4-2 望む未来
「じょ、冗談ですよね?」
久留島は引きつった顔で笑う。声は不自然に震えていたが、明るい空気をどうにか作ろうとする。そんな努力を双月はあっさり切り裂いた。
「冗談でこんなこと言うわけないだろ」
真面目に聞けと視線で圧をかけられる。久留島はお粗末な笑顔を引っ込めて、テーブルに視線を落とした。
食べかけだった美味しそうな朝食が、とたんに味気ないものに見える。ツヤツヤしていた米も、脂が乗った魚も、シンプルで美味しい味噌汁も。全て色を失ったみたいに見える。
「外レ者の外レるは二つの意味がある。人の理から外れると、人の道理から外れるだ。簡単に言うと、人間ならやらないこと、やってはいけないことをすると化物に体が変化する。俺の場合は人殺しだ」
他人事のようにあっさり、双月はそう言った。耳に入った言葉を否定したいのに、重苦しい空気が邪魔をする。
チラリとイルを見れば、悲しそうな顔で双月を見つめていた。そこにあるのは同情だ。
「自分を悪者みたいにいうな」
「どう考えても悪者だっただろ。あの場にいたのに、よくお前は俺をかばえるな」
諌めるような口調の緒方に対して、双月は顔をしかめてみせた。心底不快だという顔は、双月が緒方に向けたことのない表情だった。それを正面から受け止めた緒方は眉を寄せる。
「雄介、お前は俺に対して情を持ちすぎだ。初めて会ったとき、俺に殺されそうになったことすら忘れたか」
緒方は眉を寄せて黙り込む。その反応は覚えがあるというものだった。ということは、双月が語ったことは事実なのだ。
「生まれのせいとか、血筋のせいとか、お前は俺をかばうけどな。血筋がどうあれ、やったのは俺だ。だから俺は人ではなくなった。俺が外レたのは罰であり罪だ」
双月はそういい切ると久留島を見つめた。体がこわばる。双月の射抜くような視線に慣れてきたのに、今日は体が震えて仕方ない。
「久留島、お前は素質がある。素質があるということは簡単に外レるということだ。死ぬかもしれない状況に陥った人間は、死にたくないと強く思う。それが執着になる」
つまり、外レる条件が二つ揃ってしまう。
久留島は唾を飲み込んだ。
「人間のまま死にたいなら、絶対に人の道理から外れた行動はするな。どんな状況に陥ろうとも、人を呪うな。人を殺すな。当たり前に思えるが、人は追い詰められれば理性が外れる。後悔しても遅い」
お前は絶対に間違えるなと強い眼差しが告げている。怖いと思っていたのに、人を殺したと聞いて失望のような感情を抱いていたのに、久留島から恐怖がすっと抜けた。
双月は久留島のことを、心の底から心配しているのだと気づいたからだ。
「……双月さん……。大事なことだからって自分が悪役にならなくても……」
ため息混じりにそう言うと、双月が片眉を釣り上げた。久留島をじっと見つめてから緒方に視線を戻し、理解できないという顔をする。
「なんでお前ら、俺を拒絶しないんだ。俺が人を殺したのは事実なのに」
「それが罪だと理解して、罪を償おうとしている奴に石を投げるほど、傲慢な性格はしていない」
緒方は腕を組み、双月を睨みつける。少し怒っているように見えた。付き合いの長い双月には緒方の心情がハッキリ分かったようで、ビクリと体を震わせる。
「双月、お前は十分に反省してるだろ」
「……名前呼ぶのはずるいだろ……」
苦い顔をする双月の様子がいつもと違って、久留島は目を瞬かせた。そんな久留島を見て、緒方が説明してくれる。
「双月の糧は名前を呼ばれることなんだ。親しい人間に」
「雄介……」
「資料見たら分かることだろ」
そうだけどと、ブツブツいいながら双月はそっぽを向く。
久留島には双月の反応がよく分からない。他の外レ者に比べて、名前を呼ばれるだけでいいとは、なんと簡単だろうというのが本音だ。これを口に出したら怒られそうなので黙っているが。
「親しいというのが、ポイントなんだよな」
「黙れ」
ニヤニヤ笑う緒方の脇に双月が肘を入れる。緒方は変わらず笑っているから、手加減されているらしい。
「双月にとっては久留島は大事な後輩なんだ。だから心配するんだろうが、過保護じゃないか?」
「久留島が最初にいったんだ。普通の生活を送りたいって」
双月はそこで言葉を区切ると久留島を見つめた。
「お前が望むなら、特視から抜けられる」
「えっ!?」
それはあまりにも予想外で、久留島は目を見開いた。定年までここで、死なないように頑張るしかないと諦めていた。知れば知るほど、タガンと契約したらしい自分が、特視から離れられる気がしなかったからだ。
「お前が監視対象であることは変わらないが、四六時中見張る必要はないと判断した」
「どういうことですか?」
「タガンの目的は、すでに達成している。それが特視の結論だ」
双月はそう言い切った。意味が分からない。周囲を見渡すと緒方は平然としていたが、風太とイルは動揺していた。
「タガンの目的は、お前を含めた自分の血をひいた子供たちの保護だ。そのためにわざとお前に匂いをつけ、俺達に見つけさせた」
「あとは俺達が勝手に調べて、勝手に保護してくれる。タガンという神は随分頭がいいらしい」
双月の言葉を引き継いだ緒方は、そういって肩をすくめた。
「資料整理で外レ者についての知識はついただろ?」
「……前よりは」
「お前の身はタガンが護るだろうし、クティも様子を見るって言っていた。相当気に入られたみたいだから、悪いようにはされないだろ」
クティの名を出しながら双月は顔をしかめた。クティに様子を見られているというのは恐ろしくもあるが、心強くもある。あれだけ強い外レ者に気に入られていれば、久留島にちょっかいをかけてくる存在は相当減るだろう。
「なにかあったら遠慮なく連絡してくればいい。特視は必ず協力しよう」
「ちょっ、ちょっとまってください! なんで俺、異動することになってるんですか!?」
慌てて緒方と双月を止めると、二人に不思議そうな顔をされた。久留島がそんなことをいうなんて、少しも考えていなかった反応だ。
「……お前、一般人に戻りたいんじゃなかったのか?」
「戻りたかったですけど……、この生活にも慣れてきましたし……」
配属初日のように、異動できるならすぐにでも! という強い意志はなくなっている。助けを求めて黙っている風太とイルに視線を向けると、二人とも神妙な顔をしていた。それが少しでも、久留島がいなくなるのが寂しいという感情であればいいと思った。
「この仕事は危険だって、まだ理解できてないのか?」
「理解できてます! マーゴさん、めちゃくちゃ怖かったし!」
「なら、悩む必要ないだろ」
双月は苛ついた様子でそういった。トゲトゲした空気に久留島は萎縮しそうになる。そんなに自分の考えはおかしいのだろうか。もう少し、ここに居たいと思ってしまっただけなのに。
「まあまあ。突然のことで久留島も驚いてるだろうし、すぐに決めろは乱暴だろ」
「悩むことじゃないだろ」
緒方がなだめても双月は納得のいかない顔をしていた。緒方は「双月」とハッキリ、一言一句を染み込ませるように名前を呼ぶ。
双月は眉を釣り上げたが何も言わなかった。
名前を呼ぶだけのやりとりは何度か見たことがある。仲がいいんだなと思っていたが、双月の糧が名前を呼ばれることだと知った今では、重要なやり取りなのだと分かる。
「異動するにしても、彰さんに会わせてからって話だっただろ。詳しい話は帰ってきてからにしよう」
緒方の言葉に双月は鼻を鳴らすと立ち上がる。食器を重ねて流し台に持っていく姿を緒方は苦笑交じりに見つめていた。
「久留島、勘違いしないでくれ。双月はお前を追い出したいんじゃなくて、心配してるんだ」
「……分かってます」
分かっているけれど、寂しいのである。それ以外にも言葉にしがたい感情がグルグルしている。下を向いて黙り込む久留島の頭を緒方は撫でた。それから双月と同じように食器を持って、席を立つ。
「僕は久留島くんがいなくなるの寂しいけど、双月さんの言う通りだと思うよ」
黙っていたイルが唐突にそんな事をいう。お前までと八つ当たりじみた気持ちで顔を上げると、イルは悲しそうでありながら優しい顔をしていた。
こういうとき、イルの顔を美形にしてしまったことが悔やまれる。
「僕はここにまあまあ長い間いたからね。帰ってこなかった人もいたし、残されて悲しんでる姿も見てた。前は他人事だったけど、僕に体を与えてくれた君が死んだら、僕はすごく悲しいと思う」
イルはそういって微笑んだ。そんな悲しそうに笑われてしまったら、それ以上何も言えなくなる。もう少しここに居たいというのが、自分のどうしようもないワガママのように思える。
「俺は好きにしたらいいと思う」
硬い口調で風太は言った。顔もいつもよりこわばっていて、なんらかの感情を必死に抑えているように見えた。
「人間なんて、元々長く生きないんだ。弱っちくて、すぐ死ぬ種族なんだ。だから、好きにしたらいい」
「つまり、久留島が居ないと寂しいからいかないでくれって?」
「んなこと言ってねえだろ! バァーカ!!」
イルが茶化すようにそう言うと、風太は顔を真赤にして叫び、食器を片付けることもなくダイニングを飛び出した。
イルが「仕方ないなあ」と言いながら、風太の分と自分の分を片付ける。
気づけばテーブルの上に並ぶのは、久留島の食器だけになっていた。
「どうしよ……」
ポツンと残された食器たちが今の自分と重なって、久留島は胸が苦しくなった。
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