第3話 女医さんの家での入院生活スタート

「き、緊急入院って困りますって」

 いきなりの発言にビックリしてしまったが、宇田島さんは俺の手を掴み、

「いいえ。もう、日常生活に支障をきたすレベルになっていると思います。ここで、しばらく療養して完治を目指す方が得策かと」

「そ、そうは言いましても……」


 療養しようってのは、話はわかるんだが、宇田島さんの家でってのはちょっと意味がわからない。

 正直、何を言っているんだって話だが、宇田島さんは本気の様で、


「紀藤さん、最近働きすぎなんじゃないですか? 相当、ストレスが溜まっているように思えます。ですので、しばらく環境を変えて、ゆっくりとした方が良いと思うんですよ」

「それはわかりますけど、何で宇田島さんの家で?」

「入院すると、お金がかかりますし、何よりパニック障害ではなかなか受け入れ先はないと思います。ですので、私の家で療養にしばらく専念するというのが最適かと。いいえ、今すぐするべきです」

 そ、そうなのか?

 パニック障害で入院というのも、聞いた事はないけど、そんなにヤバイ症状なんだろうか俺?


「決まりですね。じゃあ、早速、準備しましょう」

「待ってください。ベッドはあるんですか?」

「そこのリビングにベッドをすぐに設置しますので。取り敢えず、明日からですね」

「ええ……」

 何やら一方的に話を進めているが、冗談だと思い、その時は本気にはしなかった。


 しかし翌日になり――


「う……電話か……はい」

『あー、紀藤君。君、もう会社に来なくていいよ」

「は?」

 早朝に、上司から電話が着たので何事かと思ったら、とんでもない事を告げ、言葉を失う。

『君、重病を患って入院するんだって? 君の担当医から連絡があったぞ。その様子では当面復帰は難しそうだから、休職扱いでいいな』

「いや、急に言われても……というか、担当医ってまさか」

 宇田島さんの事か?

 かかりつけの医者とかいないので、そうとしか考えられない。


 俺の職場とか言った覚えなどなかったんだが、いつ調べたんだよ。

『では、そういう事だからお大事に。診断書は後で送っておいてくれ』

「あのー、そのことなんですけど……」

『何だ?』


 休職扱いされるのは別に良いんだが、それ以上に俺は今の会社は辞めたいのだ。

 どうせなら、ここで言ってしまおう。


 ピンポーン。

「はーい。あ、紀藤さん、おはようございます」

「どうも。あの、俺の会社にいつの間に連絡したんですか?」

「ふふ、まあお隣さんですので。というか、前に挨拶した時、会社名を言ってましたよ。お忘れですか?」

 そうだったっけ?

 全く記憶にないんだが、もしかして酒でも入っていたんだろうか?


「会社の方は心配いりませんよ。私の方から診断書を提出しておきますから」

「あー、そのことなんですが、大丈夫です。会社は辞める事にしますから」

「はい?」

「ちょうど、辞めようかと思っていたんですよ。なので、良い機会なので、きっぱり退職しました」

「まあ、そうだったんですか」


 パニック障害が治ったらまたあの会社に戻るのかと思うと、それだけで気分が悪くなる。

 そんな事よりは、早く転職活動をしてしまった方が、むしろ良いだろう。


 新卒で入って一年半くらいで辞めてしまったが、まあ運が悪かったと思うしかないな。

「では、こちらへ。ベッドも用意してますので」

「あの、本当にここで療養するんですか?」

「当然です。その為に、ベッドも用意したんですから」


 そう言って、リビングへと案内されると、本当に病院で見かけるような入院用のベッドがあった。

 いつの間に、こんな物を……いくら、医者でもすぐに用意できるものじゃないような気がするが……。


「では、早速、ここでおやすみください」

「はあ……というか、いつまでここにいればいいんです?」

「私が良いと言うまでです」

 そりゃそうなんだろうが、だからって、このベッドにずっと寝ているって、凄く嫌なんだけど。


「お昼ご飯は、お弁当とお茶を用意しましたので、それを召し上がってくださいね。あ、テレビはこちらで、Wi-Fiもあるので、ネット環境もありますよ。あ、何かあったら、私にラインでお知らせくださいね。こちらが、私のIDです」

 と、どんどん話を進めていってしまったが、用意が良すぎて、めっちゃ引いてしまった。


 そんなに俺をこの家で療養させたいのか?

 まあ、心配してくれるのは嬉しいけど、何だか怖くなってしまった。

「あの、入院費とかどのくらいなんです?」

「必要ありません。私が一方的に、決めてしまった事ですので。お金なんか取る訳ないじゃないですか。費用は全部私が持ちますから。そう、全部」

「そ、そうですか」


 高額な金を請求されやしないかと心配してしまったが、そう胸を張って言われてしまい、逆に心配になってしまった。

 あまりにも話が上手すぎるんだけど、まあ宇田島さんと一緒に暮らせるなら悪くはないか。


 会社も辞めてしまったし、もう失う物はないしな。

「外出する際は、私に連絡してくださいね。それでは仕事に行きますので。帰ってきたら、色々と経過観察をしますので、よろしくお願いします」

「は、はい。いってらっしゃい」

「――! い、良いですね、今の……うん、いってきます」

「? はあ……」


 仕事に行くというので、いってらっしゃいというと、宇田島さんは何だか急に顔を赤くして照れくさそうな顔をする。

 そんなに良いのかな……まあ、今日は折角なので、ゆっくりさせてもらおう。


 彼女を見送った後、ベッドに横になり、リビングの周りを見渡す。

 宇田島さんの部屋はよく片付けられており、とてもキレイであった。

 医者をしているだけあって、清潔に保っているんだな、よく知らんけど。


「お、あれは……」

 リビングの棚に賞状のような物が飾られているので見てみると、医師免許取得状と書いてあった。

 本当にお医者さんだったんだな。当たり前だけど。


 宇田島さんの事をもっと知りたくなったので、名前をネットで検索してみると、彼女の勤務しているクリニックのホームページが出てきたので、医師紹介のページを見る。

 すると、『宇田島京子』の項目もあり、写真はなかったが、プロフィールは書かれていた。


 おお、本当に国立の医学部出ているのか……マジで凄い人だったんだな。

 あんな美人なのに頭もめっちゃ良いなんて、凄いなと思いつつも、何となく嫉妬もしてしまい、ベッドに転がりながら、この療養生活をスタートさせていったのであった。

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