Mångata ―異能財閥の御曹司、神々の呪縛に挑む―
Re:ah
第1話1-1 中学校を卒業しても家督への道のりは長い
──五ヶ月前の十月。ウチの敷地一帯を張り巡らす結界に、バカでかい傷がついた。
もとより強固な結界だ。そう
その日から、俺への稽古指導が厳しくなった。……ほんっとに頭にくる。今まで手を抜いてこられ、なめ腐られていたのを知って。
──今は
しつこく降る雪が、世界を白くしようと躍起になっている。
気温は零度を下回っている……たぶん。
稽古で動き回っていると、この冬の寒さが丁度よかったりする。
汗をかいても、たちまち蒸発して、体から湯気になって湧き上がっていくからな。汗びっしょりになる気持ち悪さが少しは軽減されるってもんだ。
刀同士がぶつかり合い、こすりつけ合う音が稽古場に鳴り響く。
耳に入ってくる音は、
感じとるのは気配。あと、相手の
……なにが気にくわないって、俺は蒸発しきらない汗をかいて、必死こいてるっていうのに、この
……本気じゃないんだ。
というか、このジジィが本気を出しているところなんて、俺はただの一度も見た
聞いた話しによれば、このジジィは今年で
無駄に長生きしているだけあって、戦術も剣技もピカイチ。こんなのフェアじゃない、ほんっと、ムカツクぜっ……!
「ジジィ!」俺は切っ先をジジィに突進させながら吠えた。「もういい歳なんだからさあ、いつまでもそうやって無理してないで、
劣化してゆく老いぼれた体をいたわったらどうなんだよ? 現役を
ジジィは当然(いつものように)、俺の刀を受け止め、簡単にいなし、押し戻した。そして吹っ飛ばされていく俺を見つめ、冷笑をうかべる。……手裏剣を追い撃ちに放ちながら。
「ボロくそに言ってくれるがのう、
「これが〝ゆとり世代〟
俺は手裏剣を避け交わし、ひとつをおこぼれ頂戴し、それをジジィに投げ返した。(武器の現地調達は
「ジジィは独り言がどんどん上達していく。ボケの兆候らしいな、そーいうのッ!」
投げ返した手裏剣が避けられるのは、もうわかっている。だからその避けた先を剣先で狙う。……まあ、それも受けきられるんだけど。
「まだボケとらんわッ!」ジジィが切れた。
押しのけついでに身を
……さすがにクリティカルヒット。俺は身をよじり、その場に膝をついた。ちくしょう……ゲロ吐きそう……。
「もっと集中しろ。精神を鍛え直せ。こんな調子じゃ到底〝邪眼〟は使いこなせん」──
老いぼれ始めたジイちゃんの能力を超えなければ、当然、家督も譲られない。わかってる。わかってるけど──クソッ!
こんな稽古を、かれこれ五時間ぶっ続けでやっているんだから、どうかしてる。
喉が渇いてしょうがない。水分補給の休憩くらい挟んでくれよ、ジイちゃん。
今の時代、これはパワハラだし、おまけに虐待・体罰のフルセットになる。
世の中の
「……そろそろ夕飯時だな」ジジィが鼻をクンクンやっているさまは、いちいち見上げなくてもわかる。そして、ようやく刀を
でもってここにきて、気配が二人分増えた。今まで稽古を静かに見守ってきたお付きの執事、二人分の気配だ。
一人の執事はジジィ専属。
もう一人は俺専属の執事、ハンネス・ギルバートの物。
ハンネスは一礼すると
「本日も
俺に母がいない分、ハンネスがずっと
……そもそも、この二人もよく付き合いきるよな、こんなむさぐるしい道場稽古にさ。
息を殺し、気配まで消して。ジジィと同じで涼しげな表情までしてやがる。……動かなきゃ寒いはずなのに。
こうなってくると、前にハンネスが口をすべらせた話しにリアリティが増して、いよいよ本当の事だったのかも……って思えてくるよなあ。
俺が幼かった頃……寝かしつけの時、ハンネスはすっかり気を抜いていた。
「
今ならわかります、銃火器を持ってしても攻略不可能ですね。ですがそのおかげで、
……満足ですよ。チャレンジして良かった」
後悔よりむしろ悦ばしい事だと語るハンネスに、俺も同調して心が満たされるのを感じた。安心して眠りについたクリスマス・イブの夜。
(翌朝の贈り物に歓喜し、飛び起きたのは語るまでもない。そりゃ俺だって可愛げのある時期はあったさ。そのせいで、CIAがどうとかの話しはすっかり霞んじまったけどな)
俺はハンネスの顔を疑り深く見ながらタオルをもぎ取った。
「いつもありがとな」笑いかけてみたけど、やばいな……お愛想笑いってバレてる。ハンネスが片眉を上げた。
「なにかご要望がありましたら、なんなりとお申しつけくださいませ。そのためにわたくしは坊ちゃんのお傍にいるのです」
ニッコリ笑いかけてくるハンネスに、
「……夕飯前に風呂に入りたい、かな?」体を拭きながら、それらしい事を言ってみる。
ハンネスは笑みを深めた。「そうだろうと思いまして、すでにご準備は整っております。どうぞごゆるりとお
「……うん」
いつもどおり、完璧なハンネスだ。ほんっと、頭があがらないね。
俺は刀を鞘にしまい、あるべき場所へもどした。
神棚が祀られている真下の床の間に、刀掛けがある。我が家の名刀ばかりが集約されている場所。ジジィが長年かけて集めたコレクションだ。
「一礼するのを忘れるなよ」ジジィが後ろから指図を飛ばしてきた。
「忘れね~よ」俺は後ろに向かって声を飛ばした。「「妖刀は、敬意と礼儀を重んずる」だろ?」
うげッ! ジジィとハモっちまった!
「そうだ」ジジィがいかにも重く頷く。「絶対に忘れるなよ」
忘れるはずもない事を、ジジィは毎度口うるさく言う。きっと歴代の中にいたんだろうな……ぞんざいに扱って、手ひどく
俺は一礼し、今一度、自分のお気に入りの刀剣を眺めた。この美しくも
「統領様にお目を通していただきたい案がございます」ジジィお付きの執事、工藤 ペインがせかし声をあげた。「先日、依頼した結界の請求書が届きまして……その、申し上げにくいのですが、金額に少々問題がありまして」
「高すぎると思うのか?」ジジィがペインの言葉をさえぎった。
ペインがぎこちなく頷く。「──はい。二桁、間違われているかと」
ジジィが顎をさすりながら「ふ~ん」と面白そうに笑った。「請求された額よりも、もう百、多く払ってやるといい」
「こいつは驚いた。なんだかんだケチ臭いジイちゃんが! ずいぶん手厚い!」
突っ込まずにはいられない。
だって、ジイちゃんだよ? 五百旗頭家を財閥にまでのし上げた〝先見の目〟の持ち主。
抜かりの無さと、財布の紐の固さは折り紙付きだ。
「次期
俺は口をへの字に曲げて言い返した「新しい結界のせいでスマホの電波が入らなくなったのに?」
おかげでゲームができなくなった。デイリーミッションはもちろん、協力プレイにも参戦できなくて……イライラしたなあ。
ハンネスが早急に有線LANで復旧してくれたから良かったものの、あんなのクレームもんだよ、ったく。
「それだけ綿密で強固な結界という事だ。この出来栄えならむこう千年はもつだろう……そうなれば、あちらさんは仕事が減って、収入も乏しくなるだろうに。……クックック若いのう。力加減がまるでわかっとらん。誰かと同じだな」
ジイちゃんの締めくくりに、視線が一斉に俺へ集中する。……勘弁してくれよ。
俺は天井を仰ぎ見た。
生暖かい
「なるほど……では、こちらの御守りを輝矢様へお渡しするのも、問題無いのですね?」ペインはまだ納得いかないらしい。
「御守りって……まさか、俺がオーダーしたやつ?」
マジかよ! こっそりオーダーしたのにバレてんじゃねぇか! 一緒に請求してくるとか、どうかしてる! ……気を使えよッ!
「
「わたくしの分も
俺はバツの悪さにタオルでうなじをさすった。「これから渡英するから念の為にだよ」
「だろうな、念の為に」ジイちゃんは全部お見通しだ。
……はぁあ。そりゃ、そうだよな。〝邪眼〟の前では、人は
ジイちゃんがいたずらに笑った。
「財閥の事業拡大をすると聞いて、真っ先に手をあげたのは、輝矢、お
「それもわかってる。──まあ見ててよ、驚かせるから」俺は得意げに笑顔を返した。
俺が家督を継ぐ。絶対に。このジジィを越えてな。
俺はもう
野心にまみれる五百旗頭家の本家・分家、文句を垂れる身内全員の口を閉じさせてやる。
──留学先となる渡英が楽しみだ。
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