」
「前兆?」大樹は聞き返した。
「川原で変な石を壊したとか、定番」
「定番って言われても、俺はオカルトを信じてないしな」
川の近くには川原もあるが、奇妙な石を奉っている話は聞いたことがなく、そもそもそんな場所に用事もなく近づいたりはしない。
そのことも合わせて告げると、清春は首を小さく左右に振った。
「さっきのは例の一つ。場所はどこでもいい」
「要するに、何かしら普段と違う行動をしなかったかってことか」
真っ先に浮かんだのは、臆病なくせに勇気を振り絞って片想い中の女性を助けた出来事だった。
しかし、友人に告げようとしてよくよく考えれば、夢を見たあとの話である。その前となると、やはり思いつかなかった。
「せいぜいが部屋の掃除をしたくらいか。それだって何年振りとかじゃないし……ああ、そういえばついでに押入れの整理もしたっけな」
「それだ」どこぞの探偵よろしく、清春が恰好をつけたポーズで指を鳴らした。「立派なフラグ。何か見つけなかったか?」
「おいおい。さすがに現実はゲームを攻略するようにはいかないだろ。そうできれば楽みたいなことを言ったのは俺だけどさ」
上半身を起こして肩を竦める大樹に、清春は真面目な顔つきでいいから思い出すように促した。
大樹は仕方なしに腕組みをし、目玉を上向かせてぼんやり天井を見つつ、自室で一人大掃除をした日の様子を思い出す。
「押入れに絞って考えると……そうだな、子供の頃に遊んだ玩具が幾つか出てきたな。けん玉とか独楽とか」
清春が不思議そうな顔をする。「けん玉と独楽?」
「小さい頃に昔の遊びが流行ったんだよ。小学校の裏側に小さな駄菓子屋があってさ、そこに売ってたんだ。あとはキャラクターもののメンコもあったな。くじを引いて一等が出ると、特大のが貰えるんだ。そいつは強敵でな、ひっくり返すのにコツがいったんだ」
わざと特大の下に小さなメンコを潜り込ませ、浮かせた角へ縦に切るように他のメンコを叩きつけ、反対側を浮かせてひっくり返す荒業だ。
「言葉にするのは簡単だが、王者の二文字を欲しいままにしていた俺だって成功率は低かったんだ。何なら、今度一緒にやってみるか?」
「いずれ。それより、押入れで見つかったのはそれだけ?」
「ああ、悪い。話を脱線させちまったな。あとはええと……そうだ。昔、祖父さんに貰った人形があった。懐かしくて、見つけて以来、部屋の机に飾ってあるんだ」
子供の頃は祖父さんっ子だっただけに当時の思い出を語ろうとしたところ、瞳の奥を輝かせた親友がまたしても「それだ」と指を鳴らした。
「人形はフラグの宝庫。悪夢のたびに髪の毛が伸びる」
「……俺の祖父さんは呪術師か何かか。普通の幼い男の子の人形だよ。昔はたまに話しかけたりもしていたような気がするな」
「そのうちに魂が宿った」
「それだとゲームじゃなくて、ただの怪談じゃないか」
肩を落として呆れぶりをアピールしたが、清春は顔の前に出した人差し指を左右に振る。実にキザったらしい仕草だが、意外とイケメンな親友にはよく似合う。
「ホラーは立派なゲームのジャンルでもある」
言われてみればその通りだ。頷きつつ、謝るほどでもないので代わりに質問をする。
「そのホラーゲームに当てはめると、俺の悪夢はどんな感じなんだ?」
「バッドエンド一直線」
「聞いた俺がアホだった」
頭突きするように、額を机にくっつけた大樹の肩に手が置かれる。
「回避すればグッドエンド」
「そのための能力が正夢ってか。確かにゲームならあり得そうな話だが……本当にあの人形が? いや、まさかな。何の変哲もない普通の人形だぞ」
起きてすぐ落としたその人形を登校する際に机の上へ戻したが、親友が脅かしたように短い黒髪が不気味に伸びていたりはしなかった。前を見据えるように、今も勉強机から大樹の部屋を見守っているはずだ。
「可能性はある。他だと呪いのけん玉やメンコ」
ゲームだとそういう題材が多いのか、オカルト方面に話を持っていきたがる清春。
さすがの大樹も少しうんざりとしてきた頃、不意討ち気味に透き通るような声に耳を撫でられた。
「二人で何のお話をしているの?」
机の横に立ち、首を僅かに傾けた愛らしい笑顔を輝かせたのは楓だった。
小学校から同じクラスなのもあって人見知りの対象にはなっていなかったが、他校の連中に絡まれていたのを助けてからより距離の縮まった感がある。証拠に、話しかけてもらえる回数が増えた。
「ああ……小学校の頃に、けん玉やメンコみたいな昔の遊びが流行ってたって話だよ」
確信のない夢の話に巻き込むのもどうかと思ったので、実際に話題にもしていた小学校時代の思い出を話す。同じ学校出身なだけに当然、楓も知っていた。
「放課後になると男の子は皆、校舎裏の駄菓子屋さんに集まっていたものね。大型スーパーが出店する前までは、女の子にとっても数少ない遊び場の一つだったわ」
懐かしそうに微笑んだあと、楓は周りを見て不意に表情を曇らせる。
校内にファンクラブが発足していてもおかしくないほど、優れた容姿を持つ少女が寄せてきた唇の艶かしさに、大樹の心臓が痛いほど反応する。
「ど、どうかしたのか? 久しぶりにその駄菓子屋に行きたくなったとか?」
大樹の内心の動揺が表れて、早口になった言葉にゆっくりと首を左右に振り、楓はこの場にいる人間にだけ聞こえるように声を殺した。
「実はね、さっき愛美ちゃんを廊下で見かけたのだけれど、薄っすらと瞳を潤ませていたの。それで何かあったのかと思ってお友達に聞いたら、大樹君と喧嘩していたと言うじゃない。あの……何が原因かはわからないけれど、早めに仲直りをした方がいいと思うの」
本気で心配している楓の顔を見て、大樹は頭を抱えたくなった。
有耶無耶にしようとしたら、今度は楓を怒らせる危険性が出てくる。そうなったら大樹の負う精神的ダメージは悪夢の比ではない。
悩んだ末に、仕方なく笑われる覚悟で事情を説明する。
「笑ったり、怒ったりしないで聞いてほしいんだ」
ホームルームの時間まであと数分。要点だけをかいつまんだ手短な内容になってしまったが、幸いにも楓はアホらしいなどと一蹴したりはしなかった。
「そういう事情があったのね」
楓の反応が意外すぎて、大樹は呆気に取られてつい尋ねてしまう。
「信じてくれるのか?」
「大樹君は適当な事を言って、誰かを傷つけたりする人じゃないとわかっているもの。それに、嘘をつくのならもう少しまともな嘘をつくと思う。だから、私が信じるのは当たり前のことなのよ」
さらりと言ってのけた楓が天使に見えた。三次元に興味がないはずの清春でさえ、感動の面持ちになっているほどだ。
内緒話を終えると、楓は握った両拳を軽く前に出した。気合を入れるポーズも美少女がやると、可愛らしい仕草に早変わりである。
「私、今日から愛美ちゃんと一緒に帰るわ」
その宣言に、ぽーっと見惚れていた大樹も我に返る。危険だと言おうとしたが、事情を知る者が愛美に同行していれば、いち早く異変を察して警戒できる。
どうしようか決断を下す前に、教室のスピーカーから流れるチャイムがホームルーム開始の合図を告げた。
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