第4話 恩返しの約束 後編
金曜日当日の放課後、俺は彼女と出会った場所に来ていた。本当は嫌だったが、アルバイトは今日は休みって連絡を入れたから問題ないだろう。
亜麻色の髪の少女は、そこに立っている。
「え、えっと……塚内君、こんにちは」
「? その声……あの時の子か、どうしてそんな格好してんだ?」
俺が助けた美少女らしき人物はなぜか今日見た目を変えていた。サイドアップ? ワンサイドアップ、だったか? みてーに、左側の髪を白いリボンでくくってたと思うんだが。目の前の少女は、どう見てもメカクレ女子って奴だ。
大きめな丸眼鏡で、目じりの下のラインはなんとなくわかるが、髪の毛をローツインテールにしているし……なんか見た感じ、本当に芋っぽい。
なんでわざわざ変装みてーなことしてんだコイツ。
「え、えっと、ここだとあれだから図書室に行こ? 人、あそこならあんまりいないし……説明しますからっ」
「……わかった」
頷くと彼女の後に続いて図書室へと歩いていく。廊下につくと、俺と彼女の歩幅が合っていないことに気づき、気づかれないようにそっと合わせる。
「……た、タケル君は図書室よく来るよね?」
「勉強のためにな、本は基本読めねえけど教科書のはわかるようになりてぇからよ」
「……そっか」
図書館の扉までやってきた二人は中へと入る。
100年ほどの歴史がある
伝統を思いやり、なおかつ自分たちの人生を教訓として伝えようとする図書室はあまりにも
図書室を利用する人間が多くなく、ほぼ訪れる人間は敷居学校の近くにある
俺が彼女を探していたせいもあって、夕方にさしかかっている。
……こんな俺が他の同級生に気軽に聞けるわけでもないわけだしな。お互いに話をするということで、一旦席に座った。
「……それで? 本当にお前は、水曜日の時の奴か?」
「ちょ、ちょっと待って! こ、これならどう?」
少女は髪のゴムと眼鏡を取って、ヘアピンを左側に差せばあら不思議。
前髪で隠れていた双眸が見え、サファイア色の輝きが現れる。
間違いない、一昨日の女子生徒だ。
「……本当にアンタだったのか」
「え、えっと……わ、私は
「……誓約だぁ?」
「わ、わかりやすく言えば約束ってことだよ!?」
「いや、それくらいはわかるわ」
なんかコイツから
「って生方、って生方恵と同じ苗字だな……ん?」
「そう! ……だからえーと、えっと、えーっと、塚内君はお弁当いつも菓子パンだよね!?」
「あ? ……だったらなんだよ」
「お願い! 一昨日のこと、他の人に言いふらさないで!! 後生ですっ」
両手の合わせ叩いてから神にでも拝むようにタケルに手を合わせるひまりにタケルは思わず驚く。
タケルにとっては当然、彼女が勝手に不利になるようなことは言わないと元々誓っていたのだが、彼女はどうやらお互いに条件を
「後生って……言いふらさねぇよ、別に」
「た、他意はないのはわかってます! でも、念には念を、って大事でしょ?」
「……なんでだ? 普通、助けた奴のことの秘密バラすなんて真似する理由がねぇだろうが」
「え、えっと……って、そういう意味じゃなくて!! 私が言いたい一番はこれなの!!」
「?」
「私、タケル君のご飯作るからっ!!」
バン、と力強くひまりはテーブルを叩く。
強い決意の込められた瞳にタケルへ真摯にひまりは問う。
「その、
「おう……お前、芸能人の娘なんだよな」
「……そう、です。おかしいです、よね。芸能人の娘なのにちゃんとした格好だったり、綺麗にしてなくて……芸能人の娘に産まれるなんて、好きで生まれてきたわけでもないのに、みんな、色々値踏みしてくるから。こうやって隠さないと、いけなくて」
ふとタケルはフラッシュバックして頭に自分の言葉が過る。
『……なんで俺がこんな生き方しなくちゃなんねぇんだよっ!!』
誰かを殴って、傷つけて。
怒りが抑えきれなくて。
みっともなくて、情けなくて。
そんな前の自分と、どうしても生方が被って見えた。
まったく違う環境であるはずなのに、彼女の言葉の一つ一つがタケルの琴線に触れた。
「……私、目立つの嫌いだから。好きでこんな顔になったわけじゃないけど生まれたからにはずっと付き合ってく物だってわかってる。わかってるの。両親もお姉ちゃんたちもみんな悪くないけど、どうしても素顔を晒してるとお母さんやみんなに他責思考ばっかりになっちゃって……だめ、ですよねこんなの」
困ったように視線を逸らしたと思えば、泣きそうに笑ってくる。
『なんで俺が普通の生き方しちゃいけねえんだよ、他人ばっかずりぃじゃねえか!!』
『大丈夫、大丈夫だタケル』
頭に過る声が、リフレインする。中学三年の頃、爺さんと大喧嘩して、不良をやめるきっかけになった日のことを思い出す。
爺さんがいなかったら、いまもまだ不良やってたとは思う、うん……もしかしたら、こうやって生方を助けることだって、きっと。
「……芸名、本名ってことだろ?」
「うん、小さい頃は隠さなかったけど、色々嫌な目に合ってさ。ストーカーとか、変態な人に出くわしたり、とか、その……だから、その……ね? 人間不信になっちゃって……自然と、誰かに顔を見られるの、苦手になっちゃったんだ」
美人の家系の娘として生まれたから故のトラウマ、的な奴か。普通の一般家庭で美人過ぎて困る、なんざ、は? って話で嫌味にしか聞こえねえが……美人過ぎる人間にはそういう問題が付きまとうんだな。
「……そうか。でももったいねえな。綺麗な顔なのに」
「え? 塚内君も、私の顔、綺麗って思うの?」
「……嘘ついてどーすんだよ」
「そう、だよね。やっぱり綺麗な顔だよね……そう、だよね」
ぎゅっとスカートの裾を掴んで泣きそうな彼女に俺は素直な意見を口にする。
「でも俺、お前の顔嫌いじゃねえよ。お前の顔って感じする」
「え……?」
「お前の親御さんはテレビで見ることあっけど似てる程度で、お前の顔は生方ひまりの顔って感じにしか思わねぇよ。そもそも別の人間じゃねえか」
「……塚内君、っ」
涙を頬からぽろぽろとあふれ出し急に泣き出すひまりに、慌てながらタケルは行き場のない手を迷わせる。
「!? どうした!? な、泣くなよっ」
「なんか……ちょっと安心しちゃった。ご、ごめんね。気持ち悪いよねっ、すぐ、泣き止む、からっ……あれ? なんでだろ、止まらないや」
「……だったら、泣きたいなら、泣けよ」
「え? わっ」
俺の胸の中に招き込んだ生方を背中を抱いて固定する。
生方が逃げないように、言葉にできない激情を少しでも落ち着かせるために。
涙を流すという形で吐露させて、心が楽になるように。
「塚内、君……?」
「初対面の奴にこうされんの、嫌だよな。でも、俺ができることはしてやる。来週から弁当作ってくれる最初の礼、みたいなもんだ」
「……で、でも」
「今、誰もいねーし、俺も見えねーから」
「……っ、う、うぅ、うわぁああああああああああっ……!!」
背中を擦らずに、ただ俺は彼女の心の悲鳴でできた涙を、隠すことに徹した。
生方が、少しでも胸の中が楽になるように。彼女が泣くのに数十分が経って、気が付けば生方は俺の胸板を押し返してきたので、生方の背から手を離した。
「……ぐす、うぅ……ごめ、ごめんね、塚内君」
「大丈夫そうか?」
「う、うん……塚内君は、本当にカッコイイんだね」
「? 何か言ったか?」
「な、なんでもないっ、そ、それよりも、ど、どうなの!? お弁当は嫌!?」
「……正直、ありがてー話だけどよ。お前が負担になるんじゃねえのか?」
正直な話、赤の他人レベルの女に感謝をされることがなかった俺にとって、全部溌な出来事過ぎて、状況への理解が追い付かねぇ。
ましてやただ放っておけなくて助けちまったことに贈り物までもらう主義なんざ持ち合わせてねぇし。
どうすりゃ、いいんだ? これ。
「大丈夫だよ、お金の心配とかしなくていいし」
「でも嫌だったはずだろ……こえー奴に優しくすんの。世の中、そういうもんだって俺もわかってるから、そこまで気を回さなくていいぜ。逆に、お前が疲れんだろ」
「つ、塚内君……」
「……わりぃ、余計なお世話的発言だわ。これは」
タケルは頭の後ろを掻きながら、苦笑交じりに言う。
「そ、そんなことないよっ。塚内君なりの優しさ、でしょ?」
「……別にそういうんじゃねぇよ。って忘れてた……と、はいこれ」
「ん? 何? わ……綺麗っ」
彼女に見せたのは俺が汚しちまったハンカチとお詫びの俺が選んだファンシーな感じも見受けられるピンク色の蝶が描かれたハンカチだ。結局、汚しちまったハンカチからの判断だったが、こんな優しい奴に似合う物って考えたら同系統に結局なっちまってた。情けねぇ。
「これ、大切にしてたんだ……こっちの方も私好きな奴だよっ、ありがとっ」
「そ、そうか? よかった」
「うん、ありがと塚内君っ」
生方はぎゅっと俺の両手を掴んでくる。
「塚内君、今後ともよろしくねっ!」
「……お、おう」
俯くタケルは女子の手って柔らかいんだな、と気恥ずかしさに首まで顔を赤らめる。
ひまりはタケルの顔を見てくすっと笑った。
「照れ屋さんなんだっ塚内君って」
「……るっせぇよ、バカ」
「え!? あ、ご、ごめん」
「いや、ちが……俺の言うバカは口癖みてーなもんで、そこまで重く取らなくていいっつーか……バカだけでビビんなって」
「え? あ、うん……えへへっ、優しいね! 塚内君っ」
「……っ、勝手にしろ」
……胸が高鳴ってしまうこの現象に名前を付けられない。
純愛の恋人同士がいなくては人類の繁栄はない……とまではいわない。
純粋な恋じゃなくても、子供を産んでしまう女は世の中にはたくさんいる。
世界に愛憎がなくては人類史って物語が成立しないのはわかっていても。それでも、自分たちが純愛を描いて、子供を育てて、普通に生きれたら真っ当な人生が送れたと、全ての人類はその二人を、愛し合っていたと評価するのだろうか。
どんな形だろうとそれは、恋だと片づけるのだろうか。
わからない、わからないけれど。
きっとこの感情はまだ、俺にはよくわからないものでしかなかった。
その日、彼らは偶然的な出会いで、運命的な縁を結ぶ。
——二人の恋は、まだまだ始まったばかりである。
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