第36話 赤鬼

 大陸中央に存在するダンジョン。


 俺の視線の先に見える魔物達は、本当ならば森林地帯にいるはずがないのだ。


 なんで? どうして? なぜ? ふざけるな。   


 色々と思うことはあるけど、今はそんなことを考えている場合ではない。


 本来いるべき場所から這い出て、人々を殺し貪り食ったゴブリンとオーク、そしてオーガがエミリー達を襲うべく森林地帯を歩いている。


 こんな胸糞悪い現実を打ち砕くため、ここにいるのだ。


 俺がお前らを駆逐するために。


♢♢♢


「お前らはダンジョンから出てくんな!」


〘チンッ!〙


 親指を刀のつばに掛け、鯉口こいくちを切った――。


 ゴブリン11、オーク1、オーガ1。

 

 スキルが示した魔物達の反応は、地上にいる

こいつら13だけじゃない。本命中の本命が、まだ後ろに控えているのだ。


(雑兵なんかに時間を取られたくない!)


 基本スキルである身体強化の〈疾走〉を解除すると同時に固有スキルの〈疾風迅雷〉を発動させる。


(……っ! ま、まさか……あのオーガ……)


 ひと際デカい体躯のオーガが、他の魔物達を従えているのか集団の後方で闊歩していた。


「あいつ!」


 俺は、身体強化の〈暗視〉の恩恵があって、日中となんら変わらずに周囲を視認できるからを見間違えることはない。


「ここで会ったが百年目、殺してやる!」


 怒りで頭に血が上ってしまい、冷静さを欠く自分がいたが、すぐに自制する。


「冷静になれ、レイン。奴は逃げないだろ? まずゴブリンとオークを駆逐する! その後はお前だ! 必ずぶっ殺してやる!」


 俺はニヤリと笑い、口角を上げたのだった。


♢♢♢


 こいつらは夜目が利くのか分からない。


 でも、それはあまり重要な話じゃない。


 どっちにしろ、こいつらは…………。


 ――俺を見ることができない――


 ゴブリン達は、大きく裂けた口からよだれを垂れ流し、緑色のブツブツした肌をボリボリと掻いている。尖った耳をピクピクさせ、手には小刀を持って、意味不明な言語を喚き散らしていた。


「∃∅∆∈∀∂∝」


「ギ! ギー! ∀∂∃∅∌∆∈」


 そのゴブリン達に向かって、手にした棍棒をブンブン振り回し、ブヒブヒ言って追い立てていたのがオーク。豚ヅラの口元からは牙が剥き出していて、自然界の豚が魔物化したような肌色の体躯に、ぶっくり出た下腹を揺らしながらドスンドスンと音を出して歩いている。


 魔物達の集団の先頭を歩く、ゴブリン二匹と

オークに刀のやいばが光る。


「ブヒ! ブヒブヒブッヒー!」


「∆∑√∈∋∃∀≯∅」


「ギー! ∝∑√∈∅∂∑∈」


〘ズバッ!〙


「∇∆∃∂∌……―――」


〘ブシュー!〙


「ブヒ?」


「ギ? ∈¥∑∌……?」


 まさに言葉通り、奴等の目に見えない速さで

ゴブリンの首を刎ねる。


 突然、前を歩いていた奴の頭がぽとりと地面に落ち、首から血しぶきが舞い上がる様を見ることとなった、ゴブリンとオークの二匹は何か

声を発していたが、俺はすかさずゴブリンの肩に袈裟斬りを放つ。 


〘ブッシュー!〙


 斜めに斬り裂かれた奴の体から、辺り一面に赤い血が飛び散る。


(はい、ゴブリン二匹駆逐完了。次はお前だ、ブタ)


 心でそう呟き、次の標的オークに狙いを定めすぐさま斬りかかる。


 刀を上段に構え、一気に振り下ろす。


〘ズバッ!〙


 オークの頭に唐竹を放った瞬間、縦一文字にブタの体が真っ二つに裂けた。


 いったい今の自分達に何が起きているのか、そんなことを考える暇など与えず、こいつらに死を与えるため、俺は刀を振るったのだ。


「次!」


 サムライスキルの固有スキル〈剣技〉。


 俺は〈剣技〉を発動させ、袈裟斬り、左薙、左切上、切上、右切上、右薙、逆袈裟、唐竹、刺突を刀から放ち、次々と残りのゴブリン達を駆逐していく。


 ――そこはもう血の海だった。


 「お前は、一太刀で殺さない」


 人間の言葉が通じるなんて思っていないが、それでも俺は、オーガに冷たく言い放った。


 血の海の中に、一匹だけ立ち尽くすオーガは茫然自失状態だ。


 見えないに突如攻撃されたゴブリン達とオークが、瞬く間に見るも無惨に斬殺され、そして今、見えないが刀を持って、自分の目の前にいきなり姿を現したのだから。


「あの子達の恨みを晴らしてやる! 赤鬼!」


 俺は大声でそう叫び、刀を水平にすると刺突を赤鬼の体躯に向けて、繰り出したのだった。


 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。


 「死ね、死ね、死ね、死ね、この野郎!」


♢♢♢


 ――忘れもしないあの光景。


 夕刻の空に映し出された大陸中央で起こった魔王軍による大虐殺。王国騎士団だけでなく、一般市民までも襲われ、貪り食い殺された。


 何らかの理由でダンジョンから這い出てきた

三種の魔物、それと聖女カリン曰く、自然界にいる動物が魔物化した六種の魔物。


 こいつらは老若男女問わず、ただ欲望のまま人を喰らうため、無差別に襲いかかるのだ。


 だけど、一匹の魔物だけが、他の魔物達とは明らかに違う行動をしていた。


 俺は、それを見て思った。


 もしかして、こいつは捕食する人間を選んでいるのかと。


 ひと際デカい赤肌の体躯、頭に三本の黒い角を生やし、金髪の長めの縮れ毛が妙に目立つ。


 そして、太い首には同族のオーガと思われるドクロの首飾りをしていた。


 この赤鬼オーガは、幼き女の子や乳飲み子を好んで食い殺していたのだ。


 怖くて泣き叫んでいたのだろう幼き女の子達の悲鳴。


 今の状況などまったく理解できず、いつものように何かを訴えるように泣く乳飲み子。


 そんな泣き叫ぶ子達を、あーんと口を開けて満足気な顔をして喰らっていく。


 こいつを見た時の俺の感情は一つ。


 心臓の鼓動があり得ないくらい早くなると、

全身を流れる血が沸騰する。


 怒りだ。俺の感情は怒りのみだった。


 ――赤鬼よ。


 もし、万が一お前と出会うことがあったら、

覚悟しておけよ。


 俺が、必ず貴様を殺してやる!


 楽には死なせない、たっぷり地獄の苦しみを味わってもらうからな。


 生まれてきたことを後悔させてやるよ。


♢♢♢


 闇に包まれた夜。


 俺は赤鬼と出会ったのだった。


♢♢♢


〘ドス! ドス! ドス!〙


 ……ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ。


 どのくらい刺突を放ったのだろうか?


 何百回か? 何千回か? 何万回か?


 時間など忘れ、怒りの感情だけが今の自分を突き動かしていた。


 赤鬼が息絶えようがそんなのお構いなしで、一心不乱に刺突を放っていたと思う。


 刺し傷だらけとなっていた亡骸から、赤い血がビュービューと吹き出していた。


「鬼畜でも血は赤いのかよ!」


 俺は堪らず笑い出してしまう。


 ハッ、ハハハハハハハハ!


 「ざまぁ! ざまぁみろ! 赤鬼のクソ野郎! あの子達の仇討ちだ! 何かの間違いでお前がまた生まれてきたら、俺がまた殺してやる! 何度でもな!」


 あの子達の仇討ちを果たし、気分が高揚して歓喜の声を上げる。


 あっはははは!

 

 あいつらも同じ目に合わせてやるんだ!

 玉木奏と倉木鷹也も同じように殺してやる!

 が、お前ら二人を必ず殺してやる!


〘ズキンッ!〙


「ぐっ……な、何だよ……あれ? ……俺は、何を言ってたんだ……何なんだよ、今のは」  


 頭が割れるように痛くなり、その場で片膝をついてしゃがみこんでしまった。


 はぁ、はぁ、はぁ。


「玉木奏と倉木鷹也……俺が殺したい二人か」


 何が何だか分からないけど、ふとエミリーの

顔が頭に思い浮かぶ。


 …………。


「あっ、そうだ。俺がここにいる理由は何だ? エミリーのためだろ? しっかりしろ!」


 俺は、エミリーのために露払いをするんだ。


 「少しでも多くの魔物達を駆逐するんだよ!」


 今、ここにいる理由を思い出した俺は、再び立ち上がると、スキルが示す魔物達のいる場所に走り始める。 


 もう、あんな惨劇は絶対に起こさせない。


 そうだろ? エミリー。


 




 




 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 



 


 


 





 


 


 


 

 


 

 

 


 


 



 


 




 




 


 


 



 



 


 








 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

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