第25話 女医さんは既成事実を作りたい
「ただいまです。ちょっと、運転で疲れちゃいました。先にシャワー浴びても良いですか?」
「どうぞ」
自宅に着いた頃にはすっかり暗くなってしまい、京子先生も運転しっぱなしだったせいか、流石に疲れが見えていた。
運転を代わろうかと何度も言ったんだけど、京子先生は俺のパニック発作を心配して、拒み続け、結局、ずっと京子先生に任せっきりになってしまった。
まあ、慣れない車で事故に遭われても困るけど、それより今後の事だ。
京子先生の両親にも紹介されてしまい、すっかり外堀を埋められてきている感じがするが、このまま既成事実を積み重ねられては堪ったもんではない。
何より、俺の稼ぎなんぞ当てにしてないという先生の言葉もかなりショックだった。
言いたいことはわかるし、先生の収入を超える稼ぎがほしいなんて、こっちも思ってはいないが、もうちょっと頼りにして欲しいというかさ……。
「はあ……やはり、このままではいかん」
ベッドに寝転がり、スマホで求人サイトを閲覧する。
仕事、仕事……電車通勤は辛いから、近場でないだろうか?
その前に住む場所を見つけないといけないんだが、定職に就かないと、部屋を借りようにも出来ないし……ああ、困ったな。
「くそ、どうすれば良いのか」
この家に居る限り、京子先生の目を逃れる事は出来ないと言っていい。
やっぱり、実家に帰った方が良いのかな……他に行く宛もないんだけど、実家に帰っても、何をするんだって話だしなあ。
トントン。
「っ? はい」
「失礼します。シャワーを浴び終わりましたわ」
「あ、ああ……って、先生、何て格好してるんですか!」
何て事を悶々と考えていると、浴室から出て来た京子先生がバスタオルを一枚巻いたままの姿で、俺の部屋に入ってきた。
「んもう、決まってるじゃない。ねえ、英輔。私達も、そろそろ大人な関係にならない?」
「お、大人の関係とは?」
「しらばっくれても無駄よ。もう、両親公認の仲になったんだから、遠慮する理由なんかないわよね」
「そ、そうですけど……」
先生は頬を赤らめて、色っぽい顔をしながら、俺の腕を組んで、露骨に誘惑してくる。
京子先生、肌も白くて、スタイル良いんだな……流石、お医者さんだけはあるのか。
凄く嬉しいんだけど、どうしてもその気にはなれないんだよな。
「先生、お疲れ何でしょう? 少し休んだら、どうですか?」
「あん、英輔が体を癒してよ。もう、良いでしょう。そんなに私の体、魅力がないの?」
「そういう訳じゃないんですけど……」
俺の腕を揺すり、子供のように駄々を捏ねた口調で、京子先生が迫ってくるが、何だか一線を越えてしまうのも悪い気がしてきた。
だって、俺達はまだ付き合っている訳ではない。
少なくとも俺はそのつもりはないので、いい加減な気持ちで京子先生を抱く事は出来ないのだ。
「ねえ、こっち向いて」
「あの、やっぱり俺達……んっ!」
「んっ、んんっ……ちゅっ、んんっ!」
京子先生が俺の顔を両手でこちらに向けると、不意に顔を密着させて、口付けをしてきた。
ちょっ……! マジで一線超える気かよ、この先生!
「ん、んふ……ちゅっ、んん……はあっ! は、初めてのキスです……もう、これで一線超えたからね……英輔は私の物ですよ……」
「く……せ、先生、落ち着いてください。なんかおかしいですよ」
「おかしくなんかない。私達、もう、両親公認なんだから、遠慮しなくて良いじゃない……ねえ、英輔〜〜、そろそろ抱いてよ」
と、顔を俺の胸に預けながら、京子先生は誘ってきているが、ここまでストレートに誘われるとは想定外だったので、困惑してしまう。
(どうする? このまま本当に……)
本人が良いと言ってるんだから、俺としても遠慮しないといけない理由はない。
別に他に彼女も居ないんだから、ここで試しに先生を抱いても誰も咎めたりはせんだろうが……。
「ねえ、まだ〜〜?」
「あの、先生ちょっと酔ってませんか?」
「んー? ここに来る前に、テキーラ一杯飲んだだけよ」
あー、やっぱり飲んでいたんだ。
微妙に呂律がおかしいと思っていたら、気分を盛り上げる為に、強目の酒で、昂揚させようとかそんな感じ?
京子先生、酒あんまり強くないんかな……テキーラは確かに強い酒だけど、一杯でここまで酔う物だろうか?
でも、こうやって酔って、頬を赤らめている姿も色っぽくて、理性が段々と揺らいで来てしまう。
「何? まさか、女医は抱けないとでも言うの?」
「とんでもない! 京子先生、素敵な女性だと思いますよ。ただ……」
「ただ、何? 四百字以内で、簡潔にわかりやすく説明して」
「中々、ハードルが高いですね、それは。俺の方が、まだちょっと心の準備が出来てないんですよ」
「は? 同棲始めて、どのくらい経っていると思っているの? 普通のカップルなら、もう子供出来ている頃じゃない」
まだ一ヶ月も経ってないと思うんだが、子供出来るのが普通なのか?
あんまりそうは思えないけど、とにかくこの場はお引き取り願いたいので、どうにか京子先生を説得したいのだが……。
「俺も京子先生に釣り合うくらいの男になりたいんですよ。いや、無理なのはわかっているんですけど、やっぱり今のままだと……んっ!」
「んっ、んんっ!」
と、何とか思いつく限りの言い訳を口にするが、京子先生は俺を黙らせるように、またキスをし、強引に吸引をして、ディープキスまでやり始めた。
「ちゅっ、んん……んっ、ちゅ……んっ、はあっ!はあ、はあ……英輔が私に釣り合っているかどうかなんて、私が決めるの。そんなのどうして、今更、気にするのよ~~……」
酒が想像以上に回っているのか、京子先生は更に口調の呂律が定まらなくなってきており、今にもぶっ倒れそうになりながらも、胸を押し付けて、俺を露骨に誘ってくる。
いやー、困ったな……前の彼女は、結構ギャルっぽいというか、遊んでいる感じの子だったけど、ここまで積極的に来た事はなかったしなあ。
「あの……ちょっと、今日は疲れてるんですよ。長旅でしたし」
「そうやって引き延ばしていると、いずれ痛い目を見るわよ。いいえ、見せてあげる。英輔は私と結婚するの。私と結婚せざるを得ない状況に追い込んでやるんだから、そのつもりでいてちょうだい」
何をする気なのか知らないが、既成事実を作る気満々なので、これはヤバイとしか思えない。
もちろん、京子先生の事は嫌いではないし、俺ももう結婚したっておかしくもない年齢だけど、この先生を生涯の伴侶にするまでの自信はないので、もうちょっと慎重になりたいのだ。
「あ、そうだ。俺も、一杯やってきて良いですか? ビールありますよね、冷蔵庫に?」
「ふーん。逃げるんだ」
「う……はい、そうです。悪いですか?」
「悪いよ。女性がここまで、誘ってきているのに返事をあいまいにするのは失礼と思わない?」
「はは、すみません。臆病なんです、俺」
開き直りとしか思えない事を言って、何とか先生を煙に巻こうとするが、京子先生は俺の腕に絡みついて、中々離してくれない。
愛されているのは素直に嬉しいんだが、京子先生は俺よりスペックが高すぎるせいか、どうしても女性として見れないんだよな。
そんな事を言っても、絶対に納得してくれそうにないので、こうするしかないんだが、どうすれば納得してくれるのか。
「私の事、好き?」
「好きですよ」
「なら、良いよね。もう遠慮する必要ないじゃん。両親にも会わせたんだし。あ、今度は英輔の両親に会いたいな。今度の休み、会いに行こう」
「か、簡単に言わないでくださいって。好きってのはそういう意味では……」
案の定、俺の両親に会いたいとか言い出したが、もし京子先生を会わせたら、むしろ早く結婚をしろと急かしてくるに決まっている。
「とにかく、今日は勘弁してください。俺、ちょっと一杯やってきますから」
「あ、もう! 英輔は絶対に私の夫になるんだからね! 絶対よ!」
と、強引に引きはなし、部屋を出ると、京子先生は俺に枕を投げつけて、ヒステリックに喚くが、凄い気迫で感心してしまう。
愛されているのは嬉しいけど、ここまで一方的にされるとちょっとアレなので、やっぱりここから出ないといけないとと、思った。
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