『Dean Earth』

「案内人って、どういうことだ?」


 死後の世界なのだから、何が起こっても驚かない——なんてことはもちろんない。

 そもそも、自分が死んだ後に人生の続きのような時間があるとも思っていなかったし、姿の見えない自称案内人の声は、どんなにきれいでも薄気味悪く感じてしまう。

 僕のそんな心の声が聞こえたのか、案内人はコホン、と可愛らしい咳払いをして再びこう言った。


——そうですね。簡単に言えば、あなたがこの世界でまっとうに生きられるように、導くための声、とでも言いましょうか。あ、でも勘違いしないでくださいね。わたし、こう見ても暇じゃないので。そういつもいつも出てくることはできません。


「はああ?」


 説明を聞いて、余計訳が分からなくなる。

 僕は死んだんだ。死んだのに、「まっとうに生きられるように」って、なんの茶番だ? それに、暇じゃないとか、人間みたいなことを言うんだな。


——まあまあ、そう焦らないでくださいよ。時間だけは、無限にあるんですから。わたしは、あなたにこの世界でのちょっとしたルールを教えるために出てきたんです。それが終わったらたぶん、もうほとんどあなたの前には現れないと思います。


 現れるもなにも、そもそも実態すらないのだから言葉が間違っている。

と、そんなことは置いておいて、ルール? 死後の世界なのに、ややこしいルールがあるのか。死んだ後ぐらい、そっとしておいてほしいんだけど。


「ルールって言っても、僕にはここがどこかということすら、分からないんだ。それに、死んだはずの自分がどうしてまだこうして息をしているのか。何もかも、分からない。きみは、誰だ? 僕はどうしてここにいる?」


 だんだんと頭の中がキンキンと痛くなってきて、僕は頭を抑えた。少しでも楽になろうと、目を瞑って呼吸を整える。すー、はー、すー、はー。無理やりにでも吸い込んだ空気は、身体の中を流れる血液に勢いを与える。心が次第に落ち着いて、草原の草が風に揺れる音や森の向こうから聞こえてくる鳥のさえずりが、聞こえるようになった。


——やっと、落ち着いてきましたか? 一気に話してしまうと、大体みなさんあなたのようにパニックに陥るんです。じゃあ、まずは状況を整理するところから始めますね。


 嫌に気を遣うようなそぶりを見せる案内人は、これまで僕以外にもこの場所で死後の世界のルールとやらを伝えてきたらしい。

 先程まで脈々と打ち続けていた僕の心臓は、ようやくこの案内人の声に耳を傾けるべく、安定した鼓動に変わった。


——それではまず、この世界の説明から。

ここは、お察しの通りあなたのように、自ら命を終えようとした人と、とある特性のある人たちが運ばれてくる世界です。とある特性のある人、についてはまた後ほど触れますね。この世界は通称『Dean Earth』と呼ばれています。


「Dean Earth ……?」

 とある特性のある人、というところも気になったが、耳慣れないその名称に、僕は再び聞き返してしまった。


——はい。『Dean』というのはこの世界をつくった人の名前です。創造主、とでも思っていただければ結構です。『Earth』はそのまま「地球」ですね。


「はあ。『World』じゃなくて『Earth』なんですね」


——そうです、『Earth』。Daenさんのこだわりで、つけられた名前です。


「そうなのか」

 聞けば、『Earth』という名前にそれほど意味はないように思われるが、創設者Deanの趣味のようなものなんだろう。世界ではなく地球。より物質的な響きに聞こえる。


——さて、『Dean Earth』であなたはこれから生活することになります。年齢も身分もそのまま、高校三年生として。

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