三話 自己紹介

「今年の家庭クラブは二人で~す。拍手~パチパチパチ」


嫌だ嫌だ嫌だ。

怖すぎるこの隣の人と一年間二人きり? え、悪夢かな。

というか彼だってこんな意味わからん私と二人きりは嫌でしょ。


そっと隣の様子を窺ってみる。

少年は存外平気な顔でキノちゃんの話を聞いていた。


あれ、怒ってない。

てっきり怒りっぽい性格なのかと思っていたから拍子抜けだ。

まぁ出会ってまだ十分も経っていない人だ、知らないことのほうが多いだろう。


「じゃあまず最初だから、自己紹介でもしよっか~?」


のんびりした声が私の思考を遮る。

まだこの状況に戸惑っているのですが、もう先進んじゃうの。早くない?


「名前と好きな食べもの、あとは座右の銘なんかも言っちゃおっか。はいというわけで、もう知ってると思うけどこの家庭クラブ担当のキノちゃんで~す。好きな食べものは高校生の恋愛話~。座右の銘は布団から出るには三年、よろしくね~」


え、このノリで続けないといけないのコレ。

自己紹介とか得意じゃないのにさらにハードル上げてきやがったぞキノちゃん……!

てか食べるなよそんなもの……

あとなにその座右の銘、布団から出るには三年?

すっごい共感なんだけど。


「じゃあ次はみずきちゃんお願~い」


「チッ」


本日二度目の舌打ち頂きました。ひぇぇ怖ぇぇ……!

私この後言うのやだ、誰か代わりに言ってくれない?


それにしてもこの少年のことまだ名前しか知らないからちょっと気になるな。

どんなことを言うのか横目で彼の方を見やる。


「はぁ……月渓つきたに瑞希みずき


……。


自己紹介は以上?

とうとう自分の番がやってきた。


いや早いって、言ったの苗字と名前だけじゃん!

面倒くさいよね、うんすっごい分かる。でもさちょっとだけ、頑張ろうよ。

頑張って名前以外も言おうよ、ほんとに。そうしないと……


「……、じゃあ次はまさくんお願~い」


私の番が来ちゃうじゃん!


嫌だよ自己紹介なんて、自己紹介以前に喋ること自体が苦手だし。

体中の毛穴という毛穴から汗が噴き出してくる。


普通のことを、当たり障りのないノーマルなことを言えばいい、そう自分に言い聞かせてみるが如何せん月渓くんから放たれるオーラがすごくて頭が回らない。

でも、言うしかない、言うぞ私……!


「わ、私の名前は川相かわい まさです……」


出だしから噛んでしまったしイントネーションもどこかおかしい。

ええい、過ぎたことは仕方がない、次だ次。


「う、好きな食べ物は、オムライス、す、座右の銘は……努力は、報われる、です……以上です……」


うわぁ酷い。

文節分けしているのかってくらい途切れてる。


好きな食べ物オムライスっておかしくないかな、別に変じゃないよね。

座右の銘に関しては決めていなかったから思い付きで適当に言っちゃったけど、こんなのでいいのかな?


何を言えば正解なんだ、わからないよ。

自己紹介のせいで最悪なスタートダッシュだ……


「は~いこれから一年間よろしくね~まさくん」


キノちゃん、こんな自己紹介に反応してくれるなんて優しいしとてもありがたい。

まぁでも、このノリにしたのはあなたですけどね……


そういえば月渓くんの反応はどうなんだろう。

気になったのでちょっと横を盗み見てみることにした。


チラリラ


私は今日二回目となる万華鏡を覗いていた。

月渓くん、なんでこっち向いてるの……


この状況、月渓くんはなぜかこちらを見ていた、そして私が彼の方に向いてしまった、つまり私が彼を見たのはバレているということで先程のように私が目を逸らすのは流石に不審すぎて目が合ったまま動けない、という状況なのである。


今日のさっきあったばかりの人と見つめ合うしかも激強面の、これはなんとしても早急にそして自然に目を逸らしたい。ほんとに勘弁してほしい。

彼はそんな私の葛藤なんか露知らずな様子でじっと不思議そうに見つめてくる。


そんなに私の顔が気になるの? いやそんなことは、顔に何かついてるとか……

とりあえず今のところは私が月渓くんのことを盗み見ようとしたことは怒っていなさそうなので良しとしようか。


何度見ても眩しくて直視できない端正な顔立ちから目を逸らさぬよう懸命に目を開いていたがそろそろ限界が……


「ねぇ、もしかして二人ってもう仲いい感じ~? 見つめあってるし」


ぬぁ!びっくりした……! おお、キノちゃんか。

驚いた拍子に目線を外しちゃったよ、これはこれで自然っぽいしいいか。

ってなんかキノちゃん誤解してません?


「いやっあの、ついさっき教室の前で知り合ったばっかでまだ全然話してもないというかあの、そんな親しいとかでは……!」


「ほんと~?」


キノちゃんは私に聞くだけじゃ納得できなかったのか月渓くんの方を向き、煽るように微笑みながら問いかける。


「何?」


月渓くんは言葉数が極端に少ない人なのか。

たった一文字で、俺に話題を振るなと言わんばかりの雰囲気を纏った彼には流石のキノちゃんでも引かざるを得ないようだった。


「ごめんごめん、ただキミたちなら仲良くなれるかな~って思っただけだからさ」


すごいな月渓くん、キノちゃんという教師に対してこの態度とは。


ん……? 今、私たちなら仲良くなれそう、とか言った?


どこをどう見たらそうなるのか、こんな怖い月渓くんとその真逆の弱々な私なんかじゃ天変地異が起きたって仲良くならないと思うんだけど。


「は~い、じゃあ私がキミらを仲良くさせちゃうからね~ってことで今後の授業内容を決めたいと思いま~す」


ふう、やっとこさキノちゃんが教師らしく喋り始めてくれた。

私はキノちゃんの話を思考の片隅で聞きながら心の中で思った。

私この授業で生きていけるのかな……

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