唇にダイナマイト
栗原菱秀
恋は善きもの
僕は何でも知っている。知らないものなんて何もない。リンネの『植物の体系』を絵本にして育った僕の頭の中には、この世界のすべてが詰まっている。
僕のことを、みんなは「天才」とか「神童」なんて言っている。
でも、そんな褒め言葉、言われてもちっとも嬉しくないな。
学校なんてつまらない。僕が知っていることしか教えてくれないから。知らないことが知りたいのに。
「ふふ、
お隣さんの
何だよ、この間のテスト、赤点すれすれだった~なんて言ってたくせに。高校生になったっていうのに、小学生の僕より物を知らないんだから。
それなのに、朔実おねえちゃんは僕を子どもだ子どもだと揶揄ってくる。
「うるっさいなぁ! 僕に知らないことなんてあるわけないだろっ」
そう言うと、おねえちゃんはこう言った。
「なら、恋って分かる? 悠真くんは好きな人いるの?」
恋? 好き?
ってあれか、クラスの女子たちが「太田くんってカッコいい」とか「林くんの方が素敵じゃん」とか言ってるアレのことか?
はっ、くっだらない。あんなことの何が楽しいんだ? 好きとか恋だの言ってるから、いつまで経っても勉強できないんだよ。
僕は、そんな意味のないものなんか知らなくたって何とも思わないな。平気だよ。
でも、おねえちゃんはそんなことを言う僕を見て、くすくす笑ったままだった。
「ふんっ、そんなバカみたいなことに考えてる暇があるなら、もう少し勉強しなよね!」
そう言って後ろを向こうをした時、おねえちゃんは僕の腕を掴んできた。僕はびっくりして、思わず無意識におねえちゃんの顔に顔を向けた。
その瞬間、唇に柔らかくてあたたかい感触を感じた。
……!
「恋をするとね、こういうことをするんだよ」
おねえちゃんは僕から離れると、イタズラっぽい目をしてこう言った。
そうして、僕を置いて帰っていった。
ずるい。おねえちゃんはずるい。
僕にこんなことを教えておいて、知らんぷりしたままなんて……。
それが……あの瞬間、僕はただの男に堕ちた。
おねえちゃんの唇が僕の唇に触れた時、僕の中で何かが目覚めたのが分かった。
朔実おねえちゃんの唇の柔らかくてしっとりとした感触、抱きしめられた時に感じた胸の膨らみの弾力、
これらに触れた瞬間、理性なんてものがいかに頼りないものか思い知った。
体の奥で官能が鮮やかに目覚めるのを感じながら、これまで頭いっぱい詰め込んだ知識が、何の役にも立たないことに僕は途方に暮れていた。
「ふふ、びっくりした?」
いたずらっ子のように目を輝かせながら僕の顔を覗き込んでいるおねえちゃんを見て、もう引き返せないと気づいた。
この笑顔を、そして彼女の体を僕だけのものにしたい。他の誰にも渡したくない。
それからの僕の頭は、おねえちゃんのことでいっぱいだった。
夜な夜な布団の中で己の欲望を右手に委ね、恋に溺れるようになった。
そんなことも知らないで、おねえちゃんは僕を「子どもだ」と揶揄ってくる。
「悠眞くん、おはよう」
今日もおねえちゃんは僕を見ると体をぴったりくっつけてくる。
彼女の体からふんわりとあの香りが漂ってくる。
僕は体の奥が疼くのを感じるけど、何もできなくてイライラする。
「離れてよ」
「やーだねっ。悠眞くんと仲いいって自慢したいもん」
まったく、朔実おねえちゃんときたら。
でも、見てなよね。
いつか必ず、おねえちゃんは僕のものになるんだから……。
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