第25話 監視隊 

「打ち合わせは明日だよね?」


 こんな冷たく言葉を言い放ったのは何年ぶりだろう。


 昨日のレインの笑顔にヤラれてしまい、すぐ部屋に戻ると、わたしは彼を想い自慰行為して何度もイキまくってしまった。


 清々しい朝を迎え、レインを誘って朝食でもと考えて、ウキウキで出掛ける準備をしていたのに、騎士団団長室にお越しくださいとの使者が来る。


 何か大変なことがあったのかと来てみれば、

今から打ち合わせをすると言う団長ヴィクト。


 で、今に至る。


 わたしは、椅子にふんぞり返り座っている男の前に立っていた。


「一日でも早くこちらが動いたほうが、有利になるだろうと思ってね。うん? 僕は間違ってのかい?」


 いつもの鼻につく言い回しに腹が立つけど、

言ってることには賛同せざるを得ない。


「住民避難の件ね。それで?」


「まぁ、そんな焦らずに。美味しい茶葉が手に入ってね。時間はあるんだ。お茶でもしながら話そうよ、カリン」


 こういう態度がムカつく。住民のことを心配してるのかと思いきや、ゆっくりお茶でもとか言って、どうして人の神経を逆撫でするかな。


「お茶はいらない、話を先に進めて」


「はいはい、分かりましたよ。例の森林地帯に監視隊を送り込む。魔王軍先遣隊の動向を常に把握できていれば、住民避難をより安全に行うことができるからね」


「うん、とてもいい案だと思う」


 最初から今の話をすれば、印象悪くならないのに、損してる男って感じだよヴィクトは。


「監視隊になる団員には、昨日の夜に通達済、今朝出発したよ」


「素早い対応ね、さすがと言っておくわ。でも誰が向かったの? 危険な任務になるわよ」


 ヴィクトは窓の外を眺めながら、さりげなく

監視隊になる団員達の名前をわたしに告げた。


「エミリー、ゲイル、ガス、そしてレインだ」


「はっ?」


♢♢♢


「はい、レイン。お茶どうぞ」


「あっ、ありがとう。エミリー」


 俺達は今、あの森林地帯に行くために馬車の中で揺られていた。


 ――どうしてこうなった。


 話は昨晩に遡る。


 エミリーは鍛冶屋に鎧の試着に行くと言っていた。夕飯までには戻るとも言っていた。だが夕飯時を過ぎても一向に戻ってこない。


「何かあったのかな?」


 16才の女性だけど、聖騎士スキル所持者。


 仮に暴漢の類に遭っても返り討ちにするはずなので、そっち方面のことは心配してない。


 だから、余計に何かあったのかと気になる。


「ははは、参ったな。今日で付き添いの役目が終わったとか、ひな鳥の巣立ちの気持ちだとか言っておいてこれだもんな」


 俺は、何もできない自分にイライラしながら歩き回ることしかできなかったのだ。イライラが頂点に達する寸前だったと思う。


「ただいまー」


 やっと帰って来やがったな、エミリーめ。


 どこで何してたと問い詰めてやろうとして、玄関に行くとそこにはエミリーと、その後ろに控えるように、ゲイルさんとガスさんが立っていた。


 エミリーが、その歩みを一歩だけ進めると、

俺に向かって言った。


「レイン、お願い、お願いします! 私達三人と一緒に森林地帯に行ってください!」


「はっ?」


♢♢♢


「話は分かったよ」


 話はこうだった。


 鍛冶屋に行き、エミリーは自分用の鎧の試着を終えて帰ろうとしたところ、団長ヴィクトに呼び止められ、今回の任務の通達を受ける。 


 しかし、エミリー、ゲイルさん、ガスさんは

あの森林地帯の現状を見てない。そこで、一度行ったことのある俺に白羽の矢が立ったというわけだ。


「団長がね、レインに付き添いをお願いするといいって言ったの。どう? ダメかな?」


 どうしてこの任務がエミリーなんだ、と疑問が残るけど、確かに魔王軍先遣隊の動向を把握していれば、住民避難を安全に行えると思う。


「レイン殿、付き添いお願いしまっす!」


 「口を閉じろガス。てめぇ殺すぞ。レイン殿に付き添って頂ければ百人力なのです。ぜひ私達に力を貸してください」


 なんで三人とも泣きそうな顔してんだよ?


 俺は、どこかに所属してるわけじゃないから自由に動ける。それに今日、教皇様から三聖を支えてくれとお願いされたばかりだ。


「分かった、エミリー。一緒に行くよ」  


♢♢♢


 白いローブを着て、刀を腰に差して思う。


 (この出で立ちも二日ぶり……)


 まさか、またあの森林地帯に行くとは思っていなかった。


 まだ二日しか経ってない、そして今回は聖女カリンはいない。


 不安がないと言えば嘘になるけど、それでもこの監視隊の役割は大きいはずだ。


 自分にできることを精一杯やる。


 てか、いつまで支度に手間取ってるんだ?


「エミリーまだか? ゲイルさんとガスさんが外で待ってるんだぞ!」


「今、行くよー」


 教会騎士団の鎧は、そんなに着るの面倒なのかな。


「お待たせ、レイン。ふふふ、どうかな?」 


「おー!!!」


 俺が、感嘆の声を上げた目線の先の人物。


 それは聖剣と神剣を帯剣し、白銀の鎧に真紅のマントを纏っている聖騎士エミリーだった。


 「えへへ、聖騎士エミリー只今参上!」


 「どこをどう見ても聖騎士様だな」


 それはお世辞でもなんでもない。


 美しき聖騎士エミリー・ファインズが目の前にいたのだから。


 「よし、行くぞ。聖騎士様」


 「うん」


 この日の朝、監視隊である俺達4人は、あの森林地帯に向け出発したのだった。


♢♢♢


 「レインが監視隊?」


 わたしは震えが止まらなかった。


 この時のわたしは、聖女でもなんでもなく、

ただのひとりの女になっていた。


 イヤだ。絶対イヤだ。レインとあの女が一緒に馬車で仲良く旅するなんてイヤだ!


 これからあの森林地帯で何日も一緒に仲良く過ごすの?


 それを想像しただけで発狂しそうになる。


 わたしは団長室から勢いよく飛び出した。


 後ろからヴィクトの声が聞こえたような気がしたけど、振り向く気にもならない。


 騎士団詰所の敷地に出ると、森林地帯に向けわたしが転移魔法を発動しようと時に、レインの顔が頭に浮かんだ。


 それは酒場の時のレインだった。


 わたしが魔王軍と戦う意味、そしてその決意に敬意を表してくれたレイン。


 ――魔王軍を駆逐して人々を守る。


 そうだ。わたしは聖女で、大陸の人々を守る責務があるんだ。


 この瞬間、わたしは我に返る。我に返りたくなかったけど、返ってしまったのだ。


 わたしは泣いた。


 人目もはばからずに泣いた。


 聖女としてのわたしの責務と一人の女としてのわたしの想い、その狭間で苦悶する。


 人を好きになることが、こんなに辛いなんて思いもしなかった。


 それが分かった日になった。

 



 


 

 

 








 


 


 

 





 




 


 





 






 


 

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