シャッターの先に見える未来
詩月 彩
プロローグ 夢に出てくる女の子と男の子
ここはどこだろう。
沢山の遊具、元気いっぱいに鬼ごっこをしている幼稚園児。ここは、どこかの幼稚園。なぜこんな場所に俺がいるのだろうと考えていると、鬼から逃げていた男の子が勢いよくこけた。胸元に付けられた赤いチューリップの名札には『しばさきたくみ』と大きな文字が書かれている。
この子、俺と同じ名前だ。昔の俺なのか、それとも俺と同姓同名の男の子なのか。
足が速い鬼は、標的にした男の子がこけると否や、タッチしようと男の子の方に手を近づけようとしたが、それを辞めた。タッチしたら、楽しい楽しい鬼ごっこの時間が一瞬にして終わってしまうと感じたのだろうか。その男の子を放って、別の子を標的にして遠くへといってしまった。きっと、その鬼の子は、自分のせいでこけさせてしまったのではないかという罪悪感を胸に抱き、バレたら幼稚園の先生に怒られるかもしれないとそれを避けたかったのだろう。標的から外れたはずなのに、男の子は、なかなか立ち上がらず顔を伏せたままだ。すると、そこに誰かが来た。
「大丈夫? 立てる?」
女の子がその男の子に駆け寄り、中腰にしゃがんで手を差し伸べる。女の子の声に引き寄せられ、男の子は小石が付着した顔をゆっくりとあげる。優しさの中に凛々しさを感じる声、肩につくぐらいの絹のような髪の毛が風になびく。
「痛い。立てない」
男の子の目には涙が浮かんでいる。何て頑固なんだ。痛さをこらえるかのように唇を強く噛みしめていたが、女の子を見た瞬間、ダムが決壊したかのように声を上げて泣き始める。
「肩貸すよ」
女の子は迷うことなくしゃがみ、男の子の左手を取り、自身の首に回し、男の背中に右手を置き、そして支え、せーのと掛け声で、立ち上がった。何て情けないのだ。あまりのかっこよさに女の子の姿が眩しくて見えない。
幼稚園の先生に、傷の処置をしてもらった男の子は、落ち込んだ様子で教室の隅っこに一人体操座りをし、木目調の床を穴があきそうなくらいに眺めていた。すると、助けてくれた女の子が男の子の横に座る。女の子を一瞥するが、すぐに床へと目線を戻す。
「匠くん、だいじょうぶ?」
女の子の問いかけに、首をゆっくり振る。何てこの男の子は、頑固なんだ。こんなにも女の子が心配してくれているのに。しっかりしろと思うが、この子には、俺の思いは伝わるよしもない。
女の子に目を遣ると、絆創膏の上に、傷が当たらないように、そして、そっと毛布を掛けるかのように両手を覆いかぶせている。いったい何をするのだろう。
「いたいのいたいの飛んでいけ」
男の子は戸惑いの表情を浮かべるが、女の子の必死さに思わず笑みが零れてしまう。
「良かった、笑ってくれた」
女の子の声は安堵で満ちていた。外で他の幼稚園児が元気よく遊ぶ声が二人しかいない教室に響き渡る。女の子は、男の子の横を離れ、カバンの中から、絵本を取り出し、男の子の横に再び戻ってくる。
「この本、昨日お母さんに買ってもらったんだ」
「ふーん」
興味を示そうともしない少年。あぁ、なんて、素っ気ない態度をするんだ。
「匠くん! 一緒に読もう」
その男の子、俺と同じ名前を呼ぶ君の名前も顔も、全く思い出すことができない。唯一覚えているのは、声だけ。
何度も夢に見る君の正体はいったい誰なんだ……。
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