仲間になろう


「うん、大丈夫。それにしてもみんな、仲がいいんだね」


 三人を見て抱いた第一印象を告げると、みんなの顔が——特に、夏海の顔が、水をもらった花のようにぱっと明るく咲いた。


「そうなの! 理沙ちゃんはしっかり者で優しくて、龍介は時々意地悪だけどやっぱり優しい。私の大好きな友達なのっ」


 声を弾ませて僕の言葉に同意する夏海が、幼い少女のように素直で、そばで見ていた他の二人は恥ずかしそうに頬を赤く染めた。


「夏海、また初対面の人にそんなこと言って。まあ嬉しいけどね」


「そうだな。夏海っていっつもこんな調子だから。こっちまで無駄にポジティブになるよ」


「無駄に、は余計じゃない?」


「はは、だって無理やり前向きにさせられっからさ」


「むう」


 むくれる夏海の肩を軽く叩き、「まあまあ」と宥める理沙。完璧に調和のとれた三人の掛け合いを見て、僕はなんとなく身体を後ろに引いてその光景を眺めていた。


「……ごめん、うるさかった?」


 突如賑やかだった声が止み、夏海が心配そうに僕の顔を覗いてきた。先ほどまで理沙と笑い合っていた彼女が、まさか僕のことを気にしてくれているとは思っておらず、僕は思わず「えっ」と声を上げた。


「いや、大丈夫。すごく、楽しそうだなって思って」


 僕の返事を聞いた夏海の顔がほっと安心したものに変わる。


「理沙ちゃんや龍介と一緒にいると私、いつもこうなの。楽しくてつい周りが見えなくなっちゃう。でも今日からはもっと大変ね。春樹くんも仲間に加わったんだから」


 仲間、という言葉の響きは、どこか甘美で憧れに満ちていた。

 僕は生前友達が少なく、漫画やドラマで見るような爽やかな青春時代を送った記憶がない。

 でも、目の前にいる夏海や、理沙、龍介は、僕を仲間に入れることに何の躊躇いもないように見える。

 それが僕にはまぶしくて、どうしようもなく胸が震えた。


「仲間って、いいの?」


 震える声でそう尋ねる。


「当たり前だろ」


「ていうか、ここで目覚めて最初に私らと話した時点で、あんたの運命は決まってます!」


 龍介と理沙が綺麗な笑顔を浮かべて僕の方に手を差し出してきた。

 夏海もすかさず、その手に加わる。三人の手を、僕は順番におずおずと握っていった。


「よっしゃ、決まりだな。これで春樹は俺たちの仲間だ。嫌になって逃げたって、地の果てまで追いかけてるからな!」


「それ、もはやホラーだよ」


「おお、今日初めてにしてそのツッコミ! これは期待大だな!」


「あんたのくだらない冗談に付き合わせないでよ。ねえ?」


「あ、ああ」


「ふふ、みんなおっかしー。私はゾンビ映画好きだけどな〜」


 ひとり天然な反応をしている夏海が面白くて、僕は思わず口から笑みがこぼれた。ここで目が覚めてから、一秒も何も考えない時間がない。出会ったばかりの三人に、僕は早速感謝をした。


「ありがとう。声をかけてくれて」


「えーそんなお礼言われることじゃないよ! だって気になるじゃん。新しい人を見つけたら、私がいち早く声をかけるんだーっていつ

も思ってるの。でも、毎回そうもいかないから。たまたま今日、春樹くんを見つけて起きるまで一時間も待っててよかったー!」


 起きるまで、一時間も?

 初めて聞いた事実に、僕は目を瞬かせる。

 教室で僕が眠っている間、夏海はずっと僕が目覚めるのを待っていてくれたのか。たぶん、目覚めた時に誰もいなかったら、僕はこれから始まる高校生活に不安でいっぱいになっていただろう。


「いや、本当に、ありがとう」


 まぶしいくらいに明るい彼女の瞳が、突如潤んでいくのを見た。


 教室の窓から差し込む朝日の光が、僕と、夏海の間をまばゆく照らす。光のカーテンのように現れたそれは、美しい純白のドレスを着た花嫁を包むベールのようにも思われて、僕の心臓が大きく鳴ったのが分かった。


「……ありがとう」


 彼女の口から漏れて出た儚い声に、その場にいた僕も、そばで見ていた龍介と理沙も、はっと息をのんだ。それくらい、珠のような涙を浮かべる彼女の姿は美しかった。

 窓から吹き込む温かい風が、僕らの間をすっと通り抜ける。

 新学期、ディーン高校での春は、こうして始まりを告げた。



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