第21話 女医さんに外堀をどんどん埋められていく。
「ねえ、行こうよ英輔。大丈夫、英輔はとても良い人だから、お父さんもお母さんも気に入ってくれるよ」
「いや、はは……そういう問題では……」
京子先生はそんなに俺を両親に紹介させたいのか、執拗に腕を揺すって迫ってきているが、正直勘弁して欲しい。
何とか逃げないと……って、何処に?
今、京子先生の家に住んでるんだから、どっちにしろ逃げようがないじゃないか。
「紹介するなら、早い方が良いでしょ。同棲していることだっていずれバレるんだし、なら今やっても良いじゃない」
「その、やっぱり心の準備が……あ、そうだ! お腹空きません? お昼にしましょうよ!」
何とか先生の家に行くのを避ける為に、咄嗟にそう言って彼女の腕を振り払う。
時間的にもちょうど良いし、先生を説得する時間稼ぎにはなる筈だ。
「ふーん、時間稼ぎですね。英輔さんってば、本当にシャイなんですね」
「そうなんです、俺ってめっちゃ恥ずかしがり屋なんですよ!」
いつの間にか先生も言葉遣いが戻っていたが、やっぱり京子先生はこっちの方がしっくり来る。
あくまでも俺と京子先生は医者と患者なのだ。
付き合っているつもりはないし、ましてや結婚なんて考えてもいない。
「あ、ほら。ちょうど、定食屋があるじゃないですか。ここでお昼にしましょう!」
「え? そこの店は……」
近くの道路沿いに、ちょうど海鮮料理の店があったので、そこに入って昼食を摂る事にする。
人前なら、いくら京子先生でも無茶はしないだろうと思い、一先ずこの店にランチも兼ねて避難することにしたのであった。
「いらっしゃいませー。何名様ですか?」
「あ、二人で」
「はーい。こちらへどうぞ」
店に入るや、若い女性の店員さんがハキハキした笑顔で俺達を出迎えて、窓際の席へと案内していく。
綺麗な店員さんだなー……なんて、口にしたら京子先生に怒られるので、出来る限り顔に出さないようにし、案内された席へと向かっていった。
「あれ? 京子じゃん! 久しぶりーっ! 帰ってきたんだ!」
「うん。久しぶり」
「え?」
そそくさと案内された席へと向かうと、今、案内した女性の店員さんが京子先生に駆け寄って話しかけてきた。
「美奈ちゃんも帰ってたんだ」
「そうなのー。恥ずかしい話なんだけど、先月離婚しちゃってさー。はは、取り敢えず子供と一緒に実家に帰ってきちゃったんだ」
「えっ? 離婚したの?」
「うん。元旦那と色々あってねー。二年半の短い結婚生活だったのよ」
と、何やら話が弾んでいるかこの様子だと……京子先生とあの店員さん、知り合いなのっ?
(や、やべええ……まさか、こんな事になるとは)
事前に言ってくれればと思ったが、俺が一方的に先生を店に連れてきてしまったので、言い訳が出来ない。
「あれ、そっちの男の子は……?」
「う……えっと……」
当然、店員さんは俺と先生の関係が気になったようなので、京子先生に聞いてみると、
「彼氏なの」
「えっ!? あんたが彼氏っ!?」
違うっ! と叫びたかったが、店員さんがビックリした顔をして、俺の方をジロジロ見ていたので、作り笑いを浮かべて視線を逸らす。
おいおい、あっさりと嘘を付かないでくれよ!
そりゃ、傍から見たらカップルにしか見えないだろうけど、友達にそう紹介されちゃったら、京子先生の両親にも知られるのがもはや時間の問題になっちゃったじゃないか。
「へー、ほー……あの勉強一筋の京子の彼氏ねー……」
「あ、あの……ここ、座って良いですか?」
「あ、ごめんなさい。どうぞ。後で、詳しい話聞かせてねえ」
店員さんも仕事中に長話はまずいと思ったのか、俺と先生を一先ず窓際にある座敷の席に案内していく。
「ごめんなさい。あの子、私の小学生の頃からの同級生の友達なんです。この定食屋さんの娘さんで……」
「あー、そうだったんですか」
小学生の頃からというと、幼馴染って奴か。
となると、京子先生の実家は本当にこの近くなのは確定って事で……ああ、まずい状況になってきた。
「お冷、どうぞー」
「ど、どうも」
さっきの女性店員さんがお冷を持ってきて、ニヤニヤしながらテーブルに置く。
やっぱり気になりますわな……京子先生が男を連れて来た事にかなり驚いていたみたいだが、子供の頃からずっと真面目な子だったんだなあ。
「このお店に来るのも久しぶりだなあ。あ、ここの海鮮丼、美味しいですよ。近くの市場で仕入れた新鮮な魚介類を使っているので、とってもおススメです」
「じゃあ、それにしますね」
今更店を出るのも不自然なので、観念して、この店でランチを摂る事にする。
トホホ……迂闊だったなあ……ここが、京子先生の地元だとは言っても、まさか行った店の先が友達の家だったとは。
これでは京子先生が俺と付き合っていることが、彼女の知人にはあっという間に広がってしまうではないか。
「英輔さんがここに入ると聞いて、ビックリしちゃったんですよね。すみません、もっと早くに言うべきでしたね」
「いえ、先生は悪くないですよ」
京子先生も悪いと思ったのか、俺に謝ってきたが、今回に関しては先生は何も悪くはない。
むしろ友達の実家である店に入って、彼女もむしろ気まずい思いをしていることだろう。
「ふふ、でも彼女が店に居るとは思わなかったです。大学を出た後、結婚して、船橋に引っ越しったって話を聞いたんですけど、まさか帰ってきて、お店の手伝いをしているとは知らなかったんです」
プライベートな事なので、小声で俺にそう話すが、京子先生と同い年ならもう結婚して、離婚してなんてのもおかしくない年齢なのかもな。
「ふふ、でも好都合でしたわね。これで、もうみんな公認の仲になりそうです」
「あのー、流石にまずいんじゃないでしょうか……俺達、付き合っている訳じゃないので……」
「まあ、往生際の悪い方ですわね。もう、そう紹介しているのですから、そういう事にしておけばいいではないですか。同棲までしているのだし」
「で、ですから、それは……」
「ど、同棲っ!? そこまでしてたんだ……」
「へ? あっ!」
京子先生とそんな話をしていると、またあの女性店員目の前におり、今の先生の言葉を聞いて、更に驚いていた。
「す、すみませんっ! 注文を聞きに来たんですけど……はは、つい」
「くす、もう美奈ちゃんったらー。あ、海鮮丼を二つください。英輔は大盛で良いよね?」
「はい……」
注文を聞きにきたついでに、同棲をしていることまで知られてしまい、俺も頭を抱えてしまう。
というか……あの店員さんが来ているのを見計らって、『同棲』ってわざと言ったのか?
「ふふ……楽しみですわね、海鮮丼」
「うう……」
注文を取り終わった後、京子先生は満面の笑みで、お冷のコップを持ちながらそう言い、俺もどうすれば良いのかわからず、ただ頭を抱えながら、海鮮丼が来るのを待つしかなかった。
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