第38話 拍手
鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス。
コウモリの魔物達が、攻撃してこないなら、
こっちが攻撃させるようにすればいい。
〘チッ、チッ、チッ、キュル、キュル、チッ〙
「お前らが呑気にぶら下がっている木を、俺が全部ぶった斬ってやる!」
サムライスキルの固有スキルは三つある。
剣技、疾風迅雷、抜刀一閃。
元々〈剣技〉は覚醒状態にあり、〈疾風迅雷〉と〈抜刀一閃〉が次々に覚醒していったという
感じだ。
俺は刀に手をかけて、斬るべきものに視線を走らせる。
大小様々な木々が生い茂る森林地帯。
コウモリの魔物達がぶら下がっている木は、巨木と言っても過言ではない。
木をぶった斬ると声高らかに宣言した俺が、それを実行するため、発動させる固有スキルは〈抜刀一閃〉一択だ。
――抜刀一閃。
〘ザンッ!〙
聖女カリン・リーズが、俺のためだけに顕現してくれた刀と固有スキルは相性抜群。
奴等がぶら下がっている巨木を、いとも簡単に斬り倒す。
四方八方にそびえ立つ巨木をあたり構わずに
切断して、木々をなぎ倒していく。
青々とした緑の葉っぱが擦れ合ってガサガサと音を鳴らし、巨木がぶつかり合いガリガリと音を立てる。
そして、あちらこちらから耳慣れぬ甲高い音が響き渡るのだった。
〘カラカラカラカラカラカラカラカラカラ〙
コウモリの、ましてや魔物化したコウモリの鳴き声の意味なんて分からない。
だけど、こいつらがカラカラと鳴き出したのを耳にした時、俺はほくそ笑んだ。
〘バサッバサッ〙
初めて聞くコウモリの魔物達の羽音。
「あははは。お前らがぶら下がる木がどんどんなくなっていくよなー!」
〘カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ〙
今、奴等の鳴き声は警戒心と苛立ち、それと敵対心の表れなのだ。
〘バサッバサッバサッ、バッ!〙
とうとう待ち望んでいた瞬間がやってくる。
〘〘ジー!〙〙
黒きコウモリの魔物が二匹、雄叫びにも似た鳴き声を上げ、俺に向かって突っ込んできた。
「来い、コウモリ野郎ども! 俺はこの
♢♢♢
〘ドーン!〙
遠くで何か大きな物が倒れる音がした。
〘ドーン! ドーン! ドーン! ドーン!〙
地響きのような音は止むことなく続き、私達三人がいる場所まで振動波が伝わってくる。
「これ、何の音っすかね?」
馬車の御者らしく、興奮して取り乱す二頭の馬を落ち着かせるため「ホー、ホー」と声掛けをしていたガスさんが不安そうに言った。
「木が倒れているんじゃないのか?」
時と場所問わず「このクソ野郎」から言葉を言い始めるゲイルさんが、ガスさんにそう返答したので、私は驚いて目をまん丸くさせる。
〘ドーン! ドーン! ドーン!〙
ちょっと尋常じゃない地響きのような音が、何度もする異常な状況を不審に思い、何気なく聖騎士スキルで探知してみることにした。
かなり遠方で苦労したけれど、この音の原因が何なのか分かった時、私の心臓がドクンっと跳ね上がる。
「二人とも急いで馬車に乗ってください!」
「「えっ?」」
ゲイルさんとガスさんは、私の言ったことが
理解できず呆気に取られている。そんな二人をよそに、馬車の屋根の上の指定席に飛び乗るともう一度神経を集中して探知を試みる。
(魔物の反応は53。レベルはハヤブサの魔物より低いけど、チンケな魔物じゃない。それが53匹。ここから〈天颯雷〉を放つのは無理があるから、少しでも近くに行かなきゃ。なんでレインはいつもレベルが高い魔物と戦うことになるの。 待っててね、私がすぐ行くよ)
「ゲイルさん! ガスさん! ほら、急いで! 早く行きますよ!」
「「はいー!」」
♢♢♢
〘〘ヒヒーン!〙〙
二頭の馬の鳴き声が、東雲の空に轟く。
さっきよりも、東の空は明るくなっていて、
やがて日の出を迎えるだろう。
〘ガラガラガラガラガラガラガラガラガラ〙
いつもより明らかに早く回転している木製の車輪の音が、今の私の焦燥感とリンクしているみたいだった。
〘ドーン! ドーン!〙
どんな理由で木が倒れているのか分からないけど、地響きの音を発している場所にレインと何かの魔物がいる。
(レイン……今、行くからね……待ってて)
こんな時、聖女のバカ女みたいな転移魔法が
私にもあればなと思ってしまう。
フルフルと左右に首を振り、あいつを羨んだ自分を否定する。
あんな女に負けない。絶対に負けたくない。
――ジレンマ。
私には、あるジレンマがあった。
聖女が託宣したサムライスキル。
バカ女らしい低レベルなスキルとバカにしていたけれども、ハヤブサの魔物との戦いを見てから、自分の考えを改めた。
底が知れない恐ろしいスキルだと思った。
そのサムライスキルの所持者が、レインだと
いう現実が私を苦しめる。
愛しき人が強くあるのは、とても嬉しい。
それがカリンの託宣なのが、とても悔しい。
レインを守れるのは私だけ、他の誰でもない
私だけと思っていたのに、バカ女も形は違えど
守っていることになるのだ。
きっとカリンに感謝しているはず……。
〈スキルを託宣してくれて、ありがとう〉
〈刀を顕現してくれて、ありがとう〉
〈俺を守ってくれて、本当にありがとう〉
そんなのイヤ!
カリンに感謝の気持ちなんて伝えないでよ。
ありがとうなんて言わないでよ。
私だけ。私だけがレインから感謝の気持ちを伝えられ、ありがとうと言われるの。
他の女、ううん、バカ女カリンだけは絶対にダメだから!
ふん! 託宣が何よ! 聖女スキルが何よ!
バカ女のスキルなんてクソ喰らえって感じ。
私は、私のスキルだけで戦っていく。
一騎当千、最強の聖騎士スキルで!
レイン、安心してね。あなたより強い敵が
もし現れたとしても、私がいるから大丈夫。
――私が、その敵をぶっ殺してあげる。
レインを守れるのは、聖女カリンじゃなく、聖騎士エミリーだけだもん。
♢♢♢
「クソッ!」
あれ? おかしい。上手く体を動かせない。
〘チッ、チッ、チッ、チッ、キュル、キュル〙
「この野郎!」
コウモリの魔物達が、また人を小馬鹿にする鳴き声を出し始める。
〘バサッバサッバサッバサッバサッ〙
俺の周りを取り囲み、いつでも
スキルが示すコウモリの魔物達の数は14。
そう、53から14になったのだ。
固有スキルの〈剣技〉と〈疾風迅雷〉を発動させ、こいつらを勢いよく斬り捨てていたはずなのに、いきなり体が俺の言うことを聞かなくなってしまった。
「なんでだよ」
つい先ほどまで、襲い来る奴等の動きなど、
止まって見えていたが、今はどうだ? 目にも止まらぬ速さで空中を飛来し、俺の刀は虚しく空を斬るだけ。
どうやら吸血コウモリが魔物化したらしく、
こいつらの攻撃方法は咬むだけなので、何とか
深手を負うことなく防御はできていた。
だが、防御することもできないくらい、俺の体が動かなくなってきていることに気づいた。
(まずいな。このまま体が動かなくなったら、奴等に咬みつかれ生き血を吸われた挙句、俺は喰われるのかよ……)
この状況の原因が何なのか分からないので、何かしようにも何もすることができない。
時間は有限、その時は刻一刻と迫っていた。
もうすぐ体を動かすことができなくなる。
「……ここまでか」
〘パチパチパチパチパチパチ〙
死を覚悟し、力なく刀を地面に落とした時、誰かが拍手をした。
【うふふふ、人間諦めが肝心ですわ。あなた、潔くて素敵ね。わたくしの性奴隷にしちゃおうかしら】
…………。
カリン、君の予想は外れたな。
魔物化するのは、自然界にいる動物だけとは限らない。
――人間も魔物化する。
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